第39話 あっしの信じるもの
「……え?」
ガルタは間の抜けた声を漏らした。
そして俺の方を見て強く拳を握る。
「それって……依頼は、どうなるの」
「……失敗として受理されるんじゃないのか」
「依頼者は……最上階で救助を待つモンスターは、どうするの」
「……身の丈に合ってなかったんだ。仕方ない」
「仕方ない!?」
「師匠待って!」
ガルタは息を荒らげて俺の首根っこを掴む。
まだ回復しきっていないのだろう、ゼェゼェと息を切らしながら俺のことを睨みつける。
俺は冷静に抵抗せずにガルタの開いた瞳孔を見つめながら、内心ドキドキしてじとっとした汗をかく。
「仕方ないって、いつ死ぬか分からない恐怖を抱いたまま待つモンスターと、生死も分からないモンスターを放っておくことを……そうやって片付けるの!?」
「そうだよ、ガルタ」
俺は首根っこを掴まれたまま、表情を変えずそう返す。
ガルタは奥歯を噛みながら、ガルガル唸って俺のことを睨み続ける。
「なんで!!」
「俺たちが生きて帰れない」
ガルタは面食らったみたいに口を丸くし、手から力が抜けかける。
俺は息を吐いてガルタの手を払い、アイテムボックスから脱出用アイテムの輝く球体を取り出す。
「他の探検隊に任せよう。これ以上は……俺達には無理だ」
「いや……でもっ……」
「あー、お前たち? 喧嘩しているとこ大変申し訳ないのだがね?」
チュウリンが俺たちの間に割り込み、眉をきつく顰める。
「あっしはどうすればいいのだよ。そのアイテムで一緒に出れるのかね?」
「……出れるんじゃないのか?」
この発言には根拠があった。
ラビリンス内で仲間になったモンスターは、脱出用アイテムを使えば共に出られる。
ラビリンスを出る前にやられたら、連れ帰り失敗となりゲットできない。
だから救済措置として脱出用アイテムが用意されてたんだ。
けど……
「……ラビリンスのモンスターは出ることができない」
「ガルタお前、嘘ついてんじゃ……」
「嘘なんかじゃない。本当だよ」
ガルタの温度のない表情、冷たい目で見られた俺はうっと声を漏らすしかなく、その言葉が真実なのだと知る。
それと同時に、ガルタを疑ったことへの罪悪感がチクリと刺さった。
「……ラビリンスのモンスターが外に出るためには、最上階にいるボスモンスターの承認が必要なんだ」
「……しかし、お前たちはラビリンスから出るのだろう? その、ボスとやらに会うことなく」
「それは……」
ガルタが言葉に詰まって地面を見つめる。
俺も、同じようにする。
頭が回らない、早く決断しないと……ここに居続けるのだって危険なんだ。
そう言い聞かせても、俺のポンコツはちっとも回りゃしない。
……今までずっと、逃げてきたからかな。
やめろ、今は自嘲してる場合じゃない。
そう、こういう時は……天秤にかけるんだ。
天秤にかける。
そうやって決めてきた俺の頭に一つ大きな切っ先が向けられた。
天秤にかけるって、命を?
切っ先を前にして、俺の頭はまた回ることを拒んだ。
──そんな中静寂を切り裂いたのは、彼だった。
「必ず戻るっす」
俺は耳をピンと立ててサクラの方を見る。
「一度ラビリンスから出て、またすぐに突入するっす。入り直せばラビリンスの構造が変わって、一階からアイテムを拾い直せるっす」
サクラは続ける。
「一度外に出れば魔素も濃いっすから、回復もできるっすよね。それにオイラたちはここまで、できるだけモンスターを避けてきたっす。一階から敵モンスターを殺し続ければ……強くなって、このダンジョンにも太刀打ちできるようになるはずっす」
あんまり良い気分はしないっすけど……と呟いてからチュウリンのことをじっと見つめる。
「それでもオイラは……チュウリンを見捨てられないっす。依頼ももちろんっすけど、それよりオイラは……」
「……サクラ」
「……ふん」
チュウリンはそっぽを向き、それでも視線だけはサクラに向ける。
「……あっしは、他のモンスターなど信用しない、信用しないが……契約は信じる主義なのだ。それで……あー、なんだ……」
ゴニョゴニョとどもって、足を組んだりしっぽを揺らしたりしながら大きく咳払いをする。
「サクラ。お前があっしに、名前を寄越すのだ。それがあっしと……あー、お前たちとの繋がり……なのだ」
それを聞いて、サクラはぷっと吹き出した。
チュウリンはビクッと震え、不服そうに、笑うサクラを睨む。
「ははっ……そうっすね、オイラたちも助けられたっすもんね。チュウリンがオイラたちを助けた報酬として、オイラからは名前を贈る。なら……チュウリンからはなにを貰えるっすか?」
チュウリンはそれを聞いて面食らったような顔をする。
サクラはニヤニヤと笑いながらチュウリンに歩み寄り、肩を組むように身体を巻き付ける。
「契約は繋がり、なんすよね? だったらオイラたちが渡して、チュウリンから貰って、またオイラたちが渡して……そういう繰り返しがなきゃ、繋がりが切れちゃうじゃないっすか」
チュウリンは目をぱちぱちと瞬かせ……初めてはっはと豪快に笑った。
「サクラ……お前、中々筋がいいのだよ」
「お褒めに預かり光栄っすね。チギリ」
「……それはもしや、あっしの名前なのか?」
サクラがフフンと胸を張り、得意気に口を開く。
「契約は契りを交わすって言い方もあるっすよ。名前にするくらいっすから……当然オイラたちとの契約も守るっすよね?」
「ハッ、当然なのだ。変な名前かと思ったが、気に入ったのだ。ではあっしたちの最初の契約を交わそうではないか」
チギリは二足の後ろ足で立ち上がり、サクラに手を出すように前足を差し出す。
「お前たちがあっしを迎えに来た暁には……このチギリが、探検隊の一員となることを約束してやるのだよ」
サクラの顔がぱぁっと輝き、ぴょんと跳ねて身体をみょんと伸ばす。
そしてチギリの前足を力強く握った。
「契約……」
「成立っすね!」
そう口を合わせる二人の顔は今までになくまっすぐで、視線は固く結ばれていた。




