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第27話 エガオ

「サクラぁ ゛!! ウサミぃ ゛!!」


 僕はウサミと違って、視界がない中周りの状況を把握する方法がない……あの黒霧の中に突っ込んでもやられるだけ……けど……けど……!!

 息ができない、何度空気を吸おうとしても空振るんだ、喉を潰されているみたいに……

 ただ叫ぶことしかできない自分に腹が立つ、けど本当にそれしかできないんだ……

 オニと正面から戦うなんて無茶に決まってる、サクラとウサミだけじゃ絶対勝てない、しかもあいつは強さだけじゃない……ここのラビリンスでは一体どんな能力を……


「おおおおおい、どうなっているのだねあれは!!」


 遅れてチュウリンが黒霧の前で停滞している僕に追いつき、バタバタと慌てながら僕の背中に掴まる。


 ……チュウリンの能力で黒霧をなんとかできたとしてもこの様子では戦えない……そもそもなにか対抗策を持っているとも限らない…………。


 ……いや、違う!


 僕はすっかり失念していた!


「……チュウリン……あのオニはどんな能力を持ってるか……知ってたりする?」

「は? 貴様はなにを言って……いや、待つのだ……」


 鬼の印があるってことは、チュウリンがラビリンスで産まれたモンスターなのは確実。

 そう。()()()()。ラビリンスで産まれたモンスターだ!

 ラビリンスのモンスターは、必ずオニに世話になる……。

 だからチュウリンは知っているはず……戦い方も、あのオニの能力も!


「やつの能力は……蘇り。一度死んだモンスターを蘇らせるものなのだ!」


 蘇り……!?

 その特性は…………


「せん゛ぱぁ゛い゛!! ぜん゛ぱぁ゛ぁ゛ぁ゛い!!!」

「「!!?」」


 僕は枯れた咆哮を聞き、チュウリンが背中に引っ付いたまま全力で走り出す。


「ちょ、落ちる落ちる! 落ちるのだ!?」


 血走った目で叫ぶサクラは砂埃でくすんで汚れ、再び黒霧の中に突っ込もうとしている。


「止まって!!」


 僕はサクラを上から抑え込み、それでも叫んで進み続けようとするサクラの顔を見て胸がズキズキ傷つく。

 僕の眼を見てなにか叫んでいるけれど、もう何一つ聞き取れない、何を言っているか分からない。

 一体、中で何が…………


「──────!!!」


 黒霧が立ち込める重たい空気、僕らの鼓動、どこから吹いているのか分からない冷たい風。

 その全てを貫いて響いたその慟哭に、僕の心は温度を失った。

 サクラを抑え込む腕の力さえ完全に抜け、肩まで降りた僕の背中からチュウリンがずり落ちる。

 サクラはそれを聞いて叫ぶでもなく泣くでもなく、ただ崩れ落ちた。

 地面に降ろされるその視線は何を捉えているのか、僕には分からない。


「オイラの……せいで……オイラが……」

「…………」


 サクラのせいなんかじゃ、ない。

 僕が、僕が臆病なのが悪いんだ。

 僕は自己犠牲で霧の中に突っ込むサクラを見ても、自分の身を顧みず友達を助けに行くウサミを見ても、聞き取れない程必死に叫ぶサクラを見ても……今こうして、聞いているだけで心臓を握りつぶされそうな気分になるウサミの声を聞いても。

 足の震えが止まらない、汗が止まらない、怖いって心の声が絶えない……一歩を、踏み出せない。

 僕は……奴に何度地獄を見せられたか、もう思い出せない。思い出せなくても、この身体に刻まれた恐怖とも呼びがたいこの本能は……今も僕を霧の前で縛りつけている。

 未だ響く大好きな彼の声は止まない、僕の震えも止まない。

 僕は……僕は一体…………──────


「うっ……!?」


 刹那、黒霧を裂いて白い光が突き抜ける。


 僕は、この光を知っている。

 この暖かい光を知っている。

 それと同時に、僕は僕に失望した。


「……ホーン、タックル」

「あ……」


 その瞬間、時が止まったみたいにその声だけが聞こえた。

 一瞬、地面が揺れたと思えば…………耳を引き裂くほど甲高い音が響き、また地面が揺れる。

 硬くて靡くことがあまりない僕の毛が逆立ち、風が全身に吹きつける。

 僕は……ただ立ち尽くして光る黒霧を眺めるだけだった。

 それから瞬きもできないうちに……黒霧からなにかが飛び出して、僕の目の前で止まる。


「……ギ」


 ひび割れて、ボロボロになった鉄の棒を立てて息を荒らげたオニ。

 それと…………


「…………。」


 うつ伏せに倒れ込む、ウサミ。

 左足がなく、口から紅い液体がおびただしく流れ、真っ白な毛が赤黒く染まり、角がへし折れ、弱々しく身体を上下させて…………涙を流し続ける、ウサミ。

 彼の息の音は、穴が空いた風船のようにヒューヒューと、痛々しい。


 僕は……僕は……


「ギッ……」


 オニが杖のように立てた鉄の棒が砕け散り、よろけた。

 全身から温度が抜け、尻尾が地につき、鉄臭い匂いが脳を駆け抜ける。

 僕という僕が、音も立てずに崩れ去っていく。

 黒が膨らんで膨らんで……それを、自らの爪で引き裂いて赤を加えた。


 怖い。怖い。怖くてたまらない。でも……今はそれよりも────


「──寒い」 


 風のせいじゃない。僕の心が凍ってしまったんだ。


 白い蒸気を吐き出す心で、僕はやっとオニのことをまっすぐ見据えることができた。

 見ているだけで泣き出してしまいそうなほど恐ろしい、その仮面の奥に輝く瞳を。


「お、お前……お前は……!!」


 僕は一体──────


「僕が……僕が殺して……やる……!!」


 ──────なんのために、笑っていたんだろう。


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