第10話 光を求めて
「探検隊ギルドに行こう!」
起きて早々、ガルタが興奮気味にそう言う。
昨日みたいにキラキラと輝いた綺麗な目だ。
……昨日のことを思い出すとなんか、顔が熱くなる。
楽しかった。
けどそれと同時に、頭の中で黒く渦巻いて鎮座する罪が、罪悪感が睨みつけてくる。
俺はガルタから目を逸らし、ぼんやりと吹き抜けの窓から差す太陽の光を眺める。
元気でいなきゃ。
そう思った俺はすぅぅっと息を吸い……ゆっくりと吐いた。
……よし、大丈夫。
「探検隊になるには登録が必要なんすよね」
「そうそう! だからギルドへゴー!」
俺たちはガルタの勢いにつられ、朝餉も食べずに速攻家を飛び出した。
その瞬間、ギラギラと輝く太陽が俺を焼き尽くさんと言わんばかりに照る。
強烈な光に思わず目を細めてしまう。
「うっ……早朝の太陽は引きこもりにはきつい……」
「ぽかぽか気持ちいいなぁ。ほらウサミ、眩しがってないで早く行くよ」
「目がぁ……目がぁぁぁぁ……」
「なんだか空に浮く城を連想する言葉っす」
「な、なんで連想できるんだ……?」
自分でやっておいてなんだが、日本の映画のネタだぞ……なぜ伝わるんだ。
目がやられる=『それ』なのはもはや全宇宙の常識なのか?
…………。
「……ねぇウサミ?」
先頭を陽気に歩いていたガルタが突然振り返り、腰を曲げて俺の顔を覗き込む。
俺は貼り付けた笑顔でガルタに目を合わせ、
「ん? どうした?」
こう返事した。
青々と生い茂る草木が風に揺られて静かな音を立てる。
草が刈られて整備された乾いた土の道は俺の足裏から水分を奪う。
「なんか、あった?」
「……いや、別に?」
……嘘じゃない。
別になにも起こっちゃいない。
あんなのはただの夢で、俺だけが見たものだ。
こんなのは慣れっこだ。
悪夢だって見るのは初めてじゃない。
今みたいにつらいのも、心配してくれる人にいつも通りの表情を見せるのもいつも通りだ。
いつも通り、そう、いつも通りだから……
ガルタからぷいと目を逸らし、分かれ道を右に曲がる。
「……師匠、オイラ聞きたいことがあるっす!」
サクラがみょーんと自分の身体の一部を細く伸ばし挙手する。
「なになに? なんでも聞いて!」
「ラビリンスのモンスターって、殺してもいいんすか?」
サクラのその言葉に、思わず俺は目を見開く。
胸に直接銃口が突きつけられているような感覚に襲われ、身体が硬直する。
ガルタは身体ごと後ろに向き、立ち止まった俺とサクラの目をしっかりと捉えて離さない。
いつも笑顔のガルタが真顔でいるのがなんだか怖い。
……今、俺の顔はどうなっているのだろう。
「……うん、ラビリンスで発生したモンスター基本的には意思というか、命がないからね」
……?
「この世界には空気中に魔力、魔素っていうものが漂っていてね。ラビリンスではそれらが通常よりも濃くて、種類も違うんだ。その特殊な魔素によってモンスターの抜け殻みたいなのが生成される。いわば、モンスターの形をした人形なんだ」
……それは、つまり、俺が昨日殺したイモもんとキールは……
「あー、思い出したっす! ラビリンスごとの魔素の種類や量によって発生するモンスターの種類や強さも異なるって感じっすよね。各国の研究者たちが長年かけて、ここ十数年でようやく突き止めた事実なんすよね。……とはいえ、殺しは気持ちのいいものではないっす」
「……ガルタは、基本的に意思命がないと言っていたが……なにか例外があるのか?」
「うん、稀に意思のあるモンスターが生まれるみたい。僕は見た事ないけど、そういうモンスターは大抵特別な力を持ってて、対話も可能なんだ。実際にラビリンスで発生したその特殊なモンスターを連れて帰ってくる探検隊もいるらしいよ」
「……そうか」
……ガルタとサクラの説明通りなら、特殊個体以外は人形。
つまり……生き物では、ない。
命のある存在じゃ、生き物じゃないんだ。
それを認識した時、全身がはち切れる寸前くらいに圧迫されるような、決壊しそうな感覚がかなり和らいだ。
喉の奥で留めていたものを吐き出すように大きく一息つくと、同時に目が裏から押される気がした。
それを見て、なぜかガルタは笑う。
「ふふ、よかった」
「なにがだ?」
「だってウサミったら、せっかくのお泊まり会だったのに元気ないんだもん。起き抜けの表情もなんというか……温度がなかったし。でも今は、すごい安心した顔してる」
「え……」
「師匠、よく見てるっすね」
「当たり前じゃん、友達なんだから! ねっ、ウサミ」
ガルタは自分の頭に手を回して振り向いて、優しく微笑んでいる。
ガルタの背に太陽があるからか、眩しくて真っ直ぐ顔を見れない。
昨日助けてくれた時みたいに、太陽の光でガルタの輪郭がはっきりと見える。
……あぁ……あったかいな……
「うん……ありがとう」
「えへへ、どういたしまして」
「ガルタ、あのな……」
やばい、勝手に喋り出すな……やめろ、止まれ……
「お、俺な……」
決壊、する……だめだ、抑えろ、抑えなきゃ、だって、そうしたら……
……そうしたら……なんだ…………?
……分からない……いや、でも……
「……!」
顔を見せないように俯いていた俺を、ガルタが包むように抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だよ。ウサミは誰も、殺してなんかないよ。ウサミは優しくて、思いやりに溢れた子だって、僕は知ってるよ」
やめろ、やめてくれ、止まってくれ……
「俺……もし、本当に殺してたら……もう、も、もど、戻れない気がっ、し、て……」
鼻をうるさく鳴らしながら、嗚咽を堪えて、こんな醜くなってるのに、口から勝手に出てくる、溢れる。
ばか、俺のばか、止めろ、さっさと止めろ、こんなの迷惑でしか……
「でも、君は誰も殺していないじゃないか。だから、大丈夫だよ。初めて会った時と、なにも変わってない。だから、もう安心していいんだよ」
ずるい、そんな、そんなこと言われたら……
「あ、うあぁ……」
もう止まらなくなるじゃないか……
「よし、よし」
ガルタが俺の背中をぽんぽんと叩く。
叩かれる度に俺を堰き止める壁は崩れて、俺が外に溢れていくんだ。
外界に触れることなく生きてきた、暗がりが棲家だった俺が。
穏やかに輝く太陽を求めて、溢れていく。