恋の始まり、何キロカロリー?
自動販売機のボタンを押してから、思わず「あっ!」という声が出た。近くの人が振り返ったからにはそこそこの音量が出ていたのであろう。
取り出し口からボトルを手に取ると、やはりというべきかボタンを押し間違えたらしい。
俺が飲みたかったのは普通のコーラだが、今持っているのはゼロカロリーのダイエットコーラだった。
ダイエットコーラは嫌いだ。
人工甘味料の甘さというのは物足りないし、体調によっては気持ち悪くなることもある。
人間は砂糖によって原始の幸福というものを実感するのだと俺は思う。
第一、以前から糖質ゼロだとかカロリーオフだとか、ゼロだオフだといった手合いのものはどうにも口に合わないのだ。
しかして、現に目の前にあるのはダイエットコーラ。
未開封のそれを放置するわけにもいかず、俺は首元まで真っ黒のペットボトルとにらめっこしていた。
俺がこのダイエットコーラをどうするか思案する中、不意に声を掛けられた。
「あの、よかったら交換しませんか?」
「はい?」
目を遣ると、普通のコーラを携えた少女がそこにいた。
その少女には見覚えがあった。確かいくつか同じ講義を取っていたはずだ。
その少し幼さが残る顔立ちや華奢な体つきは俺の理想のタイプで、よく印象に残っている。
とはいっても、彼女いない歴イコール年齢、この方ずっと奥手で生きてきた人間に声を掛ける度胸もなくただ遠くから眺めるに甘んじていた。
それが今、相手の方から声を掛けてきたのだ。
せっかくのチャンス、何か気の利いた事でも言えればと思った。
「交換?」
だが、動揺のせいでただオウム返しをするだけとなってしまった。
もちろん、彼女はそんなことで気を悪くするはずもなく、一から説明をしてくれた。
「さっき、大声出してたから間違えたのかなって。私、どっちも好きなんで」
「え……っと、じゃあありがたく」
願ってもない申し出に、俺はダイエットコーラを差し出した。
「それでは」
互いのコーラを交換すると、彼女はそそくさと背を向けて去っていった。
不可解な出来事だったが、思いがけず目当ての物が手に入った。
まずは一口飲もうとして、手元のコーラに視線を落とすと、ラベルにメモ用紙が挟まっているのを見つけた。
抜き取ってみれば、そこには名前と携帯の番号、それとメールアドレスが可愛らしい丸文字で書いてあった。
「なるほど、交換……ね」
思い返せば、彼女は何を交換しようとは一言も言っていなかった。
とりあえず、俺はお礼のメールに『お友達になりましょう』の一文を添えて送るのだった。