第6話 これからのこと
俺とガルタの一行にサクラも加わり、その後は特にモンスターとは遭遇することなく、深緑の森を出ることができた。
ひとまず安心だが、これで一件落着……とはならない。
未だ何が起こっているのか理解できないし、そもそもこの状況を受け入れられてもない。
最初、イモもんと対峙したときは考えるのが面倒だから受け入れたつもりでいたが……命がかかっているとなるとそうはいかない。
死んでもいいやなんて、思考の放棄、諦めに過ぎない……はずだ。
実際死にそうになったら、それこそ死に物狂いで抗う、それが生き物としての本能だ。
「ふーっ、やっと深緑の森を抜けれたね!」
「あぁ、ほんと、疲れたよ……」
「お二匹が守ってくれたおかげで怖くなかったっす! ありがとうっす!」
「うん、どういたしまして!」
「……」
ラビリンスを抜けて安堵の表情を浮かべる二人をよそに、俺は自分の犯した罪を頭の中でループさせる。
死ななくてよかった、当然安心しているが……自分以外のなにかを殺したという
自覚が、ないはずの視線を感じさせる。
自分と同じサイズの、同じ種族の命を奪う。
蚊を叩き殺すのとはわけが違う、けど命を奪った事実はどちらも変わらなくて……生類憐れみの令って、こういう気持ちで発布したのかな。
頭の中でこんなことを考えても決して顔には出さず、ただ貼り付けただけの笑顔で二人についていく。
「ところで話はズレるっすけど、深緑の森も出たことですし改めまして……お二匹を師匠として仰がせていただいてもよろしいっすか!?」
「僕はもちろん大歓迎だよ!」
「俺は……すまん、今はちょっと、いや、かなり混乱しててな……答えは保留にしておいてもいいか?」
「はい! こちらは頼んでいる側なんすから、早くしろなんて言えないっすよ! 気長に待つっす!」
……正直、師匠師匠と慕ってくれるサクラはかわいいし、少し、いやかなりこそばゆいがそうなったら幸せだろう。
だが、今はそれどころでは無いというのが現実だ。
「ガルタ、サクラ。色々と質問させて欲しい」
俺が抱いたこの世界に対する疑問をガルタとサクラに投げかけ、一つずつ紐解いていくのが最優先事項だ。
元の世界に帰るにしても、いつ帰れるかなんて分からないし、そもそも帰れる保証もない。
しばらくはこの世界に滞在することになるだろう。
となると、この世界での常識や知識が必要になってくる。
まず、ここはどこなのか。
これに対するアンサーは当然日本でも、外国のどこかでもなかった。
ここはモンスターの世界で、『アヤカシノクニ』という国らしい。
リアルすぎて忘れがちだが、ここはゲームの世界だ。
しかし、モンスターラビリンスのゲーム内ではそもそも国なんて概念はなかった。
ゲームの情報はあまり当てにならないと思うべきか……いや、それはまだ早計か。
次に、ここでの生活はどんなものなのか。
今、これが夢ではない以上は生きるためにそれを聞く必要があるだろう。
たがしかし、これに返ってきた答えはなんともてきとうでちゃらんぽらんなものだった。
なにが
『え? 食べて寝て遊んで寝る! 終わり!』
『なんかどーんってやってずばぁーんって感じっす!』
だよ!!
なんも分かんねぇよ!!
まぁ、常識を説明しろと言われても意外と難しいものだし、ちょっと質問が抽象的過ぎたかな……
それでも俺がこの質問に答えるとしたら……寝て、起きて、起きる気力もないから寝て……
……………………。
…………虚しいからやめておこう。
どのような形であれ、こんな質問に答えてくれた二匹には感謝すべきだな。
ラビリンスのモンスターを殺すことについて、質問したかったが……それを聞いたら、自分が罪人であると決定されるような気がして、勇気が出なくて……結局聞くことはできなかった。
……さて、これから生きていくためにはとある決断をしなければならない。
まず、ありがちなのはこの異世界から脱出して元の世界に帰る方法を探す。
そして、もう一つは……この世界で、生き抜いていくことだ。
……正直、俺は後者を選択するつもりだった。
それはこの世界で生きる覚悟ができたとか、そういうのじゃなくて……元の世界に未練がない、というか戻りたくないからだ。
少なくともこの痣が俺の顔に鎮座している間は、俺の運命はすでに決まっているようなものだ。
だから、今まで通り惰性で、なんとなく生きていこうかと思っていた。
思っていたのだけど……
脳裏にキールに殺されかけた映像が流れる、命を奪った角の気色悪い感覚が消えない……
……どっちにいても、生き地獄だ。
……今すぐに決断しなきゃいけないわけでもない、だから、今は……いいや……。
そうやって俺は、いつも通り決定を先延ばしにした。
「そういえばさウサミ、どこに住んでるの? 今日はもう遅いからもう帰った方がいいと思うけど……」
ガルタの言葉で俺は首を上げて空を見る。
眼前に広がる橙の空と紫っぽく染まった雲を見れば、夕刻手前であることがわかる……もうそんな時間なのか。
「そりゃ東京都……あっ……」
……家、ないじゃん。
も、もしかして今日は野宿か?
困ったな、サバイバル知識なんてないし……
今日一日はいいにしても、雨風しのげるところがないのは……
「……ウサミ先輩、もしかして家ないっすか?」
「ごはっ……!?」
サクラの言葉が俺の図星を貫く。
「もう、これまでどうやって生きてきたのさ」
「うぐ……ここに来たのが今日だからこれまでもクソもないんだよ……」
「ウサミは生後一日だったの!? それなのにもうそんな流暢に話せるなんて!」
「うん……まぁそれでいいや」
元人間で気づいたらここにいたんだ、なんて言って信じてくれるわけがない。
何かでっち上げるより諦める方が早い。
どうでもよくなってまた空を見上げる俺を見て、ガルタはため息を吐いて俺の肩に手を置く。
「しょうがない、今日は僕の家に泊まっていきなよ」
「え? いやそれは、助けてもらった上家に泊まらせてもらうなんて申し訳ないし図々しすぎないか?」
「助けられたのは僕だって同じ! それに家主がいいって言ってるんだからいいでしょ! じゃあ決定ね! ついでにサクラも泊まってお泊まり会にしよう!」
「え? 自分もいいんすか?」
「もちろん! 襲われて疲れたでしょ?」
「じゃあお言葉に甘えさせていただくっす!」
驚くほどにトントン拍子で話が進んでいく。
これが男子のノリというやつなのだろうか?
……お泊まり会……まさかそんなものをする日が来ようとは。
正直かなり……いや、ものすごく楽しみだ。