第14話 道具屋ゴルデス
『ギルド職員として』。
イヴキはそう言った。
おそらくこのギルドのトップであろうイヴキのその発言……立場上多くの責任を背負ってこの場に立っているモンスターの言葉。
正直怪しすぎるしなんか表情が悪どいセールスみたいに見えるけど……
「……イヴキのその言葉、俺は信じることにする。二匹は?」
イヴキの声には、どこか張り詰めたような重さがあった。
それに……『ギルド職員』という立場の言葉。
命を扱う仕事の職員がこの手の話でくだらない嘘をつくわけがない……はず。
だから信じることにした。
俺は身体ごと二匹の方へ振り返る。
「僕も……怖いけど、そもそも探検隊活動を無傷で終わらそうとする方が無理あるし! 多少の危険は覚悟しないとね!」
「オイラも……がんばるっす! 足引っ張らないようにがんばるっすよ!」
ガルタは自分を鼓舞するガッツポーズで、サクラは身体をパンっと膨らませて返事した。
俺はそれに頷きで返し、イヴキの方へ向き直る。
「じゃあ、決まりだな。イヴキ、この依頼を請けさせてくれ」
「かしこまりましたぁ。初めての依頼ぃ、がんばってくださいねぇ」
イヴキは触手の先端を黒く変色させ、依頼の紙に色々と書き込み、最後に印を押した。
イヴキはねとぉと笑顔になり、触手を左右に振りながら……
「ではぁ、いってらっしゃいませぇ。ふひっ……」
◇◇◇◇◇
「お、おぉぉぉー……!」
俺たちは探検隊ギルドを後にし、モンスター広場という場所に来ていた。
大きな噴水を中心に据え、愉快な音楽が流れる中モンスターたちが踊り、そこから波紋が広がっていくようにいくつもの屋台が広がっていて……まるでお祭りだ。
「今日はなにか、特別な日なのか?」
「ううん。広場はいつもこんな感じだよ」
「この空気がいいんすよね~、なんか楽しい気持ちになるっす!」
「分かるー、ハッピーになるよね!」
サクラは鼻歌を歌いながら身体を伸び縮みさせて弾んでリズムにノり、ガルタは腕を振って腰でリズムをとる。
ガルタもサクラもこういう時にはしゃげるのいいな……こっちまで楽しくなるみたいで、なんかいいな。
「……あ、あれ道具屋じゃないか?」
俺が前足で指す先には、一見バザーにも見えるような露店。
そう、俺たちはラビリンス攻略の準備に来たのだ。
店主は某スライムのような体型で、全身金ピカに星の形の瞳孔、ちょび髭、身体より大きな赤いシルクハットを被っている。
「そうだね、ゴルデスさんの店だ! じゃあ行こう!」
ガルタはリズムにノったままスライドするように道具屋に向かっていく。
なんか、そこまでされると恥ずかしくなってくる……普通に行ってくれないかな……
「ゴルデスさーん!」
ガルタが手を口の横に当てて道具屋の店主に大きく呼びかける。
それに気づいた店主は俺ら三匹を見るとボヨンと身体を揺らし、真上にシルクハットが跳ねる。
「ガルタさぁん!! いらっしゃいませぇぇ!! こちら、道具屋ゴルデスでございますぅ!!」
こちらに気づくやいなや、広場の喧騒を切り裂いて店主の声が届く。
あまりにもでかい声で、ビリビリと空気が震えるほどだ。
俺とサクラは反射的にビクッと身体を震わせるが、周りのモンスターは慣れているのか動じない。
「僕、パーティ組んだんだ! ウサミとサクラ!」
「よろしくお願いしまっす!」
「ど、どうも……」
「はぁい!! よろしくお願いしますね!! で、パーティを組んだと言うことはついにガルタさん……」
「そう、ついに……探検隊を始めるんだ!」
ガルタは首に巻いた緑のスカーフを得意顔でゴルデスに見せつける。
ゴルデスの輝いた目がさらに輝き、全身がプルプルと痙攣しだした。
そして……
「うぉぉおめでとうございますぅぅぅ!!!」
涙をダバダバ流しながら、一際大きな声で祝福の声を上げる。
「うぁありがとぉぉぉ!!」
「うお……」
い、痛い……もはや痛い……クラクラする……耳の奥がズキズキする……
店主だけでお腹いっぱいなのに、隣のお前まで叫ばないでくれ……
誰だ、こんな立派な耳を俺に引っ付けたのは……
俺は思わず地面に伏せて耳を前足で塞ぐ。
「ちょっとお二方、声が大きすぎるっすよ。ウサミ先輩涙目じゃないっすか」
「お、お客様! 申し訳ございません!!」
「わわ、ごめんねウサミ……」
