第22話 現実? 夢? はたまた……
一歩、一歩、また一歩。
顔がぐっしょり濡れたまんまで踏みしめる石の階段の硬さは、俺の足をしっかり支えてくれるみたいだ。
腕を伸ばして、鳥居越しに見える太陽を掴もうとしてみる。
指の隙間から通り抜ける暖かな光は正面から受け止めるにはあまりに眩しくて……拳をぎゅっと握りしめた。
影で黒い拳の輪郭が光で象られる。
皆既日食みたいだな。
こんなので皆既日食みたいって……俺の感性安っちいな。
そうやって考えている間に、俺は鳥居の前にたどり着いた。
また、背中を押すように風が吹く。
俺の横を通り抜ける葉っぱを追いかけるように視線を向けると……小さな社が目に入る。
尖った木の柵で囲まれた社には太い縄で吊るされた大きな鈴、薄暗い奥には賽銭箱が見える。
神社……昔はよく行ってたな。
お参り……久しぶりにしようかな。
俺は鳥居の前で姿勢を正し、腰を曲げて頭を下げる。
鳥居をくぐって抜けると、横にある小さな岩が気になった。
赤い縄が結ばれ、木の柵で囲われている。
御神体かなにかだったりするのかな……なんだか、すごく惹かれる。
なんでかは分からないが。
俺は参道の端を歩き、手水舎の前に立つ。
柄杓を手に取り、一杯掬う。
左手、持ち替えて右手と順に清め、また持ち替えて左手の器に水を満たす。
それを口に含み、くちゅくちゅと口の中で泳がせてから静かに吐き出す。
再び左手を清め、柄杓を傾けて清めてから……元の場所に戻した。
覚えてるもんだな、作法。
俺は手水舎から離れ、また参道の端を歩く。
徐々に近づく社に、俺は向こうから迫られているかのような感覚を覚えた。
何かに、呼ばれている気がして。
引き寄せられているように歩を進め、社の前に辿り着いた時。
「え……!?」
なんと、社を囲う木の柵が溶けるように消え去ったのだ。
一体何が…………
……お参りの続きをしよう。
俺はなぜか、明らかに現実離れしたこの事象を放置して、お参りを再開した。
止まった足が再び引っ張られ、社の前に辿り着く。
柵がないからか、賽銭箱と鈴が余計に近くにあるように感じられる。
でも一応……柵のあったところは越えない方がいいよな……なんか縁起悪い気がするし。
俺は柵のあった場所より少し後ろに位置取り、ポケットの五円玉を取り出す。
この辺の順番、曖昧なんだよな……えっと、まず賽銭を入れるんだっけ。
俺は五円玉を賽銭箱にひょいと投げる。
五円玉はカランカランと跳ねてから賽銭箱に吸い込まれていった。
それで次は、鈴を鳴らす。
願い事がある人は鈴を鳴らしながらそれを頭の中で唱えるんだ。
俺は少し毛羽立った縄を握り、揺らす。
願い事…………
…………。
──────どうか、もう一度……二人に会わせて……もう、俺から何も、奪わないでください…………どうか……
また、溢れた寂しさの雫。
俺はそれをしっかりと見つめたまま、礼、もう一礼。
パンパンと大きく手を打ち鳴らす。
軽く上体を曲げ、目を瞑る。
閉じていてもポタポタとこぼれ落ちる涙は、垂れども垂れども止まることを知らず流れ続ける。
俺の胸を満たしていた光を全て吐き切るように、汚く嗚咽しながら泣き続ける。
もう、忘れないと、この先……生きていけない……こんな、幸せを知ったら……だから、もう、忘れさせて…………ください……
…………。
俺は手を解き、腰につけ……礼をした。
そしてそのまま……歩き出す力もなく、膝から崩れ落ちて地面に手をついて四つん這いになる。
「ぁ ゛ぁ ゛……ぁ ゛あ ……っ……」
俺の影で暗くなった石の地面はまた濡れて黒く染まる。
──────忘れられるのか?
忘れられる、わけがない……ガルタ……サクラ……俺が、俺がっ……あそこで倒れたせいで、死んでるかもしれない……会いたい……会いたいよ……俺が、二人にどれだけ助けられたか…………
──────ならば、先の願いを叶えてやろう。
頭に響く、雄々しい圧力のある声。
それを最後に……俺は意識を闇に落とした。
◇◇◇◇◇
…………?
……もう、何が何だか分からない。
俺をこれ以上弄ぶのはやめてくれよ、神様……。
あたたかい。
誰かの腕に、抱えられている。
チクチクして硬い、別に気持ちよくはない毛皮。
これが誰のものか、俺は知ってる。
今、意識を取り戻した俺が目を開けて見る世界はなんなんだ?
現実? 夢? それともまた別の何か?
考えるだけで嫌になる。
だって、どれだけ幸せでもまた覚めることになるんだろう?
どれだけ不幸せでも覚めるんだろう?
本格的に意味が無い。虚無。
なら、俺は別にこのまま起きなくて……
「ウサミ! ねぇ起きてよ!」
……また、夢か?
「オイラ、初めての依頼で誰かが死ぬなんて絶対嫌っすよ! 起きてくださいっす!」
……うるさい。
どうせ、また俺の前からいなくなるんだろ。
俺はもう……
「……ウサミ……酷いよ……僕、僕、は……君がいなきゃ……っう……」
「……俺がいなきゃ、なんだよ」
俺は目を閉じたままそう言う。
ガルタの息を吸い込む音が聞こえ、直後に……
「うぁぁぁぁぁぁ!! ウサミぃぃぃぃ!!」
「痛い痛い痛い!!? げほっ、首! 首締まってるから!!」
前足でガルタの腕を外そうと必死に藻掻く俺には、なにか無駄なことを考える余裕なんてなかった。