第3話 初めてのトモダチ
「あぁもう、やるしかないのか!」
俺はただただ震えるだけの足を強引に前に進め、後ろ足で全力で地面を蹴る。
すると凄い勢いで身体が地面から離れ、自分の影で暗くなるイモモンが視界に飛び込む。
な、なにこれ……これ、三メートルくらいは跳んでるんじゃあ……
え、えっと、ここからどうしよう、なんも考えてなかった……!
やばいやばいもうイモもんが目の前に迫って……!
「う、あぁぁぁ!!」
「ピェ!?」
無意識に突き出した俺の前足が、落下の勢いでイモもんの身体にめり込む。
イモもんは甲高い悲鳴をあげながらもぞもぞと蠢く。
自分の身体の一部がスクイーズのようなぶにゅりという嫌な感触を貫通し、イモもんの皮膚が破られる。
前足にどろりとした痰のような液体の感触が伝わり、気持ち悪さから嗚咽しそうになる。
イモもんは生存への渇望か、不快な鳴き声を上げてもがく。
頭がキンキン鳴ってやかましい、今すぐ地面に伏して蹲りたくなる。
「うあぁぁぁぁっ!」
それでも声を上げて無理矢理自分を奮い立たせる、やらなきゃ、ガルタが、俺が、殺される……!
俺は額に生えた角でイモもんの破れた皮膚を突き、首を振って遠くへぶん投げる。
イモもんは木々の隙間を通って吹っ飛んでいき……森の奥に消えていった。
「は、はは……案外やれるじゃないか……」
わけの分からない笑いが溢れ、無意識に顔が空の方へ向く。
その拍子に、自分の角の先端から黄色い液体が垂れているのが見えた。
その液体の正体は、考えるまでもなく……──────
「うっ……おえ……」
その先を考えるとなにかが腹の下から込み上げてきて……それが口から溢れるのを無理やり抑え込んだせいで、口内に苦味と酸味がべっとりと絡みつく。
戦いが終わったはずなのに、体内に突っ込んだ前足に残るぐちょぐちょとした感覚はいっそう強まる、角に伝う液体が気持ち悪くて、見たくもないのに視線がそこに固定されて離れない。
俺は……あいつを……あの、モンスターを……
心臓が耳元にあるみたいに、鼓動が俺の世界を支配する。
視界がぐらぐらしているような気がして息の仕方がよく分からない。
……俺は無理やりそれを飲み込んだ。
喉にごわごわした棘が通り、弾みながら胸を伝っていくみたいで……
最悪な気分だ…………
……今は、ガルタを助けないと。
少し湿り気のある土を踏み、糸に巻かれたガルタの傍に寄る。
「……大丈夫か? 今糸を解くからな」
「う、ウサミ……」
俺は角と前足を使い器用に糸を順調に解いていく。
早く、早く解かないと……ゲーム通りならここは危険なラビリンスだ。
またモンスターが襲ってくるかもしれない。
こういう時に焦って手が動かなくなるとか、そういうのはもはや超えていた。
命を失う恐怖とはそういうものなのだと、今体感した。
理解できない、納得できない。
それでも今、今やらなければ、俺たちは……
────……無我夢中で角と前足を動かし続け……ようやくガルタを解放することに成功した。
「う、ウサミ……」
「ほら、身体貸してやるから早く起き上がれ。もう一回襲われたら大変だろ。俺ここら辺の道知らないから逃げ道案内頼む」
ゲームの知識があっても、ラビリンスは入るごとに内部構造が変わってしまうという特性があるため、マップを暗記しているから楽勝、とはならない。
プログラムで生み出されるランダムマップ全てを記憶しているなら話は別だが……人間にそんなことができるわけがない。
ここは現地人……いや、現地モンスターのガルタに頼るべきだろう。
しかし肝心の頼りのガルタはへたり込んだままうるうるした瞳で俺を見つめている。
どうしたのだろう、もしや毒か何かにやられたのだろうか?
だとしたらどうすれば────
「ありがとうぅぅぅ!!!」
「ちょっ、おいっ」
ガルタがいきなり大声で泣きながら俺に抱きつく。
俺は反射でガルタの身体をぐいぐいと押し返す。
「僕、僕死んじゃうかと思ったよ……ウサミがいなかったら僕……」
なんとか落ち着かせなきゃ……か、肩とか叩いてあげるのがいいのかな……
でもこの前足じゃ届かないし……
どうすればいいかよくわからなかった俺は、とりあえず届く範囲にあったガルタの横腹をぽんぽんと叩く。
「わ、分かった。分かったから。今はとりあえずここから出よう、な」
「ぐす……うん……」
ガルタは思いのほかすぐ泣き止んでくれて、先を歩いてくれる。
よかった、少しは落ち着いたのかな。
そう安堵したのも束の間、ガルタは数歩進んだところでこちらを振り返り……
「……怖いから、隣にいてくれないかな……?」
俺はそれを聞いて軽くずっこける。
さっきの勇ましさはどこへ行ったのやら……
俺は半ば呆れ気味にひとつため息をついた。
全身に絡みつく気持ち悪い感触は消えないままだけど……ガルタを見てると、不思議と安心する。
同時に……
「しょうがないな……」
俺は早足でガルタの隣に移動する。
「あれ? ウサミ、顔赤くない? 大丈夫?」
「べ、別になんでもねぇよ……早くしないと置いてくぞ」
「ま、待ってよー!」
……なんだか心があったかい。
この気持ちがなんなのかはよく分からない、分からないけど……でもそうだ、これが、きっと────
「ねぇ、ウサミ。僕、君と出会ったばかりだけどさ、お願いしたいことがあるんだ」
「もうすでに隣に来て欲しいとお願いされた気がするけどな」
「そ、それはそれだよ。あのね、僕……君と、トモダチになりたい!」
───友達なんだ。