ハラキリの客
「ほんとにこんなとこにゲーセンがあるなんてな」
私を先頭に階段を降りながらのんちゃんは言った。
「ねー。私も嘘だと思った」
ある日、パソコンで掲示板を眺めていると、面白そうな話があった。国が放棄した区画の片隅にあるゲームセンターには、放棄された当時のゲームがそのまま残っていて、硬貨を入れればいつでもプレイできるという。
階段を降りた先には扉があった。鉄でできた頑丈な扉で、ここにゲーセンがあるとは思えない。でも看板はあったから合ってる。筈。
話にはまだ続きがある。ゲーセンには、各国の諜報機関の重要人物達が客として居座って、ずっとゲームをしているという。客の中には敵国同士の関係にある国もあり、スパイとはいえ仲良くゲームをしているというのは異様である。もっと詳しく見たいなと思っていたら、パソコンが爆裂した。私のパソのセキュリティを破れるとは、やるな。まあ友達が作ってるセキュリティソフトを貰っただけなんだけど。
かくして私のパソは死に、私はのんちゃんを引き連れ廃棄区画に来たのでした。以上、回想終わり。
「ちょっと待て」
扉に手をかけたところでのんちゃんは私を制止した。
「最初に話した通りだと、大分やばい所な気がするんだけど、本当に行っていいのか。パソコンぶっ壊すぐらいのことすんだから、今ごろは私らの家にいるかもしれねえぞ」
のんちゃんは口調からは想像できないけど心配性だなぁ。でも、のんちゃんのお陰で危険な状況を切り抜けられてきた。だから、今回も大丈夫だと思う。
「ここまで来たんだし、どうせだからちょっと遊んでみようよ。それに、私達を探してるならこっちから行った方がいいと思わない?行ってみて駄目そうなら逃げようよ」
「私らの方から行って何がいいんだ。普通にゲームしに来ましたーって行って、捕まるのか?あほだろ。第一、お前は大丈夫そうなやつと駄目そうなやつの判断がつかねえよな」
「そこはほら、のんちゃんが判断してよ。行きまーす」
「聞けよ。私にも対処できないことあるんだからな」
扉を開けた。瞬間、金庫のように重厚な扉に阻まれて外には漏れてこなかった、ゲーセン特有の騒がしさと熱気が、私達を包んだ。
「うへへへへ。こういうのだよ」
私はたちまちテンションが上がり、意気揚々とゲーセンへ入っていってしまいました。
中はゲーム機を17台くらい入れたらいっぱいになるくらいの少し小さめな正方形の間取りで、昔のゲームがいっぱい詰まってる。有名な格闘ゲームの一番最初のやつとか、バリサンを維持しながらスコアを獲得していくシューティングゲームのシリーズ4部作とかが並んでいる。他はわからない。それらの内12台が使われ、つまり12人の人が遊んでいる。入り口のすぐ横にはカウンターがあって、女子高生?な感じのショートの子が小型端末をいじりながら時間を潰している。
「あの子、のんちゃんに似てるよね」
「どこがだよ。いやまあ、今の私はあんな感じだろうな。ゲームに興味ないし」
あんな感じと言われたカウンターの女の子がめんどくさそうに私達を見たけど、すぐに端末に目を戻した。
ここで彼女に話しかけることも考えたが、話しかけるなという風に端末を見ているのでやめておく。
自動小銃をゲームの間の空いている壁に立て掛けて、大人しくゲーム機の前に置かれた椅子に座った。
「で、コインは持ってきてるんだろうな」
のんちゃんは使われていないゲーム機から椅子を引きずってきて隣に座り、画面を覗いて言った。
「持ってきてるよ、たくさん」
硬貨でぱんぱんに膨らんだ柄物の財布を取り出し、筐体の平らなところに10枚の硬貨を重ねた。
しばらく後。
「何時間経った?」
「んー、5時間くらい?ここっていつまでやってるんだろ」
画面から目を離し、壁に掛けられた時計を見る。2本の針は午前6時37分を指していた。目を離した隙に、自機は敵の弾に当たり、爆発のエフェクトと共に消えてしまった。
「知らねえ」
休憩しようと席を立った。
「休憩する?」
「うん」
見回してみる。ゲーセンの客は入ってきた時と同じ、12人。まだ遊ぶつもりらしい。いつからここにいるのか知らないけど、時間が経っても変わらず画面に向かってゲームし続ける様子はゲームのNPCのようで、なんだか少し怖くなった。本当に諜報機関の人達だったら面白いな。
財布はまだはち切れんばかりに膨らんでいて、まだやれるぞ、と言っているようだった。でも私は店内を歩き回りたい気分だったから、適当にゲームの道を歩いていく。
筐体の中の1つの前で足が止まった。12人の内の1人、黒髪のアフロに黄色のTシャツ、藍色のジーンズの黒人がやっているゲームは、私も遊んでいるやつだ。つまり、新しいゲーム。
いきなり立ち止まったので、のんちゃんが背中に衝突した。
「んぁ」
後ろから何か聞こえたが、そんなことは気にせずに筐体の画面を見つめる。
「今度は見るん?」
「ん」
「じゃあ、私は持ってきたトマトジュース飲んで待ってるから。てか、最初からそうしてりゃよかったな。りおんがゲームしてるとこ見なくてもよかったんだし」
アフロの黒人は、すぐそばから聞こえる話し声には興味なさそうに、僚機に指示を出しながら敵プレイヤーを撃ち倒していた。
「えー。人がやってるゲーム見るの面白くない?」
「まあ、そこそこ暇は潰せる方だけど。それでも5時間ずっと見てたのは普通に考えて頭おかしかったな。はは。じゃあ、また後でな」
「おかしくないよー。気をつけてね」
のんちゃんは愛用のバットを握って外に行った。残された私は、反対側の筐体の椅子に座って、ぼーっと画面を眺め始めた。
そういえば、今日が誕生日でした。