第一話 彼女が占う理由
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昔々、天使と悪魔が許されない恋に落ちました。当然のように、周りから猛反対されてしまいます。けれども二人は決して離れようとはしませんでした。その為、天界からも魔界からも追放された二人はあらゆる荊の道を進む事となります。そんな中でも二人はしっかりと愛を育んでいきました。そして愛の結晶を授かります。二人の子供はすくすくと成長し、やがて天界と魔界の和解へと導く救世主となるのです。その結果、地球に平和をもたらす事となるのでした。
『光と闇の物語』のあらすじより
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ほっそりとしたクリーム色の指が表に返したタロットカードは、『吊るされた男』の正位置を示した。続いて二枚目、隣に並んだカードは『運命の輪』・正位置を示す。ガラス製の大きな長方形のテーブルに、黒いベルベットのタロットクロスが敷かれており、その上にタロットカードが展開されていた。他に数種類のタロットカードがの束が、裏返しにされたまま並んでいる。
高い天井、豪華なシャンデリア、天蓋つきのベッド等……その広い部屋は、十九世紀辺りの英国貴族の邸を想像させる。
「……なるほどね、そっかぁ。やっぱりね……」
大粒のサクランボを連想させる薔薇色の唇から溜息混じりに吐き出された声質は、どことなく水琴窟を思わせる。そのせいか、声に微かに含む憂いも諦念も心地良く響く。声の主は憂鬱そうに緩やかに整えられた眉を下げた。肩の下辺りで波打つ髪は艶やかなワインレッドで、小さな卵型の顔を縁取っている。眉も、長い睫毛も髪と同じ色だ。くっきりと幅広の二重瞼が大きな弧を描く菫色の瞳が、徐に天を仰いだ。鼻はさほど高くはないが、形は上品だ。目と目の間に薄っすらと雀斑が散りばめられており、鼻の高さと共に本人の悩みの種の一つだった。胸元と袖にふんだんにあしらわれた白いレースに、たっぷりとしたフリルに覆われた淡いレモン色のドレスが、彼女のほっそりとした体を優雅に包み込んでいる。
さて、ここまで総合的に見て、彼女の容姿は……美人? 可愛らしい? どちらに表現出来るだろうか。否、どちらにも当てはまらないと思われる。彼女が生きてきた十七年の中で、帝国のミスコンテストに名前が挙がった事は一度もなかった。けれども菫色の大きな瞳は多色性を秘め、見る角度によって深い青紫色にも、淡いブルーにも、また月光を湛えたようなグレーや、黄昏のような優しいオレンジやイエローに見えた。さながら宝石の『アイオライト』のように。
それを人によっては『子猫のよう』だとか、『妖精みたい』等と表現される事がある。けれどもその一方で、『人を惹き付ける程の華がない』『悪くはないが、極上とは言えない』『そこそこの器量』と言われる事も少なくなかった。尤も、本人もその辺りは『容姿も才能も飛びぬけたものは無い』のだ、と十分に悟っている様子である。
「状況は……『吊るされた男』は……潔く吊るされなさい、さしづめ『俎板の鯉』状態ですよ、と。補助カードは『運命の輪』、即ち人智の及ばない運の流れ…まぁ、ご縁がある、とも言えるのね。つまりは……『潔く運命を受け入れなさい』て事か。ここまで強く出ると、運命というより宿命ね」
苦笑しつつ、二枚のタロットカードを裏返しにされた残りのタロットの束に混ぜた。所謂ウェイト版タロット72枚という代物である。左手でその束を大きく扇型に崩すと、両手で豪快にカードを混ぜ始めた。程なくしてカードを両手で一つの束にまとめる。それから左手で束を三つに分け、適当な順番で再び一つの束にまとめた。それを左手で持つと、右手で上から一枚、二枚とめくっていき、七枚目を表に返して目の前に置いた。示されたカードは……
「アドバイスカードは『戦車』の正位置かぁ。『さぁ、勇気を出して進め!』て事ね。じゃぁ、潔く行きますか!」
欝々とした気分を吹っ切るようにして、彼女は勢いよく椅子から立ち上がった。彼女の名は、フェリシティ・シエル。ここ、光と天空を統制するシュペール帝国の第二王女であった。
そう、つい先日の事。フェリシティと闇を統制するテネーブル帝国の第一王子との婚約が、正式に取り決められたのだ。その為、彼女の唯一と言える特技の『占い』で、自身の行く末とそのアドバイスを占っていたのである。
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西暦3xxx年、地球滅亡の危機に陥った後……人類は生き残る為に自然と一体化した者、獣と一体化した者に分かれた。自然と一体化した者達は魔法を、獣と一体化したものは力を手に入れた。その為、個人差はあるものの魔法を使うこと、精霊を使役する事はごく普通の感覚として人々の生活に浸透している。
彼らは過去のように、争う事で人類滅亡の危機に陥る愚かな過ちを繰り返さぬよう、力を合わせて理想郷を創造した。
その結果、地球は六つの国で成り立つ事となった。火の力を加護に持つエルド王国、水の力を加護に持つドゥール王国、風の力を加護に持つアエラス王国、大地の力を加護に持つエールデ王国、その四つの力を統制する光と天空を統制するシュペール帝国、更に、その五つの国のバランスを取る為に創られた闇を統制するテネーブル帝国。この六つの国が絶妙な均衡を保つ事で、地球全体に平和がもたらされいるのである。
その均衡を保つ為、国同士で王族が婚姻関係を結ぶ事は珍しくない。言わば、古今東西より行われていた『政略結婚』と呼ばれるものである。特に、光と対極にある闇との均衡は常に緊張状態を強いられ、和合を保つ為にも王族同士の婚姻は重要なものであった。
だが、テネーブル帝国は闇を司る為、夜や影、ネガティブなものの力に満ち溢れている国柄故に他国から敬遠されがちなのは暗黙の認識であった。特に、正反対の力を司るシュペール帝国の人々にとっては……。