第34話 弱虫二匹
サクラは身体を引きずって、俺に近寄る。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「え、なにが……」
「ごめんなさい。弱くて、オイラが弱いせいで先輩に痛い思いさせて。ごめんなさい、ごめんなさい……ごめん、なさい……」
そうだ……なにが違うか、分かった。
サクラはいつも……笑ってたんだ。
楽しい時はもちろん、俺とガルタが馬鹿やって呆れてる時も……どこかに、笑顔の欠片があった。
でも今は違う。
人形のように、表情に温度がない。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
サクラが謝る度に、使い古した消しゴムみたく……身体の下の方から黒ずみが侵食してきている。
黒しかない世界に影が広がり、その様はまるで自分を削っているようだった。
謝らないでいい。
謝らないで欲しい。
悪いのは俺なんだから。
謝られたら、サクラが悪者になってしまう。
悪者は俺なのに。
なんで、サクラが謝る?
「サクラ……」
そう、言ってしまいたい。
けどそうしたら、すれ違い続ける気がするんだ。
謝るのって、自分のアクを吐き出すようなもので……自分が悪いと思ったことを謝れずに終わったら……ずっとそのことしか考えられなくなる。
俺も……家族にそういう思いをし続けた。
「……俺も、ごめん。なにも考えずに突っ走って」
「……それは、オイラの方じゃないっすか。オイラがあのオニに特攻したから。ウサミ先輩は死にかけて、ガルタ師匠はオニを一匹で引き受けて、命を懸ける義理のないチュウリンも戦うことになった。オイラ……疫病神みたいっすね、たはは……」
サクラはそう言いながら、滲むような涙を一筋垂らした。
それを見て、俺もなんだか目が後ろから押されるような感覚に襲われる。
「……サクラは、疫病神なんかじゃないよ」
絶対、そんなわけないから。
俺はサクラの目を見て、一本一本糸を結ぶように言葉を紡ぐ。ゆっくり、優しく。
「この世界に来たばかりでなにもかも分からない俺と、一緒に居てくれた。お泊まり会の夜は勇気を出して昔のことを話してくれた。だから俺もサクラに心を開くことができた」
「オイラは……ただ、心細かっただけっす。自分の気持ちを発散したくて、ただそれだけだった弱虫なんす……」
心細い……弱虫……そう、だったんだな。
「なんだ……俺と一緒じゃないか」
「……へ?」
「俺も、一人ぼっちで心細かった。痛いとすぐ泣く、痛くなくてもすぐ泣く泣き虫弱虫だ。サクラの上位互換……いや、この場合は下位互換か?」
ずーっと、一人だった人生。
殴られて泣いた。
罵倒されて泣いた。
なにもなくても泣いた。
自分の中の潤い全てを吐き捨てるまで泣いた。
それでもなにも変わらない現実を踏み締めた。
「程度の差はあれど……一緒だな、俺たち」
「……!」
俺は軽く微笑んでそう言った。
対してサクラは俺の顔を見たまま硬直してしまった。
「「…………」」
あれ……なんも喋ってくれない……。
もしかして嫌だったかな……俺と一緒なの……いや、一緒とか言うのがそもそも烏滸がましかったのだろうか……。
「……ウサミ先輩」
「ひゃ、ひゃい!?」
心の中でブツブツ言っている時にいきなり呼びかけられ、変な声を上げてしまう。
全身に妙に力が入り、ピンと身体が伸びる。
「オイラ……先輩に、迷惑かけてないっすか?」
「……迷惑なんて、思ったことないよ。それに迷惑だと思ってたとしても……人同士が関わって互いに迷惑を全くかけないなんてことは有り得ない、そんなの夢物語だ」
俺からすれば、異世界でモンスターになってる今でさえ夢物語だけど……。
「弱いせいで……また先輩に痛い思いをさせるかもしれないっす」
「それは……俺だって同じだろ」
「暴走しちゃって、迷惑かけるっす」
「それは……あぁ! そうだ! 俺、気絶してここに……てことはまた外で黒い俺が暴走してるんじゃ……や、やばい、早く戻らないと、その時にサクラたちを傷つけない保証が…………」
どうやって出れば……浮いてる感覚の今じゃ地面を蹴ることもできない……。
真っ暗で先も見えないし……早く、何か思いつけ、みんな戦ってるんだぞ……!
「……先輩、向こうのオイラによろしくっす」
「え?」
サクラが突然、全身から桃色の光を放つ。
俺は思わず前足で顔を覆い、一歩後ずさる。
その光は際限なく明るくなり続け……瞼越しでも眩しくて目が熱くなる。
「サクラ……!」
俺は目をぎゅっと閉じたままただ前に前足を伸ばす。
「先輩なら絶対勝てるっすよ。オイラがここから応援団長してっるすから」
そう聞こえたと思えば、濃厚で甘い匂香りに包まれ、俺の身体は引っ張られるように上に上っていく。
何がなんだか分からない……それでも、最後にこれだけは伝えておかないと、人として。
「サクラ!」
すぅ。
「ありがとう!!」
返事を聞くことも、顔も見ることもできないまま……俺の意識は暗闇を抜けた。
「……どういたしましてっす」
サクラは目一杯の笑みで、ウサミの消えていった方を見つめ……一息、吐いた。
「さて……オイラはこいつの足止めをしなくちゃいけないっすね」
ぴょんと飛び跳ねて虚空を見つめるサクラ。
彼の身体からは再び桃色の光が溢れ出し……その光は、虚空に潜るそいつを確かに照らし出した。
「またしても……邪魔をするか、諢丞ッ悟刈迚溯ア?セ主多」
ノイズのような声が、虚空を震わせた。
「なに言ってるかわかんないっすけど……ここから先は通行止めっすよ」
彼の胸の中には、先に貰った「ありがとう」が熱く燃えていた。
霧が湧くようにサクラの頭に緑のスカーフが出現し……身体を伸ばしてそれをぎゅっと強く締め、微笑んだ。
「足止めは得意分野っすから」




