第16話 ホーンタックル
「待ってました!」
俺はそれを聞いて思わずぴょんと跳び跳ねてしまう。
遅れてはっとし、前足で口を塞ぐ。
やばい、また変なこと言われる……
それを見てサクラはジト目になり、はぁと大きく音を出して息を吐いた。
「そういうことしてるからかわいいとか言われるっすよ」
「く、くどい……ほら、そんなのいいから、早くスキルの使い方を教えてくれ」
「かわ……」
「……」
もう、なんなんだよ……
俺、別にかわいいとか言われても嬉しくないのに……でも今は兎の姿だしサクラの言ってることもあながち間違いじゃないのか……?
いや、でもこんな汚い痣だってあるのに……
そう思って前足を顔の痣に伸ばそうとすると、突然痣の周辺にビリっと痺れが走った。
な、なんだ……今までこんなことは……
なんか、まるで触れてはいけない、恐ろしいナニカに睨まれたみたいな……
全身から汗が吹き出して止まらない、なんだ、これ……
「先輩? あの、そんな嫌だとは思ってなくて……」
「へ……? あ、いや、そうじゃなくて……とりあえず今は、スキルの使い方を教えて欲しい」
「……? 分かったっす」
……心配、させたくないし……切り替えなきゃ。
そうだスキル、スキル早く使ってみたいな。
「ただ、スキルの使い方だけならガルタ師匠から教わった方がいいと思うっすよ。感覚的なものなんで、きっとガルタ師匠の野生的な説明の方が分かりやすいっす」
「なんかよくわかんないけど褒められた! 任せて!」
「どちらかというとディスられている気が……」
そんな俺の言葉はガルタには聞こえていないのか、何事もなかったかのように身振り手振りを加えて説明を開始する。
「えーっと、僕たちモンスターの身体は魔素で出来てるんだ! だから、身体の中のさわさわ~……って感じの魔素の流れをばびゅーーん!! って加速させれば全身の魔素が漲るんだよ!」
「なるほど?」
「その加速させた魔素を最低消費量以上掬い上げて、一気に外に出す! 多分最初は掬う量が多すぎちゃうから暴発に注意だよ!」
ふむ、なんとなく察していたがやはりガルタの説明はよく分からない。
ただまぁ、こういうのはやれば分かるだろ……たぶん。
「あ、あと補足なんだけど! スキル宣言の前にスキル発動! って叫ぶとスキル発動に必要な魔素量が減って、コントロールもしやすくなって、威力も上がるんだよ!」
「え? そんなの絶対言った方がいいじゃないか」
「いや、意外とそうでもないんすよ」
サクラが割り込んでそう言う。
「当たり前っすけど、スキルは戦いに使うことがメインっすよね?」
「そうだな」
「そうなると、瞬発力というのが大事になってくるっす」
「というと?」
「端的に言ってしまえば……スキル発動と言う時間すら命取り、ということっすね」
な、なんだと……ひらがなにしてたった八文字、それを口に出す時間すら無駄だと言うのか?
技名が短くてかつ威力が高いスキルが強いってことか……そんな目まぐるしい戦いに、ただの人間だった俺が、狩られる側だった俺が、ついていけるのだろうか……。
「今はスキル発動に慣れた方がいいから、今回はスキル発動宣言の後にスキルを使おう!」
「イッカクウサギのメジャーなスキル……ホーンタックルとかっすかね?」
……ここまで来たら、どのみち戻れない。
ホーンタックル。確かゲームでは一マス進みながら相手にダメージを与えられる移動系の攻撃スキルだったな。
文字数はちっちゃいツを入れて七文字。
少し長めか?
「スキルを使えるようになれば、そのスキルの詳細な情報が頭に入ってくるようになっているっす」
異世界特有のご都合主義……
現実味があるんだかないんだか。
……そういえば、某ジャリボーイモンスターアニメでは技はレベルアップや進化に応じて従来の技からパワーアップして新技になったり、全く新しい技を覚える時も、モンスターは新技を無意識に使えるようになっていたな。
この世界でも最初はそのような形なのだろうか?