「うぅ……いいよ……」
俺は前足で目を擦って涙を拭った。
俺のせいでいつまでも待たせられない……。
綿が詰まってるみたいにぼやけた痛みが充満する頭をさすりながら、並んでいる商品を眺める。
ゲームではアイテムの文字にカーソルを合わせて、ボタンを押すだけの買い物だったが……こうして目の前で商品を見ながらの買い物はなんだか心が踊るな。
ここにはラビリンス攻略に役立つアイテムや、スキルを新しく覚えるためのカード、また携帯食料なんかも売っていて、探検隊御用達の店なのだ……ゲーム内の知識だが。
「緑のスカーフということは、みなさんルーキーランクですね?」
「うん! 僕たち、これから初めての依頼なんだ!」
「おやおやそれはそれは!! では、サービスさせていただきますねぇ!! ささ、好きな商品をお選びください!!」
店主のゴルデスは変わらず耳がひりつくほどの声量で俺たちに接客する。
俺は未だなれない感覚で自分の大きくて縦長な耳をペタンと丸めて商品を眺める。
さっさと選んでさっさとラビリンスに行ってしまいたいが……生きるか死ぬかの冒険で準備を怠るわけにはいかない。
「確か、このゲームで優秀なアイテムは……」
HPを大きく回復させることができるのに、とても安くどこにでも落ちているリンガの実。
フロアにいる敵モンスターを痺れさせることができるしばりの石。
スキルを節約するための投擲武器として優秀な鉄のトゲ。
これらはラビリンス攻略で大きく貢献してくれた覚えがある。
だが、ゲームとは大きく異なるところがあるこの世界のことだ。
これらのアイテムが全く役に立たないかもしれないし、逆に意外なアイテムが強さを発揮するかもしれない。
俺たちの命を守るための、命懸けの買い物だ。
改めてそう頭の中で反芻すると、無意識に喉からゴクリと音が鳴った。
「二匹とも、強いアイテムとか分かるのか?」
「もちろん! おじさんにいっぱい教えてもらったんだから!」
「オイラも探検隊に憧れていた身っす! 探検隊のモンスターから直に話を聞いていたオイラに任せるっすよ!」
二人はシンクロするように胸を張って得意気にする。
素直に心強い。
ここは一旦二人に選んでもらおう。
「まずやっぱりリンガの実っすね。これは必須っす」
「うんうん、HP回復は重要だよな」
「あとは……緊急用でしばりの石なんかがあれば安心っすね」
やはり、俺が先程挙げたアイテムはこの世界でも強力なようだ。
ゲームの情報が初めてまともに役に立った気がする……
と、なると……
「なぁ、鉄のトゲとかはどうだ? 俺たち、遠距離攻撃手段が少ないからぴったりだと思うんだが」
俺がそう言って鉄のトゲを指すと、サクラは苦い顔をする。
「そうっすね……牽制としては良いと思うっすけど、基本的にそれよりはスキルとか物理攻撃でダメージを稼いだ方が強いと思うっす。探検隊の皆さんも鉄のトゲはあまり使わないと言ってたっすね」
「それはなんでなんだ?」
「鉄のトゲではモンスターに致命傷を与えることができないから、と言ってたっすね。探検隊のやることは命の取り合いっすから」
そうか……確かに投擲武器ではモンスターの身体に致命傷を与えることは困難だな。
キールの皮膚は人間よりも断然硬かったし、サクラみたいな弾力のある敵には弾き返されてしまいそうだ。
だが、スキルの使い方がよく分からない俺にとっては良い武器になりそうだな。
それをサクラに伝えてみると、それならばと数個買ってくれた。
俺も金を稼がなければ……。
いつまでも奢られているわけにはいかない。
……さて、ガルタはどんなアイテムを選んでいるのか。
「えーっと、サラマンダリアの鱗と、ディグストーンだね!」
「え……」
「サラマンダリアの鱗にディグストーン……?」
俺のゲーム知識が正しければ、サラマンダリアの鱗はただの素材アイテム、ディグストーンは落とし穴を作るアイテムだ。
サラマンダリアの鱗自体に効果はないし、ディグストーンで作る落とし穴は判定が小さすぎて敵はひっかからず、挙句の果てには自分で仕掛けたことを忘れて落下することもあるクソアイテムだぞ……?
しかもサクラの微妙そうな反応を見るに、実はこの世界では強力なアイテム! ということも考えにくい…………
一体ガルタは何を考えているんだ……?