第20話 莨雁・伜?の力
「っは……っは……」
どうする……どうする……複数のモンスターに囲まれたこの状況、正面から戦って勝てるのか……?
ここまで不意打ちだけでモンスターを倒してきたのに、いきなりこんな……
「ウサミ」
「ぁ……」
ガルタの手が俺の顔に触れた。
ピンと張った糸のように心許ない俺の精神は……それによって多少のたるみを取り戻せた。
「ゆっくり。なにがあったのか教えて」
「え、えっと……今……囲まれて……」
「……! 先輩!」
その、悲鳴に近い叫びが聞こえた次の瞬間だった。
「ちうッ!」
「っい……!?」
「えっ」
俺は振り向いた。
宙に浮いたサクラの身体の一部を、鼠のモンスターが、噛みちぎった。
さっきまで柔らかい笑みで俺たちを見守っていたサクラの顔が苦痛に歪み、地面に力無く落下した。
「う゛あ゛あ゛あ゛!!?」
「くっ……しばりの石!!」
ガルタが即座にしばりの石を掲げる。
しばりの石はバチバチと音を立て……放電しながら砕け散った。
「「「ちっ!?」」」
「「「ゴロッ!?」」」
発せられた電流は霧の中を一瞬で突き抜け、辺りにいる敵モンスターに飛んでいった。
「サクラこれ食べて!」
同時にガルタはリンガの実を取り出しており、それをサクラに向かって投げる。
ぐったりしたサクラは身体を伸ばしてそれをキャッチし、口に入れる。
「あ……う……」
声が……力が……
俺も……なにか、しなきゃ……俺の、せいで……
「……ごめんウサミ!」
「お゛っ!?」
突然頬に衝撃が走ったかと思えば身体が吹っ飛び、ゴツゴツした地面の上を転がる。
俺は呻きながら顔を持ち上げ……振りかぶった体勢のガルタを見上げる。
「いっ……なにして、」
「敵が硬直してる間に殺さないと……ここでEXPを得ないと……本当に誰か死ぬことになる! 立って!」
「……!」
ズキズキと痛む頬、砂利と血で汚れて汚い毛、ひゅうひゅうと傷に染みる冷たい風。
その全てが、俺から黒を取り上げる。
無理やり引っ張り上げられるかの如く立ち上がり……そして……
「スキル発動! ホーンタックル!」
人間の手をイメージしたスキルを発動した。
両手がいっぱいになるのはやりすぎだから、加減して……!
「うお゛お゛お゛お゛ぉ゛!!」
喉が破れる程に叫ぶ。
そうでもしないと……このぐちゃぐちゃな心に負けてしまうから。
さっきのソニックウェーブで敵の位置は大体分かってる……この辺だろ!
「ゴッ……!?」
白に包まれた視界に、突如ゴロックが現れた。
息付く間もなく大きく、硬くなった額の角が突き刺さり、貫通。
そのまま粉々に砕け散った。
「まだ……いける……!」
まだ、エネルギーが有り余ってる……このままもう一度地面を蹴る!
岩の地面を踏み砕き、弾丸のように飛び出す。
とんでもないスピードによる風圧で、辺りの霧が少し晴れた。
霧の隙間から見えたピンクの尻尾……見逃してねぇぞ……!
制御を失った俺の身体は大岩に角が突き刺さる形で止まり……岩が崩れ去ったことで俺の身体は地に落ちた。
さっき見えたモンスターは、確かこっちの方向に……
俺は四足でしっかりと地面を踏みしめ、後ろ足に力を込める。
「スキル発……ど……」
そのままスキルを発動しようとしたら……世界が、歪んだ。
頭の中の水がちゃぽちゃぽと音を立てて揺れている。力を込めているのに、その力が霧散して消えていく……なんで……こんな、時に……
「ぢうぅ……」
鼠のモンスター……チュウリンが低く唸りながら、霧の中からゆらりと現れる。
口から大きく飛び出た二対の前歯は今まさに、俺の身体を噛みちぎらんと言わんばかりに光っている。
やばい……早く、スキル発動を……
歪んで歪んで、もはや色しか認識できないほどにぼやけた視界……その中で、俺は見た。
白く輝くその前歯にへばりついた、ピンク色のなにかを。
混じりあって、泥みたいに淀んだ世界が……たとえや比喩なんかじゃなく……真っ赤に染まった。
それでも俺は、立てない。
悔しい、悔しい、許せない、殺したい……目が水で埋まり、俺は頭を抱えた。
その時だった。
「っあ……ぁ゛……!」
内側から錆びた釘を打ち込まれているような、呪詛で頭が侵されるような……痛いなんて一言じゃ到底片付けられない、鬼が体内で暴れだした。
息が……ない……できないとかじゃなく、消えた……。
こんな……ところで、終われない……のに……
これ……ほんとに、死……──────
◇◇◇◇◇
「はぁ゛っ!!」
僕はサクラのスキルで拘束されたチュウリンを魔素で硬化させた爪で何度も切り裂き……バラバラにして殺した。
「サクラ! こっちはなんとかなるからウサミの方……を……」
サクラに指示を飛ばすため、振り向いた。
けど、それどころじゃなかった。
突然、黒い嵐が吹き荒れたんだ。
次元の違う力の乱流が。
それは強さの次元とかじゃなくて、文字通り質の違う力。魔素ではない力のエネルギーが渦巻いている。
どこか物覚えのあるその力の渦中の中心にいるのは…………
「ウサミ……?」
全身が薄黒く染まって、全身が痣になったみたいな……。
胸に渦巻く散らかった思考を拾い集める間もなく……ウサミの顔が痙攣しだして、メキメキとなにかが軋む音が響く。
不気味に拗られた角が二本、新たに額に生えた。
鮮血のように真っ赤な瞳だけは変わらないのに……それは明らかに、ウサミではなかった。
僕の知っている……空を抜けるような光を持つ、ウサミではなかった。