第23話 あっしのおかげなのだよ
「先輩……」
「……!」
俺はその声を聞き、ガルタの腕を強く取っ払って起き上がる。
起き上がると、目が合った。
潤んだ瞳でプルプルと震えるサクラ。
チームの証である緑のスカーフが少しよれているも……サクラ本人には欠損はおろか、怪我も見られない……無傷、だ。
「生きてて……よかった……ほんとに……よかったぁ……」
全身から力が抜け、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
「なんすか、っそれぇ……こっちのセリフなんすけど……」
サクラの目からも大粒の涙が溢れ、俺の方に寄ってくる。
天井から漏れ出る小さな光が反射して、パラパラと落ちる砂粒に輪郭が現れる。
俺たちは互いに抱き合い、静かにすすり泣いた。
サクラの身体……あったかくて、モチモチだ……前足に力を込めれば際限なく沈んでいき、心地良い。
俺はまた強く抱きしめた。
頬にサクラの熱が伝わってきて、胸の奥に刺さった夢への疑いが、じんわり溶けていく。
甘い香りがふわっと香って、軽く震える優しい声が耳に馴染む。
あぁ、本当にサクラは生きているんだ……。
俺、今日だけで何回泣けばいいんだろう…………
「オイラ……生きてるっすから……もうあんな無茶はやめてくださいっす……」
「無茶なんて……俺、すぐ気絶しちゃって足引っ張っただろ。元はと言えば俺のせいでサクラが……」
「ゴホンっ!」
聞き慣れない、咳払い。
俺は反射で音のした方に目を向けると、思わずビクッと身体を震わせた。
茶色い体毛にピンクの尻尾。
俺と同じ四足歩行に金色の瞳、胸には鈴の模様。
チュウリン……?
なぜか襲ってこないし仲間みたいな感じで一緒にいるし……どうなって……
「そろそろあっしが話しても問題ないかね?」
……喋った!?
さっきまで戦って、サクラもやられたからあれだが……このかわいらしい見た目からそんなしゃがれた声が出るとは驚きだ。
というかなんで喋って…………。
「あ、ごめんね。助けてくれたのに」
「ほんとなのだよ、全く。あんな部外者が話しにくい空気を作ってくれちゃってまぁ……ここだっていつバレるか分からないのだよ? そこのとこちゃんと分かってくれたまえよ」
「えっと、ごめん……君は誰で、ここはどこなんだ? あの後一体どうなったんだ」
サクラとガルタの方に意識を取られて周りを全然見れてなかった…………。
辺りを見回してみる。
暗くて、壁に囲まれている?
光源は天井から微かに差すだけみたいだ。ここは……洞穴?
「僕から説明するよ。もう少し待ってもらってもいいかな」
「ふん、早くするのだ」
◇◇◇◇◇
「ぐす……それで真っ黒になったウサミが急に倒れて……」
「いい加減泣きやめって、俺生きてるから……」
なんか、説明してくれてる間にガルタがまた泣いてしまった……。
すごい熱い……目の前で、自分のことでこんな泣かれると……いや、別に嫌じゃないんだけど……。
別のこと考えなきゃ……えっと、そう。真っ黒になった俺のことが気になる。
しかも、電気を纏っていたってガルタは言っていた……なんで急にそんなことに……?
関係があるとするなら……気絶する前に急に襲ってきた、あの激痛と恐ろしい程の怖気か?
……思い出すだけでも、震えが止まらない。
さっきサクラが言ってた無茶って、そのことを指してるのかな。
……生きたまま化け物に噛み潰されているようなあの感覚は、明らかにおかしかった。
敵モンスターのスキルかなにかか?
けどそんなスキル俺の記憶には…………
「角も新しく二本生えて、ズバァン! ゴキゴキゴキィッ! ビリバチ……って!」
「ごめん、何一つ分からない」
ガルタの顔はもう、泣きすぎて体毛の明るさのトーンが一段階落ちていた。
そんな状態でもガルタのふざけた説明は変わらない。
ガルタはぐるぐる悩む俺を見て、突然しゅんとして俺の顔を覗き込む。
「ねぇウサミ……もう、あんな暴走したりしないよね?」
「え……」
そんなこと言われても……俺自身何がトリガーになってそうなったか分からないし……。
それに仮に、俺が黒くなってなかったら、ガルタが傷ついていたかもしれない……もしそうなら、俺は……
俺はその質問に答えられなくて、ただ沈黙を続けるしかない。
「……先輩」
「……ごめん。俺自身もなんでそんなことになったのか分かんないし……それに、そのおかげでガルタが助かったなら……俺は……」
………………。
全員が俯き、沈黙が降りる。
僅かな光しかないこの洞穴が、更に黒に包まれた。
「おい、いつまで待たせるつもりだね。お前たちは話しにくい空気を作るのが上手すぎて待てないのだよ」
チュウリンは眉をひそめながらため息混じりにそう口にする。
「あ、えっと……」
「先程言ったことを理解していないのか知らんが、ここもいつまでも安全とは限らないのだよ? 優先順位をつけたまえよ」
「……チュウリンの言う通りだね。ごめん、切り替える」
ガルタは両手で頬を叩き、涙を拭った。
サクラは俯いたまま、声のトーンを変えずに話を始める。
「……チュウリンさんはオイラたちが戦ってるのに気づいて、隠れ場所に案内してくれたんすよ。先輩を庇いながら進むのは正直限界があったっすから……本当に助かったっす」
「フン! 分かればいいのだよ分かれば!」
……そうか、俺が気絶しちゃったから、俺が目覚めるまでどこか安全な場所に行こうと……
胸の中には未だ薄暗い暗雲が渦巻き、胃もたれしたみたいな気持ち悪さが沈澱している。
けど、この人の言う通り……ここは危険なラビリンスだ。
敵は俺が立ち直るのを待ってはくれない。
……助けてくれたこの人にも迷惑をかけた……お礼を、言わないと……
「えっと……チュウリンさん? 助けてくれてありがとう」
「お礼はもういいのだよ。本来ならば銭を取るところなのだがねぇ……あっしは今困っている。助けてくれるのならチャラにしてやってもいいのだ」
「……なにに困ってるんだ?」
チュウリンさんは尻尾で頭を擦り、うぅむと唸る。
「それが……あっしにもよく分からないのだよ。目が覚めたら急にここに居て……周りのモンスターに話を聞こうにも会話が通じないし、怖くてこの洞穴に隠れていたのだよ。どうすればいいのだね?」
「えっ」
目が覚めたら急にここに……?
待てよ、それって……もしかして俺と同じ…………
「もしかして……前世の記憶とか」
チュウリンの金色の瞳が、少し揺れた気がした。