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第41話 笑顔

「……着いた、か」


 俺たちは再びラビリンスに突入し、白く光る空間を飛び越え……キリタチの谷第一フロアにやってきた。

 まだここは霧がなく、歪な岩肌と細かな砂利の臭いが鼻を突く。

 三匹で目を合わせて頷き、俺は目を閉じて魔素を角に集中させる。


「スキル発動、ソニックウェーブ!」


 角を震わせ、耳鳴りのような高音がフロア全体に広がる。

 俺にだけ聞こえるその音は、まっさらな頭の中に鮮明な地図を描き出した。


「こっちにアイテム、あっちにもあるけどこっちのが近いから先に取りに行こう。道なりに進むとモンスターが三体だ」

「らじゃ!」



◇◇◇◇◇



「はっ」


 俺は岩陰から鉄のトゲを投擲、遅れて気づいたチュウリンが振り向くが、ちょうど目の上を捉えて突き刺さる。

 痛みに悶えるチュウリンは激昂して俺に向かって走り出す。

 俺は岩陰に戻り、横にいるガルタに「そろそろ」と伝えた。

 ガルタは目をかっぴらいたまま黙って頷き、魔素を練り上げる。


「ぢううううう!!」

「今」


 岩陰に飛び込んできたチュウリンに、俺の合図でガルタはドンピシャで拳を叩き込む。

 チュウリンの鼻っ柱が鈍い音を立ててひしゃげ、血を撒き散らしながら地面に身体を擦らせて砂煙を立てる。

 俺はそれを見て高く跳び上がり、後ろ足でチュウリンの首に着地する。

 声にならない呻きが聞こえるより先に、確かにへし折ったという感覚が足を伝って全身に走る。

 チュウリンは何度か痙攣してから、光の粒子になって俺たちに吸い込まれた。


「ナイスウサミ」

「……うん」


 俺は地面に座り込み、自分の後ろ足を撫でる。


「疲れちゃった? 休む?」


 分かりやすく項垂れる俺に、ガルタが顔を割り込ませる。

 澄んだエメラルドグリーンの瞳には心配の色が浮かんでいるも、俺は目を逸らして四本足で立つ。


「……大丈夫」


 嫌だった。

 なにもかも。

 殺すことに慣れかけてる自分も。

 もう疾うに人間じゃないのに、人間で在ろうとする自分も。

 ……その自分のせいでガルタに心配かけてるのも。

 俺はもうバケモノなんだ、これ以上綺麗でいようとしてはいけない……さっさと諦めろ。


「リンガの実あったっすよ~。これで五つ目っすね、ラッキーっす」


 サクラがぴょんぴょん弾みながらリンガの実を掲げ、明るい声でそう報告してくれる。

 しかし目を合わせない俺とガルタの様子を見て、ぷくーっと身体を膨らませる。

 そして俺の身体に巻きついてグイグイと引っ張ってくる。

 突然のことで俺は抵抗できず、サクラとともにほんの数メートル離れたところに連れていかれる。


「先輩、そのままラビリンス進む気っすか?」

「……そのままって、なにが」

「だからなんかその……さっきからぎこちないっす。色々と。なんだか……わざと突き放してるみたいっす」


 俺はそれに胸を突かれた気がして、サクラはシシシと笑う。


「けど、仲の良さが隠しきれてないっすね。先輩は優しいっすから、多分……お互いがこれ以上つらくならないようにそうしてるっすよね? オイラ頭良くないから上手く言えないんすけど」

「……そう、なのかな」

「絶対そうっす! けどそのまま行ったらチームワークも発揮できないし、前みたいにお二匹で仲良くしてて欲しいっす。だって……お二匹って親友じゃないっすか」


 俺は耳をピクピク動かしてガルタの方を見る。

 ガルタは視線に気づいたのか、首を傾げたまま手をブンブンと振る。


 ……俺とガルタが、親友?

 会ってまだ、数日しか経ってないのに?

 ただ、明るくて、元気で、ちょっとばかで、それなのになぜか頼りになって、かっこいい……。


「……まぁ、俺から見たらそうかもしれないな」


 今まで親友はおろか、友達だっていたことはないけど。


「素直っすね」

「認めざるを得ないと思っただけだ」


 けど、ガルタがそう思ってくれてるかはまた別の話だ。

 それに親友と思っているならなおさら……これ以上近づくのは間違いだろう。

 これ以上あいつを好きになりたくない。

 好きになって欲しくない。

 だってもし、どちらかが死んだら。

 その時俺たちは……


「ウーサミ」

「わっ」


 いきなり後ろからグイッと頬を掴まれた。

 そして口角を上げるように引っ張られる。

 皮膚に触れる黄色と黒の毛はチクチクしてて、とんがった爪に視線をやるとヒュッと引っ込められた。


「緊張してるでしょ~」

「そんなこと……」

「実はね、僕も緊張してるんだ」

「え」


 俺は耳を畳んでから頬を掴む主を見上げる。

 いつも通りの快活な笑顔に、新緑のように優しいエメラルドグリーンの瞳、口からはみ出た小さな牙。

 いつもとなんら変わらない顔だけど、分かる。

 髭がちょっと曲がって、影がかかってるみたいな感じ。

 

「ウサミだってほら、笑ってないもん」

「……いつも別にそんな笑ってないだろ。俺って愛想ないし」

「えー? そうかなぁ。ウサミはいつも僕たちを見る時、やれやれって眉を下げて笑ってくれてると思うんだけどなぁ」


 俺はそれを聞いて思わず息を漏らしてふっと笑う。


「気のせいだろ」

「……ふふふ」

「なんだよ」

「いや、なんでもないよ」

「なんだそれ。教えろよ」

「やーだね、教えてあげない!」

「じゃあ別にいいや」

「えー!? そこは引き下がるところでしょ!」

「ラビリンスの中だぞ、ふざけるな」

「ぶーぶー、つまんないの」

「これだから……」


 ガルタの手は頬から離れた。

 それでも俺の口元は形を保って、どこか跳ねるような気分になっている気がした。

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