第7話 お泊まり会
地面に置かれたランプにぼっと火が点き、薄暗い部屋がぼんやりと明るくなる。
大きな植物で覆われた天井の隙間からは月の光が差し込み、木造の床はあたたかみを感じられて心地良い。
縄文時代の竪穴住居を大きくして、木造にしたみたいな感じだ。
俺たちくらいのサイズなら……あと五匹は入ってきても余裕なくらいだな。
教科書でしか見たことのないような光景を目の当たりにして呆気に取られている最中、ガルタが木のコップを掲げる。
「無事に生還できた記念で、かんぱーい!」
「かんぱいっすー!」
「そんな物騒な音頭を聞くことになるとは……」
俺はそうぼやきながら木のコップを二匹のコップにコツンとぶつける。
心の中とはいえ、トモダチを匹と数えるのはなんだか違和感というか、詰まるものがある。
その違和感を奥に流し込むようにオレンジ色のジュースを一口すする。
口の中に幸せな甘みとさっぱりとした酸味が広がり、気持ちを落ち着かせてくれる。
果実をそのまま絞ったものなのだろうか、とても良い香りだ。
「美味いな。これはどうやって作ったんだ?」
「木の実を潰して漉しただけだよー。よくおじさんが作ってくれたんだ」
「師匠、おじさん、って誰っすか?」
「お、サクラくんいい質問だね」
ガルタは鼻を伸ばしてしっぽを揺らしながら人差し指を立て、前の方に髭が向き、手のひらの綺麗なピンクの肉球が見える……明らかに上機嫌である。
分かりやすすぎだろ。
「おじさんは、今日のウサミみたいに僕のことをピンチから助けてくれたんだ! すっごく強くて、頼りになる探検隊のリーダーなんだよ!」
「探検隊……なるほど、そんなのもあったな」
探検隊。
このモンスターラビリンスの世界で最も重要な役職と言って差し支えない存在。
探検隊とは言うが、探検隊がやることはただお宝を集めたり、冒険を楽しむだけではない。
困っているモンスターを助けたり、ラビリンスで助けを求めているモンスターを救助したり。
この世界での探検隊は、いわゆる便利屋のような立ち位置だろう。
確かゲーム内では主人公たちはそんな探検隊になり、救助活動などを行いながら世界を救う旅をしていたな。
……って、待てよ。
つまりこの先の展開は……
「そうだ! 二匹とも僕と探検隊やらない?」
「やっぱり!?」
「え? やっぱりって?」
あまりに予想通りすぎて声が出てしまった。
俺は慌てて口を塞ぎ、ガルタに話の続きを促す。
「あ、いや……なんでもない。そ、それでどうしたんだよいきなり」
「うーんと、今までは僕一匹しかいなかったから探検隊ができなかったんだけど、今はもうウサミとサクラがいるからね! あ、もちろん断っても大丈夫だよ? 危険な仕事だし」
……探検隊。
ゲーム内ではHPが0になっても何事もなく生き返っていたが……このリアルな世界でそんなことがあるのかは甚だ疑問だ。
それに、襲われていた時のサクラのあの怯え様、キールの命を奪う時のガルタの顔。
この世界でも命が一つきりだからこそ、そうなるのだろう。
百聞は一見に如かずと言うが、まさにその通りだった。
二匹のあの表情、様子が命が有限であることを語らずとも示していた。
それを念頭に置いて……この誘いをどうするか。
「オイラはやりたいっす! というか、師匠たちはもうすでに探検隊だと思ってたっす」
「え? なんで?」
「だって、ラビリンスにいたオイラを助けてくれたじゃないっすか。わざわざ目的もなくあんな場所に入るとは思えないし……」
……言われてみれば確かに。
俺は恐らく転生という形であそこに迷い込んだのだろうが…………
ガルタはなぜ、深緑の森にいたんだ?
俺はその疑問をそのままガルタに投げかける。
「え? それはねぇ……やっぱり、一匹でも探検隊がやりたいと思って、修行をしにいったんだよ」
「それは果たして、探検『隊』と呼べるっすか……?」
「というか、一匹は危ないと俺に忠告しながらそんなことしてたのかよ」
「あはは、確かに!」
「笑い事じゃねぇ……」
この楽観さ、長所でもあるがこの世界においては完全に欠点ではないだろうか……
なんだか危なっかしい。
……仕方ない。
「……よし、俺にも探検隊やらせてくれ」
「ほんと!?」
俺のその一言を聞いたガルタは子どものように爛々と目を輝かせ、俺に顔を寄せてくる。
あまりにキラキラしていたので俺は思わず顔を赤らめて目を逸らしてしまう。
目は逸らしてしまったが、せめて、ガルタの期待はちゃんと受け止めようと思う。
「あぁ、俺も一匹でこの世界を生きるのは怖いし……ガルタは危なっかしすぎるから一緒にいないと心配だ」
決してなにも考えず誘いを受けたわけではない。
願わくば、戦いとは無縁な場所で平穏に生きていたい。
けど、それじゃあ……今までとなにも変わらないし、俺がこの誘いを断っても、きっとガルタは探検隊を諦めない。
だって、こんなに目を輝かせているのだから。
「なんだかお母さんみたいっすね」
「そのレベルで過保護になった方がよさそうだ」
俺がいても、なにも変わらないかもしれない。
死ぬかもしれない、殺すかもしれない。
それでも……
「ちょっと! 僕だってウサミに助けられたけどウサミだって今日僕が助けたでしょー!!」
ガルタは不服そうにしっぽをピンと立てて大声を上げる。
なんだかその様子が面白くて……吹き出してしまった。
「はは、そうだな。これからもそうやって、お互い助け合っていこうな」
「……! うん、これからもよろしくね!」
俺は、友達と一緒にいたい、助けたい。
「次はオイラが師匠たちを助ける番っすね! がんばるっすよー!」
「おー! 期待して待ってるよ!」
はは。
なんというか、幸せな時間だ。
自然と笑顔が浮き上がってくるし、心がぽかぽかするような気がする。
こんな気持ちになったこと、前世で一回でもあったか?
本当に、今が幸せだ。
大切な存在が、友達いるというのは、こんなに素晴らしいことだったのか。
なぜ幸せなのか、と聞かれて具体的に答えることは難しいが、その理由の一つは今目の前にいる友達であると、迷わず答えられる。
地面に置かれたランプの光がよりいっそう強く、瞬いて見える。
「ウサミ、泣いてる? だいじょぶ?」
「ん、あぁ。二人といると幸せだなぁって」
「へ?」
「え?」
「…………あっ」
……正気に戻った俺はポカンとした二匹の顔をただ眺めることしかできない。
しょうがない、しょうがないのだ。
つい口をついてそんな言葉が出てしまったのだ。
……こんな弁明をしてももっと恥ずかしくなるだけだ……
「う……ウサミー!!」
「えっ、ちょ、おい!?」
ガルタが突然、滝のようにだばーっと涙を流し、俺に抱きついてくる。
「ウサミ先輩、かわいいところあるっすねー! オイラそんなふうに言われると嬉しいっすよ!!」
「う、うるさいうるさい! べ、別にそんなんじゃ……」
「もう、ウサミは照れ屋さんだなこのぉ!」
「う、うぅ~…………」
俺は恥ずかしさのあまり、ピンと張った耳を丸めて顔を身体に埋める。
うぅ……俺の耳、絶対真っ赤だ……恥ずかしい……もう、ガルタとサクラの顔見れない……