第21話 夢……?
「ウサミ……?」
その声が届いたかどうかは分からない。
分からないけれど……ウサミはゆっくりとこっちを向いた。
そのまま、数瞬見つめ合った。
「! 師匠ッ!!」
サクラの声が聞こえて、僕はサクラの方に顔を向ける。
サクラ……すごい慌てた表情だ。
どうして……
「ぢうぅぅぅ!!!」
あっ……
「スキル発動──────」
「──────ライトニングホーン」
僕のすぐ真後ろ、口を開いて前歯を構えるチュウリン。
到底誰かの助けが間に合う状況じゃなかった。
そのはず……なのに──────
「ぢ……ぁ……」
「へっ……」
僕の隣を雷が通り過ぎ……辺りの霧が全て吹き飛ばされた。
魂をも揺らすほどの衝撃が、チュウリンを貫いた。
首に巻いたスカーフが風で揺れ……僕は口の開いたままウサミの方を見る。
「……」
黒いウサミは血を全身に被り、バチバチと放電している。
そこでようやく僕は認識した。
今、ウサミに助けられたのだと。
いや、果たしてこれをウサミと呼んでいいのかな。
見た目が違うから、とかじゃない。
目付き、息遣い、匂い、纏う空気のどれをとっても、違う。
正反対だ。
漆黒を潰して燃やして、呪いに漬け込んだような……そこに息づいた雰囲気は、僕たちモンスターとはかけ離れている。
「う……あ……」
「ウサミ!」
糸が切れた人形のように倒れたウサミを両腕でキャッチする。
血で濡れて重たくなったウサミの身体が腕に乗り、よろけてしまう。
「ウサミ……」
僕はウサミの額を撫でた。
すると次の瞬間、ウサミの全身から黒い粒子が弾けて、顔の右半分……痣があったところに吸い込まれていった。
それとほぼ同時、黒炭になったチュウリンの身体と、ウサミにベッタリとこびり付いた血が光の粒子になり……僕らに吸い込まれた。
「師匠、これは……」
「……とりあえず、ウサミが起きるまで待とうか。霧も晴れたし……警戒して潜伏しよう」
「……ハイっす。けど、一体どこに……」
「ウチハホラホラ、ソトハスブスブ……」
◇◇◇◇◇
……痛い。
ただそれだけだった。
それだけ、なのに……俺は倒れた、立てなかった、起き上がれなかった。
あそこで立たなければ、サクラも、ガルタも危なかったのに。
痣に触れたあの瞬間……獰猛な獣の口内で咀嚼されたかのような錯覚があった。
俺という存在そのものを食おうと……終わらせようとする、ナニカに殺されそうになった。
ぐちゃぐちゃに噛み潰されたのに、今こうして俺は思考している。
感覚がない、けど痛い。
記憶に根付いた、偽物の痛み。
存在しないものに負けて、俺は倒れた。友達が死ぬかもしれなかったのに。いや、もう死んでいるかもしれない。
……早く、起きて、戦わないと……早く、早くしろ……起きて、戦え……助けろ……なぜ、起きない、なぜ……
「な ゛んでっ!!」
……っ!?
真っ黒だった視界が、突然色彩を帯びる。
風で靡く木々、石でできた階段……下を見ても、階段が続いている。
どこまで続いているのか……目を凝らしても凝らしてもぼやけるばかりで、終わりが見えない。
……うん?
「これは……」
俺は目に入ったそれに手を伸ばす。
歯車のデザインに穴が空き、黒く燻んだ黄土色。稲穂が描かれたそれは間違いなく……
「五円玉……」
俺は手のひらに乗った五円玉を太陽に翳してまじまじと眺める。
……ん? んんんん?
「えっ、俺……」
俺は地面に手をついて立ち上がり、自分の身体を見回す。
白色のパーカー、袖から出る五本の指が生えた手、着古したグレーのスウェット、メッシュの靴。
毛のほとんどない地肌に擦れる生地の柔らかい感触。
前よりも匂いも、音も少ない世界。
そしてこの、高い視線…………。
「……人間に、戻った?」
夢……だったのか?
これまでの……全部…………
てことは、ガルタやサクラは……ラビリンスも…………
……俺の、初めてできた、友達……は……?
……そうだ。
やっぱり間違っていたんだな。
俺が幸せになるのは。友達がいるなんてのは。
全て、幻想だった。
なにを、夢見ていたのだろう。
馬鹿なやつだ、全く……死んで、生き返って、ゲームの世界に入れるなんてこと、あるわけないだろう…………そんなことも分からないのか?
この、馬鹿は……
「……っう……あ……」
泣く理由なんてない。
そう、俺が馬鹿だっただけ、最初から幻想に浸っていただけ……全部、夢だっただけなんだ……。
「うあぁぁぁ……うぁ……」
俺は膝から崩れ落ちた。
死ぬ恐怖から逃れられた、平和な世界に帰ってきた、それなのに……
どうして、こんなにも……寂しいのだろう……苦しいのだろう……痛いのだろう……
寂しい……寂しいよ……寂しいよぉ……ガルタ……サクラ……なんで、いないんだよ……なんでだよぉ……!
──────……!
突然、強い風が下から吹いた。
俺は反射的に腕で顔を守り、目を瞑る。
そしてつられるように顔を背け、階段の上を見上げた。
「……鳥居?」
太陽の光を受けて紅く輝く、大きな鳥居。
……綺麗だ。
そう思った時既に俺は立ち上がり、階段を登り始めていた。