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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

迎えにいくのは俺の役目? ーTNstory

作者: 伊原みい

『どこ?』

LINEでメッセージを打つ。ネオが参加するアフターパーティーの会場についた。ネオは今日、午後から趣味と実益を兼ねた勉強会に出ていたらしい。俺は俺で大きめの仕事がようやく終わったところ。仕事の打ち合わせがしたいと連絡したら、迎えにこいと言われた次第。運転な苦手な俺。愛車のハンドルはもっぱら運転手にお任せだ。俺が自分で運転しないとわかった途端、ネオに気軽に呼びつけられるようになった。


『なか』

LINEに短い返事。ということは、まだパーティは続いているのだろう。賑やかな場所が得意ではない俺は、気後れするからあまりパーティの場には行きたくない。そんな俺のことをネオは知っているはずなのに呼びつけるのか。はああ、とため息をついて、運転手に、迎えに行ってくる、とつげ、車のドアを開けた。


会場入口、参加者を迎えにきたと伝えて中に入った。見渡せるくらいの広さの会場内はライトでオレンジ色に照らされ、何人かの服装はなぜか血まみれ。だいぶ遅いがハロウィン的なテーマなのか。仮装というにはゆるい程度だが、カジュアルに親睦を深めるには、ちょうどよいのかもしれない。堅苦しい会を想像していたが、意外に雰囲気がよい。それでも、部外者の俺は、早くネオをつかまえて、会場を後にしたい。


ぐるりと会場を見渡すと、ネオのいる場所はすぐにわかった。片手にグラス、もう片方の腕は髪の長い華奢な女の子の肩にまわしていた。しかも数人の女の子がネオのまわりを取り囲んでいる。楽しそうに口を開けて笑っているネオの姿を見ると、なんだか複雑な気持ちになった。


ネオはよく俺のことを、顔がいいとか、愛想ふりまきすぎとか、ファンが多すぎて近づけないとかいう。でも。実際、女の子の扱いに慣れているのはネオの方だ。「かわいい子が好き」と公言している上、がんがん積極的に女の子に話しかける。色白で甘い顔をしているくせに、鍛え上げられた体をしているところも、女の子にはポイントが高いのだろう。どうやってももてているようにしか見えないのに、「ターはもてるのに、ぼくは……」と言っているあたり、腹がたつ。


しかも、手にしたグラスの中身はお酒だろう。お酒にめっぽう弱く、仕事の場ではほとんど飲むことはしないのに、今日は飲んでいるという事実。あの酔ってゆるんだ目で見つめられたら、周りの子も簡単に落ちるんだろうなあ。


「はああ」

あの輪の中からネオを連れ去りたいという気持ちと、楽しんでるなら俺を呼ぶなという立ち去りたい気持ちとが、振り子のように俺の中でゆれていた。怒りがわくことはなく、どこか他人事のように冷静だ。いや、冷静というより、心が凍っていく、というべきか。はああ、今日、何度目かのため息をついた。しかたがない。ネオの方へ足を動かした。


「ネオ、迎えにきたよ」

あくまで同僚というテンションで輪の中にいるネオに話しかけた。

「こんにちわ。楽しんでいるところすみません。急な仕事の打ち合わせがあって」

女の子たちにも、努めて営業スマイルを浮かべて、あいさつをする。「急」な仕事ではないが、スムーズに連れ去りたい。ものはいいようだろ。


「わっ。同僚の方ですか?  お名前は? せっかくですから、乾杯だけでもしませんか」

俺を見て、はにかみながらグラスを頼もうとする子を手で制した。女の子が俺に話しかけたとたん、ネオの顔が曇ったのがわかる。なんだよ。俺は何もしてないし、興味もない。


「ターといいます。仕事があるので……ほら、ネオ行こう?」

俺は営業スマイルを崩さず、きちんとした対応を心がける。勉強会と言っていたし、俺のせいでネオの心象を悪くしたくない。俺のがんばりとは裏腹に、明らかにテンションが下がったネオが、周りの子たちに退席を詫びていた。帰りたくないなら、俺を呼ぶなといってやりたい。


俺は心の声にきっちり封をして最後まできちんと営業スマイルをキープし、席を立ったネオの手を引いて、会場を後にする。ネオを車まで引っ張り、後部座席のドアをあけて、押し込んだ。同時に俺も、後部座席に入る。

