第1話 君はモンスター
「なんで……なんで何も言わずに行っちゃうんだよ!! 僕たち……友達じゃなかったの……?」
「友達だよ……それも、一番のな」
◇◇◇◇◇
「…………なんだ、今の夢。俺に友達なんているわけないのに」
目を開けると、何度見たか分からない染みのある白い天井が見える。
おでこに腕を置いてふーっと息を吐いて、また目を閉じた。
再び暗闇に落ちようとする瞼を擦り、無理やり光を取り入れる。
繭のように俺を包み込む布団を跳ね飛ばし、俺を離さんとするベッドからがんばって立ち上がった。
「……11時……腹減ったな。コンビニ行くか」
着替えるのも億劫な俺はパーカーを一枚だけ羽織り、鍵も閉めずに家を出る。
どうせ俺の家に入ってくるやつなんていない。
◇◇◇◇◇
「ありがとうございましたー」
店員さんの定型文に軽く頷き、自動ドアが音を立てずに開く。
むわっとした暑い空気が全身にぶつかって気怠さが顔を出す。
「重っ……重労働だわ……」
弁当とジュースのペットボトルが入っただけのビニール袋を持って俺はそんなことをぼやく。
そんな独り言でも呟かないと、喋らなすぎて唇がくっついてとれなくなりそうだから。
雲一つない空からダイレクトに太陽の光が届き、パーカーの下にじっとりと汗が滲んで気持ち悪い。
「でさ、そこの店がさぁ……」
「ははっ、それはウケるわ」
「やば……あいつらは……」
俺は咄嗟にパーカーのフードを深く被り、前から歩いてくる男二人の横を足早に通り過ぎようとする。
が……
「おっ、ツギハギクンじゃーん。こんなとこでなにしてんの?」
「っ!」
気づかれた。
久しく聞くその呼び名に怖気を感じながら、重たい踵を返して走り出そうとする。
「ちょっとちょっと、なんで逃げようとするわけ? どこいくんだ、よっ」
「うっ……!?」
だが、そんな事は許されないと言うように拳が頬にめり込む。
逃げようと振り返った直後であるが故に体勢が前かがみになっていた。
それがいけなかったのだろうか?
「ぐあっ…………」
身体が不思議なくらい軽く吹き飛んで、頭に痺れるような衝撃が伝わる。
ハッキリとしていたはずの視界はぼやけてきて、暗くなっていって……不思議と痛みさえも沈むように徐々に消えていく……
「おいこ……やば……じゃ…………」
「お、おれはしら…………」
憎たらしいこいつらの顔も、声さえも霧にかき消されるように見えなくなっていく……
あぁ……光がなくなって……ぼやけていって……力が抜けて……なんだか水に浮かんでいるようで……暗い……怖い…………
まるで……あの時の…………──────
◇◇◇◇◇
「────い……お……だい……ぶ……」
なんだ……まだ眠いんだけど…………
「お……だいじょ……!」
うるさいな……なんだよ、あいつらまさか俺が起きるまで待ってたのか…………?
いや、それはないな……
「おい! 起きて! 大丈夫!?」
「さっきから……うるさ……い…………!?」
俺の目の前に、二本の足で立つ……小さな虎みたいなやつがいた。
明るい黄色の身体に白色のギザギザ模様。
クリクリとした緑色の大きな目の奥には琥珀色が輝いている。
そして虎に似合わぬかわいい顔。
唯一虎らしいと呼べるのは、口の端から顔を覗かせた白く輝く逆三角形の歯くらいだ。
ぴょこぴょこと動く耳と揺れるしっぽが、こいつが生きていることを証明していた。
こいつは、間違いなく…………
「あぁ、死んでるかと思ったじゃないか。生きててよかったよ」
……間違いなく、俺が昔プレイしていたゲームのキャラクターだ。
確か、名前は…………
「僕はタイガルのガルタ! よろしく! 君の名前は?」
そうだ、タイガル。
ガルガル鳴く虎だから、タイガル。
なんて安直な名前だろうかと、こんな状況で呑気に思う。
「俺は宇佐美。人間だよ」
「ぷはっ、ウサミ! 冗談にしてもそれはやりすぎじゃない? あはは!!」
「おい、それはあまりに失礼じゃないか? いくら引きこもり高校生の俺でも最低限の容姿くらいは……」
「いやいやウサミ、君はどう見ても人間じゃなくて……」
「あぁもう、なんだよこの夢。俺はコンクリかなんかに頭打ち付けて……なんだってこんな森の中に」
俺は荒唐無稽なガルタの言葉を無視して辺りを見回す。
見れば見るほど緑、緑、緑。
呆れ返るほどに生い茂った木々は出口がどの方向にあるかを教える気がないことを雄弁に語っている。
当然周りに建造物らしきものは見られない。
ここは一体どこなのだろうか。
「そういえば、喉が渇いたな。そこの湖の水でも拝借……」
「ちょっとウサミ、起きたばっかで動いたら危ないよー?」
「うるさいなぁ、俺なんてほっといてくれよ」
俺は水を飲もうと目を閉じて湖に首を下ろす。
口を直接水面につけて心のままに水をすする。
ひんやりとした水が口周りを揺らぎ、そのまま口内に吸い込まれていく。
渇いた口の中が一気に潤いを取り戻し、頭の中がクリアーになる。
そのおかげで、多少冷静さを取り戻せた。
一度湖から首を上げ、雲が泳ぐ空を見上げる。
そういえば、やけに視点が低いような……というか、湖の水をそのまま飲むなんて危なくないか……?
お腹壊したりしないだろうか……
てか俺今手足が全部地面に着いて……四つん這いになっている?
おかしいはずなのにこの体勢が一番しっくりくる。
というか、モンスターって喋れるわけないし……いや、そもそもモンスターなんてゲームの中の存在で今目の前にいること自体有り得ない…………
モンスターが目の前にいるのもおかしいが、怪我をしてなぜ病院ではなく森の中にいるんだ?
救急隊員にまで見放されるレベルの人間だったか?
あぁもう、この多種多様な疑問たちにどこから答えを与えればいいのだろうか。
考えることが多すぎて頭から煙が吹き出そうだ。
「ちょっとウサミ、一匹で行動するのは危険じゃないかい?」
「だから匹ってなんだよ、俺は人間だっつの」
「もう、湖で自分の姿見てからそういうこと言ってよね。ほら」
「おい、なにすんだ」
ガルタは俺の頭を鷲掴みにして強引に湖の方へ向ける。
その手を振り払おうと頭を振ろうとしたその時、湖に写った自分が視界に入る。
その象を見て、俺の頭は完全に真っ白になった。
「え、は……? これって……」
「これで分かったかいウサミ、君は人間じゃない。君はモンスター…………イッカクウサギだ」
俺……モンスターになってる!!!?