第15話 スキルの制約
「えーっと……ガルタ、そのアイテムはなにに使うつもりなんだ?」
俺は思わずそう聞いていた。
ガルタは小悪魔的な笑みを浮かべ、人差し指を口元に置いた。
「へへ、ナイショだよ。でも、このアイテムがあれば絶対に楽になるから! 僕を信じて!」
口の端からはみ出た牙はキラリと輝き、子どものように屈託のない声。
「う、うーん……ガルタがそう言うなら」
それを見て、文句を言う気は起きなかった。
流石に生きるか死ぬかのラビリンスでふざけだすことはないだろうし……真面目に選んでいるのだろう。
ガルタは凄腕の探検隊から話を聞いていたみたいだし、なにか上手い使い方があるに違いない。
俺はそう考えて、二匹がアイテムを選ぶのを見学していた。
◇◇◇◇◇
それからしばらく経ち、アイテム購入を終えた。
この世界の通貨は江戸時代とかに使われてたようなもの。
和同開珎的な……あれは江戸よりも前だった気がするけど。
この通貨もゲームと同じだ。
単位は銭と数えるらしい。
カタカナのアイテムばっかりなのにお金の単位は漢字、子どもの頃はなんとも思わなかったが、今考えると気持ち悪いな……
それにゲームでは、いわゆる生活するシーンなどがカットされていたため銭の価値がよく分からない……。
ガルタとサクラに一食分が何銭程度なのか聞いてみると、50銭程だという答えが返ってきた。
一食分の十倍……そう聞くと高く感じるが、命を懸けた戦いに行くための資金と考えたら安く感じる。
とはいえ、できるだけの準備をしたし、決して準備が不充分というわけではない。
「それじゃあ、キリタチの谷に向かおう!」
「キリタチの谷はここからそう遠くないはずっす。30分くらい歩けば着くっすね」
「……なるほど、ラビリンスまでは距離があるのか」
今どこに向かっているのか分からなかったが、そりゃそうだよな。
当たり前のことだが、目的地に行くためには移動する必要がある。
ゲームではマップを見てボタンで選択して、ロードするだけでラビリンスに突入できたんだが……この現実味のある世界でそうはならないか。
今歩いてるこの道は一応整備されていて、森を切り拓いた形になっていた。
「ということで、ウサミ先輩はこの道程でスキルを使えるようになりましょうっす」
「え、そんな片手間みたいな感じで使えるようになるのか?」
「それはウサミ先輩のセンス次第っすね。とりあえずそれは歩きながら説明するっす」
センス次第……。
「……」
「とりあえずごーごー!」
暗くなる前にラビリンスに着くため、俺たちはガルタの元気な掛け声とともに早速キリタチの谷へ歩を進める。
そんな掛け声でスタートしたこの冒険だが、俺は楽しみでやる気が爆発している。
何が楽しみかって?
ゲームで見るだけだったスキルを、自分の手で使用することがだ。
俺はつい昨日まで高校生だったのだ。
厨二病真っ盛りの俺が、スキルなんて言葉を聞いて、ましてや自分が使えるかもしれないなんて興奮しないわけが無い。
「サクラ、早速……」
「ウサミ先輩、早くスキルが使いたくてウズウズしてるっすね? かわいいっすよー」
「ぎく」
俺が食い気味にサクラに詰め寄ると、サクラはさながら子どもを見守る母親の目で俺のことを見つめる。
たじろいで歩を止める俺のことを見て、ガルタはニヤニヤと悪い笑みで俺の頬をグイグイと押す。
「え? そうなの? もうウサミったらぁ」
「う、うるさい! そういうのずっとやってみたかったんだよ……別にいいだろ……」
「「かわいい」」
なぜか二人が口を揃えてそう言いながら俺のほっぺをぷにぷにと指でつつく。
なんだよ……そんなに俺を小馬鹿にしたいのかよ……。
俺は頬を膨らませてぷぅぷぅと唸る。
口から出る兎みたいな音にもむかついてきた。恥ずかしいし。
「あー、拗ねないでくださいっす! オイラが責任もってちゃんとスキルの使い方教えるっすから!」
「別に拗ねてない」
「ごめんってウサミ、ほらサクラお願い!」
「お任せっす!」
サクラがやや慌てながら不貞腐れた俺に目を合わせ、説明を始める。
「えーっとまず、スキルは大まかに分けて二種類あるっす。攻撃スキルと補助スキルっすね」
「どっちとももっと細かく分岐するけど、僕たちくらいのレベルならこれだけ覚えておけばおっけー!」
ふむふむ、それくらいなら俺も覚えている。
小さい時の記憶も案外役に立つものだな。
「で、スキルを使うためには制約に従う必要があるっすね」
「制約?」
「はいっす。制約はたったの二つだけ。制約その一、使用するスキルの名を宣言しなければならない。制約その二、スキル使用時、消費する魔素量を定めなければならない。以上っす」
制約……これまたゲームではなかった話だ。
『魔素』という知らない単語も出てきたし……
「……制約一つ目、スキル名の宣言については理解した。二つ目の、消費する魔素量を定めるってのはどういうことだ?」
「スキルを使うには魔素が必要っす。例えばガルタ師匠のワイルドネイルだったら、大体……」
サクラは息を大きく吸い込み、俺に吐き出す。
キラキラと輝く霧がサクラの息に混じって俺の周りを漂う。
陽光に照らされた霧は七色に輝く星空のようで、思わずジーッと見つめてしまう。
「これくらいの量の魔素が必要っす。各スキルごとに最低消費魔素量が決まってて……それを超える魔素量を代価にすることでスキルが発動するっす。消費魔素量を多くすればするほど威力は上がるっすね。その分燃費は悪くなるっすけど」
なるほど、このキラキラが魔素なのか。
これを使って、スキルを発動する……あんまりイメージが湧かない……が、シクについてはなんとなく……
「……最低消費魔素量……つまり、ワイルドネイルの最低消費魔素量が3だったとして……制約で消費魔素を2と定めた場合、ワイルドネイルを使おうとしても発動しない、みたいなことか?」
「理屈としてはそんな感じっす! 流石ウサミ先輩、飲み込みが早いっすね!」
今の理解で合っていたか、よかった。
それにしてもサクラの褒め言葉がむず痒い……前足が勝手に頭に伸びる。
とりあえず……スキルの制約について理解した。
スキル発動には、そのスキルに応じた宣言が必要であること。
また、使用する魔素量を定めなければならないこと。
使用する魔素量がスキルごとに規定されている『最低消費魔素量』に達しない場合、そのスキルは発動しないこと。
他のゲームでいうところのMPみたいなことだろう。
恐らくこの世界においてはちょーーーぜつ初歩的なことだろうが、俺にとっては宝同然の知識だ。
俺が一度頭の整理をつけたのを見ると、サクラがニヤリと笑い……
「それではスキルの制約について理解したところで……ついに実践編っす」