「車、出して」

運転手に声をかける。ネオを見ると、目を手で擦っている。お酒を飲んだら、基本こうなる。仕事の打ち合わせがしたいと言ってあったはずなのに、これではたぶん、無理だろう。「ネオの家に」と運転手に予定変更をつげた。


「なんで? 打ち合わせするんでしょう」

そんなに眠そうなのに、打ち合わせする気はあるのか。


「じゃあ、なんでお酒を飲んだんだ。打ち合わせできる状態じゃないだろう?」

「ぜんぜん飲んでないから平気。お水つんでるでしょう? お水ちょうだい」

自分の車のように把握しているネオに、ペットボトルを渡した。ごくごくと喉を鳴らして飲む様子は、まるで子供。運転手を見ると、目があった。行き先を気にしているのだろう。ひとまず、そのまま。


「かわいい女の子と楽しんでいたいなら、俺に迎えを頼まなくてもいいだろ」

「打ち合わせするっていうから頼んだんだもん。かわいい子が好きなのはそれとは別でしょ。女か男かなんて関係なく、かわいい子が好きなんだもん」


それは知ってる。同僚であり、かわいい男子代表ともいえるゴマへの過剰ともいえるスキンシップを見ていれば嫌でもわかる。かわいいものを愛でる気持ちに性別は関係ないんだろうが、ゴマのパートナーは俺の親友で、二人とも俺らの関係を知っている。でも、今日の女の子たちは、ネオに恋人がいるとは知らないだろう。ましてや、恋人が俺だなんて絶対に思わない。


「そうかよ」

何もいう気になれず、適当に相槌を返した。関係をオープンにしていない以上、恋人の俺も、ネオが狙われる姿を見ることになる。自分にアプローチされる分にはさっさと態度を明確にするから面倒もない。ただ、ネオに好意が向くと俺ができることは、あまりない。だからたびたび女の子がネオにほれていく過程をこの目でみてしまう。最終的にネオが断ることがわかっていても、その事実は俺の心を削っていく。


「妬いた?」

酔っ払いに楽しそうに言われて、さらに心が冷えていく。

「そうだな」

否定はしないが、怒る気にもなれなかった。これが、価値観の違いというやつだろ。俺が妬いているのをみて楽しいなら、笑ってろ。


「打ち合わせしたかったのは、今度のイベント準備で……」

俺は努めて淡々と、今日、決めたかった内容を話す。ひとまずネオのざっくりした温度感さえわかればもう今日はいい。一通りネオの意見を聞いてから、詳細は明日までに俺にメッセージしておいて、とネオに伝えた。まもなく、ネオの家。到着までに話すべきことは話し終えて、ほっとする。あとは俺も家で少し作業すれば、明日、出社してからで間に合うだろう。

こんなことなら、今日は、電話にしておけばよかったな。


マンション近くに止まる車。

俺はドアを開けて、降りやすいように足を畳み、ネオを通した。車から出たネオに、声をかける。

「じゃあ、おやすみ。ごめんな。途中で迎えにいって。また、会社で」

「なんで謝るの? 何も悪いことしてないじゃん」

ばっと振り返ったネオと目があった。その瞳は悪びれるようすも、俺への気持ちも何も映していない。ネオは何を考えているのだろう。たまに、本当にわからないときがある。


「ああ。じゃあな」

酔っ払いとやりとりする気にもなれず、適当に返事をして、ドアに手をかけた。


「待って」と言ってネオがドアに手をかけた。車内に強引に入って、後ろ手でドアを閉めた。

ネオが運転手の方を見る。言わんとすることを察知したのか、運転手は「近くのコンビニに飲み物買いにいってきますね」と言って、車を出て行った。うちの運転手は有能だ。


二人きりになったことを確認して、ネオは俺に抱きついてきた。これはもう、酔っ払いだな。


「ター。何、考えてるの?」

「何も」

「怒ってる?」

「いや」

「……なんで会話してくれないの? ぼく本当に酔ってないよ。二口しか飲んでいない。どうしても飲まなきゃいけなくなって」

飲んだ量は本当かもしれないが、お酒に弱いネオのことだ。酔ってないと言えるかは微妙なところだ。

「怒ってないよ。飲まなきゃいけないときもあるだろ。ただ、弱いんだから気をつけろよ」


ネオの頭をぽんぽんと叩いた。そのまま、髪をなでる。少し前、ネオは髪を切った。相変わらず、さらさらできれいな髪だ。抱きつかれた胸から腕から、ネオの体温が伝わってくる。そのあったたかさに、心が少しやわらいだ。されるがままいるネオも珍しい。


