第37話 煌めく本能
「今の……サクラ……?」
「へ?」
俺は目の前のサクラを見つめて瞳を濡らす。
桃の香りが満ちるラビリンスで、サクラの顔をしっとりと見つめる。
サクラ……生きてる……生きてる、生きてる。
さっきの、気になるけど……
「フーッ……よか、った……無事……だよね、?」
ガルタは途切れ途切れな言葉で、目を細くして俺に微笑みかける。
右の肩口を抑えたまま。
お前が無事じゃないだろ。
今は……ガルタの腕を治さないと。
生きて出なきゃ。
木の実を使えば……
俺はアイテムボックスを首に下げたチュウリンに目を向ける。
チュウリンはその視線に気づいてバツが悪そうに俯く。
「あー……その、回復の木の実は……あっしと貴様で使い切ってしまったのだよ」
「……俺、が」
……俺が、脳死で突っ込んだから。
ガルタだけじゃない、サクラも限界だ。
出血とか目に見えた外傷がないから軽く見えど、魔素不足に戦闘で受けたダメージは命に届きうる。
「くそ……!」
思わず口から漏れる、汚い言葉。
……早く、木の実を見つけないと。
どうすれば、どうすればいい……早く思いつけ、前世の知識でもなんでも…………。
「スン……鉄臭くてかなわん、さっさと木の実を見つけなくては」
……鉄臭い。
……別に、今はそんなことないと思うけど……いや……兎より、鼠の方が嗅覚に鋭そうじゃないか?
チュウリンなら匂いでリンガの実を見つけられるんじゃ……いや、確かそんなスキルが……
必死に考え込む俺を見てガルタは肩口から手を離して広げる。
「だいじょうぶ、だよ。魔素を使って、っふ、血は止めているから、ね」
「……」
確かに傷口からもう血は出ていないが、心臓が鼓動するようにピクピクと痙攣しており、傷口の歪な凸凹を見ると明らかに『だいじょうぶ』ではない。
「俺が言えたことじゃないけど……無理、しないでくれ。見てると、なんか……苦しくなる、から」
俺は若干目を逸らして地面を見つめながらそう言う。
……顔、あっつ。
……早く、治してあげないと。
木の実……木の実を見つける方法、ゲームを思い出せ、絶対なんかあったはず。
俺は地面と向き合って頭を回転させる。
『スン……鉄臭くてかなわん』
……!
「チュウリン、これから使って欲しいスキルが……」
「? すきる? スキル……」
チュウリンは目を伏せて数秒制止し……首元の鬼の印がドクン、と脈打った気がした。
金色の瞳を露わにし、鼻を天に向けて目線だけを俺に向ける。
「なんてスキルなのだ?」
「えっと、きのみスニフっていうスキルで……匂いを嗅ぎ分けることで……」
「いや、その先はいいのだ。もう分かった」
チュウリンは二本足で立って目を閉じ、スゥっと息を吸い込んだ。
「スキル発動、きのみスニフ」
きのみスニフ、フロア内に落ちている木の実の場所を探知できる便利スキル。
HP、状態異常を一挙に解決できる木の実はいつだって重宝される、このスキルを使えるモンスターはパーティに一体は必須だった。
紡がれた言葉が小さく沈み、チュウリンの鼻がピクピクと動く。
ゲームであったエフェクトみたいなものはなく、ただ鼻が小さく揺れるだけだった。
本当にスキルが発動しているのか、ガルタは本当に助かるのかと不安に駆られて止まない。
焦り。何もかも諦めていた昔の俺からは無縁な感情だからか、全身が強張って力が抜けない。
チュウリンは四足を地面につけ、方向を変えて歩き出す。
「こっちなのだ」
振り向くこともなく、それだけ言ってズンズンと歩き出すチュウリン。
俺は無理やりガルタの脇に潜り込んで身体を支え、ボロボロのサクラに目線を向ける。
「歩けるか?」
「はいっす、早く行きましょうっす」
サクラの身体は小さくなったり大きくなったりで、全身で呼吸しているみたいだ。
普段、そんなことないのに……きっともう限界だ。
サクラの傷も……早く治さなきゃ。
そう思った俺は硬くて尖った小石が転がった地面に顔を顰めながら、摺り足でチュウリンの跡を追いかけた。
上から落ちる血の匂いと苦しそうな呼吸の音、弱々しくも早くなるガルタの鼓動に呼応するように俺もはっはっと息が下手くそになる。
……重い。
ザリザリとうるさく鳴く地面に汗を垂らして……ついに、霧が晴れていない境目に辿り着いた。
チュウリンは初めて振り返り、目が細くなった俺を無表情で見つめる。
「……この先なのだ」
「……そう、か」
「木の実のある場所に……敵の気配がするのだ。おそらくあっしと同じ種類だ」
チュウリンか……。
ゴロックと違って嗅覚や聴覚に優れたチュウリンは、不意打ちや気付かれず避けることは難しい。
今万全なのは、俺だけ……この霧の中、俺一人で……。
「……うしっ」
覚悟なんてできてない、怖くて震えも止まらない。
黒霧に突っ込んで、肉をちぎられた感覚がフラッシュバックする。
けどもう化け物に、モンスターになったからなのか。人間故に学ばないのか、それは分からないけど…………
「行ってきます」
俺は性懲りも無く一歩を踏み出そうとしていた。




