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砕けた愛は、戻らない。  作者: @豆狸
2/12

第二話 愛がわからない

 父からアンドレス王太子殿下の伝言を聞いて一ヶ月ほど経ちます。

 なんとか妃教育を終えて学園に通学出来るようになりましたが、私は抜け殻のように過ごしていました。


 三年の学園生活のほぼ二年を王宮での妃教育のために休学していたので、私には親しい方がいません。

 夜会やお茶会の席でなら話すこともあるのですけれど、馴染みのない学園でどう振る舞ったら良いのかよくわからないのです。

 親切に声をかけてくださる方がいても、私に見られることで不快に思われてしまうのではないかと考えると怖くなって、ひとりで過ごすことを選んでしまいます。


 あの日父に言われた通り、私はアンドレス王太子殿下を見ていません。

 近づくと視界に入れてしまうのでお側に侍ることも遠慮しています。

 父に伝えられたこと、アンドレス殿下がおっしゃったことは正しいのだと思います。私の愛は歪んでいるのでしょう。間違っているのでしょう。


 でも、あのときの父の言葉で、ひとつだけ誤りがあります。

 殿下と特待生のソレダ様は友達ではありません。


 学園の三年に進級して、妃教育が終わったわけではないものの少しだけ余裕が出来た私は、時間を作って登校していました。

 いつ時間が余るかわからないので、学園に先触れを出すことはありませんでした。だから殿下も彼女も私がいるとは思わなかったのでしょう。

 ふたりは指を絡めて手をつなぎ、笑い合いながら歩いて、人気のない場所で抱き合い唇を重ねていたのです。


 学園を卒業したら別れるおつもりなのかもしれません。

 ですが、少なくとも今は友達ではありません。

 それに想いが高まれば、別れたくないとお思いになるかもしれません。私を形だけの王子妃にして、ソレダ様を愛妾にすることになるかもしれません。それとも彼女を王子妃にして、私に補佐をさせるのかもしれません。


 殿下がソレダ様をお選びになること自体に不満はありません。

 女王陛下がおっしゃっていました。国を治めるには自分の心を殺すことも必要になる、だからこそ心から愛し愛される相手が必要なのだ、と。殿下に必要なのが彼女なら、それを支えるのが臣下の義務です。

 歪んだ愛しか持たない私が、殿下に愛されないのは当然のことですもの。


 ただ、それなら……と私は願ってしまうのです。

 それならいっそのこと私を捨てて欲しい、と。

 ソレダ様のことを忘れて私を娶られるとしても、私を形だけの王子妃にしてソレダ様を愛妾にするとしても、彼女を王子妃にして私に補佐をさせるにしても、私は殿下の側にいなくてはいけないではないですか。


 側にいたら、絶対に殿下を視界に入れてしまいます。

 どんなに歪んだ、間違った愛だと言われても、私はほかに愛を知らないのです。

 砕けて欠片になっても殿下をお慕いするこの心は、あの方を見つめたいと叫んでしまうのです。王太子殿下の婚約者として醜い嫉妬は飲み込んできましたが、殿下を追う自分の瞳だけは抑えられませんでした。本当はあの方のことだけ考えて、私ひとりの存在になっていただきたいと願っていたのです。


 わかっています、わかっているのです。

 もの覚えの悪い私を教育するためにアルメンタ王国が費用を出してくださいました。

 その御恩は返さなくてはなりません。殿下にとっては必要ないとしても、国のためには働かなくてはなりません。そんなことはわかっているのです!


「イザベリータ!」


 だれかを見つめて不快にさせてしまってはいけません。

 学園の昼休み、俯いて中庭を横切ろうとしていた私に、晴れやかに響き渡る声が呼びかけました。

 ……殿下です。声だけでもわかります。幼いころから一緒だったのですもの。歪んでいても間違っていても、ずっとずっと私なりの愛を捧げてきた方なのですもの。


 心臓がざわめきます。

 孤独で冷え切っていた体が熱を帯びます。

 だけどどうしたら良いのでしょう。殿下は今、私の後ろにいらっしゃいます。鍛えた体で大地を踏みしめる、懐かしい足音が近づいてきます。振り向きたくてたまりません。


 でも駄目です。

 振り向いたら殿下を視界に入れてしまいます。

 一度視界に入れてしまったら、見つめずにはいられません。どんなに叱咤されても嫌われても、私は殿下から視線を外すことは出来ないでしょう。


 ここは聞こえなかった振りをして立ち去るべきでしょうか。

 王太子殿下にそんな不敬を働いても良いのでしょうか。

 学園は自由だから、庶民出身の特待生であるソレダ様が侯爵令嬢()と婚約している殿下と親しくしていても許されるほど自由なのだから、私が殿下の呼びかけを無視しても許されるかもしれません。


「聞こえなかったのか、イザベリータ!」


 殿下の大きな手が、立ち去ろうとしていた私の腕を掴みました。

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