「……妬いてくれるなんてあんまりないから。調子にのってごめん」

胸元でくぐもった声がする。自覚があっての行動、か。

俺が妬くのは珍しくもないのに。最近、職場でよくネオのうわさを耳にする。「仕事ができる上に、笑顔がかわいいですよね」「最近、美人度に拍車がかかったと思いませんか」などなど、俺に話されるくらいだから、その100倍は話のネタになってるはず。ネオはここのところ大きな仕事を立て続けに任されているから、女子たちにとっても注目株だ。


俺も仕事は順調でかなり忙しいし、ネオに追いていかれるとは思っていないけれど。すれ違う時間がふえ、無意識に二人の間に距離がひろがっている気がしていたのかもしれない。今日の出来事だってたいしたことではないのに、ここまで重く暗く自分の心にのしかかるとは思わなかった。


「あんまり……遠くにいくなよ」

髪をなでながら。珍しく胸元に収まっているネオに。物理的な距離だけでなく、心の距離も。


ネオは腕をゆるめて、体を離した。

「ずっとターの隣にいたいからがんばってるんでしょ?」

上目遣いでまっすぐな瞳。この天然でかわいいしぐさも、俺以外に見せているのかな。


「俺、隣にいれてるかな」

「何をいまさら」

隣じゃなくて、どこにいるの、といいながら、わーわー騒ぐのはいつものネオだ。

だいたいターがきた途端に女の子みんな、ターに釘付けだったじゃん。どっちがヤキモチ妬いたのかって話だよね、とマシンガンのように話し始める。


いつもそう。俺の心がゆれるとき、必ずネオは気づいて手を打つ。普段、わがままをいって俺を怒らせても。子供っぽい行動で俺をあきれさせても、動じずに自分を貫くのに。どんなときも、俺が弱ったときは、その選択を間違えない。きっと俺以上に俺のことを理解している。だから、俺はネオを離せない。


ぼんやりと考える中、ふと、話が止んだと思ったら、ネオの顔が近づいてくるのがわかった。至近距離のネオの顔。

俺は……、

ネオの口を手でふさいだ。驚いた顔を見て、ふっ俺の笑いがもれてしまった。

「酔っ払いとはキスしない」

きっぱり宣言しておいた。はー? なんで? いまいいところでしょ? とぐちぐちと文句を言い始めた。


何も言わずに文句を言い続けるネオを見つめていたら、目があった。すっとネオの空気がかわる。

「まだ不安?」

その眼には俺への想いがきちんと映って見えた。

「いや。大丈夫。明日も早いんだろ。もう帰ろう?」

ちょうど、運転手から「そろそろ戻ります」のLINE。


ネオは大人しく、ドアを開け、車から降りた。

「ター」

呼ばれたので、なに?と声には出さずにネオを見つめた。ネオはジャケットのポケットから小さい箱を取り出し、こちらに向けてぽいっと放った。放物線を書いた箱をあわてて両手で受け止める。なんの箱? ネオを疑問のまなざしで見つめたが、

「あげる。おやすみ」

そういって、ネオは振り返ることもなくスタスタとマンションに入っていた。


立ち去るのを見ていたのか、ちょうど車に戻ってきた運転手。俺は「ありがとう」と声をかけ、車を出してもらう。


手のひらに余裕で収まる箱。振ってみてもとくに音はしなかった。

中を開けると、青い箱。これは……アクセサリー?

青い箱を取り出して、ふたをあけると、中にはシンプルなイヤーカフが入っていた。最近、二人揃って買うことが多いこのブランド。ふらっと気分で買うような値段ではないはず。いつのまに買っていたのか。


ルームミラーを見ながら、耳につけてみると、ミラー越しに運転手と目があった。

「お似合いですね。とても」

そんなことを言われると照れてしまう。でも確かに俺にあっていて、そういうところにもネオのセンスを感じる。めったにものを買わないタイプなのに、俺へのプレゼントは躊躇わずに買うところもネオらしい。俺はスマホを取り出して、つけた姿を自撮りして、画像をネオに送っておいた。


だいたいプレゼントまで買っておいて、なんでヤキモチを妬かせる行動をするのか。まあ、やりたいと思ったら後先考えずに好奇心が勝ってやっちゃうタイプ、だからしょうがないのか。


口元が緩む。なんでもお見通しだな。俺ばっかりが、どんどん好きになっていく。

だから今度は俺から。ネオ、もっと俺を好きになって。

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