「大事なのはイメージ! フィーリング! 身体の魔素を意識! 以上!」
「まぁ残念ながらそれ以上に言えることはないっすね……」
「残念ながらってなに!?」
「ウサミ先輩、がんばってくださいっす!」
ガルタはねーねーと言いながらサクラの身体を引っ張ったり戻したりしている。
サクラはそれに対し目を伏せて身を任せている……完全に聞き分けの悪い子どもとそれをあしらうお母さんじゃないか。
それは兎も角……やるか。
ぶっつけ本番に命を預けるわけにはいかない。
「よし」
俺は目を閉じてすぅぅ……と息をゆっくり吸って目を閉じる。
ガルタの話ではたしか……モンスターの身体は、魔素でできている。
そして、体内でも流れている……血液みたいなものだろうか?
どちらも名目上では『魔素』となっているが、性質が違うのではないだろうか。
昨日ガルタかサクラがラビリンス内には魔素が漂ってるとか言ってたし……気体としての魔素、固体としての魔素があるはずだ。
その認識でいくと、俺たちモンスターの身体は『固体としての魔素』になる。
身体という物理的な形を成しているわけだからな。
となると……体内の中に流れる魔素も個体?
筋肉とか脂肪、骨も魔素でできてるならそうなるよな……?
ガルタは魔素の流れを加速させてスキルの発動を行うと言っていた。
体内には魔素が流れている……。
体内を流れるって、どんな感じだろう……医療のドキュメンタリーで血管の中を進む血液と赤血球の映像とかあったよな……そのイメージだと、魔素を液体として捉えた方がやりやすいな。
よし。
それでいってみよう。
身体に張り巡らされた管、そこを流れる赤血球、血液……つまり性質の違ういくつかの魔素。
その流れを加速させるにはどうすればいいか……。
血液って心臓をポンプとして身体の中を循環するんだよな……てことは心臓、心臓を鼓動させるイメージ……心臓が脈打つ感覚、俺はよく知ってる……一人の夜とか、学校で……
「ウサミ……?」
…………ドッ、ドッ、ドッ。
そんな音が耳元に迫る。
呼吸が荒くなる……けど、それでいい……確かに身体の中をなにかが巡っているのが分かる……。
「ちょちょちょ、なんなんすかこの魔素の昂りは……!? ウサミ先輩、ちょっとこれやばいかも……」
アドレナリンがそのまま巡ってるみたいで気分の高揚が止まらない……これを、掬うんだったよな……?
この血管という川に、両手で器を形作って突っ込んで……引き上げる……。
「……!」
「ウサミ!!」
手を川から引き上げたその瞬間、身体の中心で太鼓を叩かれたようなそんな波が全身に走る。
このまま…………!
俺は目をかっ開いて腹に力を込める。
「スキル発動! ホーンタックル!!」
勢いのまま力ある言葉を紡ぐと、俺の身体から閃光が迸る。
熱い、身体が熱い。
身体の中でドラムロールが行われているかのような圧迫感、力が漲ってくる、押し寄せてくる。
俺はその込み上げてくるものに身体を預ける。
「うおおおおお!!?」
すると、俺の後ろ足はマントルまで届くのではないかと思えるほどの勢いで地面を蹴る。
角が天を突くように鋭く、全てを踏み均す巨人のように重くなる。
そして、俺の身体は有り余るパワーのままに跳び上がる。
その様はまるで狙いをつけたミサイル。
全身がふわりと浮き上がるこの感覚は、某遊園地の絶叫をゆうに超えていた。
恐怖を打ち消して大量のアドレナリンが身体を駆ける、興奮が止まらない。
そのまま木々の間を風のように通り抜け、心地良い風が身体を撫でる。
……そういえば、これどこまで跳ぶんだろう……?
実戦の時こんなに跳んだら逆に隙だらけなような……。
俺はこんな異常事態にも関わらず、不思議と冷静だった……いや、興奮しすぎて逆にこうなっているのか。
それか肝がすわっているのか、それとも……
「あ、木が」
これから起こる事態に、目を背けていたのか。
──────バギバギバギィィィッッ
俺は頭の角から木に突っ込んだ。
角が幹に突き刺さり、その衝撃が枝分かれするようにヒビが木全体に伝わっていく。
すると面白いことに木はけたたましい音をたてながら真っ二つに割れ、地面に倒れた。
当然そうなると俺の身体も支えを失って地面に落ちる。
俺の着地の後に倒れた木が地面と激突し、身体が勝手にぴょんと跳ねた。
俺の思考はまだ正常ではないのか、パチパチと瞬きしながら倒れた木を眺め続ける。
「兎に角……これは大成功だな」
どこからか、そんなわけあるかー!
という声が聞こえた気がした。