第26話 自分勝手
目を閉じてすぐ、本当にすぐのことだった。
左前足の根元に熱が食い込んだ。
俺の足と身体をくっつけている骨と肉の隙間に差し込まれた硬い歯は、どんどん深くに入り込んでいく。
ぐちゅぐちゅという肉の繊維が千切られる音、骨が外れそうにガタガタする感覚は本当に自分の身体の中から発されているのか未だに分からない。
俺は今、ただ首を上に上に上げて叫んでいる。
叫ぼうと思って叫んでない。
俺の本能が叫んでいる、今までにないこの感覚に。
俺は尖った前歯を、左足に噛み付いているチュウリンに突き立てる。
そして、チュウリンの耳を噛み千切った。
チュウリンは前足に噛み付いたまま痛みを叫ぶ。
その声の震えでまた違う痛みが駆け出す。
自分の意思ではもう動かすことも難しい前足に、バーナーで焼かれ続けているような、氷点下の水に傷口を漬け込まれているような痛みが迸る。
もはや思考の余地はない。
今死ねたらどれだけ幸せなことだろう。いや、違う。
今死なないと、どの道俺は死ぬ。命が尽きて死ぬか、この痛みに潰されて死ぬか。
俺は涙と血を撒き散らしながら、鉄臭さが充満した口内を開けて叫んだ。
きっともう喉は引き裂けてる、この腹から出る声はもはや声とも呼べない雑音。
雑音を鳴らすと、引きちぎったチュウリンの耳がポロッとこぼれ落ちた。
そんな場合ではない、そんな場合ではないのだけど……俺はゲロを吐き散らした。
耐えようか耐えまいかという思考のプロセスを通る暇もなく、前足に噛み付いたままのチュウリンにそれをぶっかける。
それと同時、逆サイドから俺を殺さんとするチュウリンが脇腹を食む。
真っ白な体毛に紅が滲み、焼き鳥一個分くらいの肉が俺の身体から離れた。
次いでと言わんばかりか、左前足も噛み千切られてチュウリンは逃げ出していった。
支えを失った俺の身体は前に倒れ、意味もなく残った前足で地面を引っ掻く。
おかしいな……人間って、痛みに耐えられなくなったら気絶するんじゃなかったっけ……?
ほら、拷問されるシーンとかさ……苛烈な拷問に耐えきれず気絶するじゃん……俺も、そうならなきゃ。
なんで、俺はずっと起きてる?
あいつらに殴られるのとか、蹴られるのとはまるで違う。
自分の身体が欠損していく感覚。
命の危機とか感じられない、死と共存しているこの気分。
苦しみの中あんなに求めていた、手を伸ばし続けていた救いだったのに。
今まで人生で感じてきたどの感情よりも、どの感覚よりも恐ろしい、痛い。
もっと言いようがあるのかもしれないけど、今の俺の頭にあるのは…………
『怖い。』『痛い。』『死にたくない。』
ただそれだけ。
黒しか見えない霧の中、俺が思うのはただそれだけ。
それだけの中……俺の中には欲が芽生えた。
それは今まで、俺が得られなかったものへの醜くくて、身勝手な渇望。
俺は魔素を両手いっぱいに掬う。
俺はハナから自分のことを諦めて。
俺が死んだ時、大好きなお前らが泣いてくれるように。
大好きなお前たちに褒めてもらえるように。
大好きな、ガルタとサクラのために。
「ホーン、タックル」
死と一緒にいる俺が考えたのは、そんなくだらない、しょうもない、自分勝手だった。




