東光学園の引退試合・一年目 海聖高校編 第五話
海聖高校の攻撃で九回のウラ、ランナー二塁のツーアウトであの男がバッターボックスに立つ。
鷹宮炬は東光学園との対決を楽しみにしていて、甲子園準優勝校でアイドルセルフチューバー野球部と共演出来たことに喜びを感じていた。
同時に海聖高校の野球部も、もう勝ち負けとかよりも炬たちと同じように楽しんでいこうという方針に切り替え、まるで野球バラエティのような空気になった。
一方斉藤は……
「こいつで抑えないと俺の面目が丸つぶれだな……。けど相手は素人で野球経験はそんなにないはずだ。きっちり抑えていくぞ!」
「おっ、斉藤先輩ついに闘志に火が付きましたね。こういう熱血ピッチャーは受けてて大好きなんですよ。田中先輩はめんどくさいと言うけど……wそれよりもこれ以上失点したらもうピッチャーは園田くらいしかまともに投げれる人がいないですよ。かつての守護神としての自覚があるなら三振だけにこだわらずこの人で終わらせましょう」
「全球ストレート……ついに俺の真骨頂を見せるときが来たぜ!うおぉーっ!」
「うっ……!」
「ストライク!」
「ヤバい……こいつの球、超速いじゃん……!これは面白くなってきたぞ……!来い!」
「今の全力ストレートで驚きはしたけど楽しんでいるか……。そう簡単には三振は取れないけど、打ち取る事は出来そうだ。ストレートを厳しく攻めましょう」
「よっしゃあ……いくぞおらあっ!」
「ふんっ!」
カキーン!
「ファール!」
「ふむ、もう少しスイングを早くするか……」
「まさかこの人……斉藤先輩とのタイミングを計ってるのか!?だとしたら今後はファールで粘って甘く入ったところを打つ可能性がある。素人に斉藤先輩が打てたのなら上級者である既存メンバーに希望を持たせてしまう。ボール球で少し様子を……え?」
「せっかくの久しぶりの試合だ、勝負させろ!」
「もう口にしなくても勝負したいって気持ちでいっぱいじゃん……。けどそれこそ斉藤先輩って感じですね。それなら俺も付き合いますよ!」
「そう来なくっちゃあ面白くねえ!いくぞぉーっ!」
カキーン!
「ファール!」
「また球威が上がった……?」
「ナイスボールです!まだ勝ってますよ!」
炬は斉藤の球速と独特のトルネード投法に合わせられるようになり、さっきのファールを含めて連続で5球も粘り打ちをした。
投げるところがなくなった斉藤は次第にスタミナが切れ始め、ついにコントロールが乱れる。
おまけに引退してから一度も投げてなかったので、ピッチングの勘も鈍ってきていつ打たれてもおかしくない状況だった。
そこで天童が練った作戦は……
「いっその事、アレをやりましょう。アレで一か八かの賭けに出ましょう」
「アレか……アレならタイミングを崩せるが、覚えたてで上手くコントロール出来ないがいいんだな?じゃあ遠慮なく……投げさせてもらうぜっ!」
「ストレート……うわっ!?何だこの遅くて揺れる球は……!?」
「引っかかった!これでタイミングを外して空振り……」
「天童!炬さんは何でも出来る天才だ!それくらいで空振りなんか……」
「えっ……?」
「ふんっ!」
「嘘だろおい!?」
「やっぱりこっちに打ってきたか!オーライ!」
炬の放った打球は偶然なのか夜月のいるレフト方向へ飛んでいき、もはやフェンス直撃コースまで飛んでいった。
しかし夜月はボールに夢中で追いかけ、そのままフェンスにぶつかりながら捕球した。
結果は果たして……?
「炬……やったか?」
「夜月!大丈夫か!?」
「へへ……やっぱりあの人、わざと俺の方に打ちやがったな……。けど……俺たちの勝ちだ!」
「アウト!ゲームセット!」
「うおー!夜月ナイスキャッチ!」
「晃一郎!よく捕ってくれたね!」
「ユーが外野にいればもう俺たちがいなくても安泰だな!」
「これで心置きなく僕たちも引退出来るね!」
「整列してください!東光学園と海聖高校の試合は……10対3で東光学園の勝利です!両校とも……お疲れ様でした!ゲームっ!」
「ありがとうございました!」 「あざっしたーっ!」
「やっぱり甲子園準優勝はレベルが高いな。俺でも簡単に打たれたよ」
「こちらこそ試合を申し込んでくれてありがとう。この頼もしい後輩たちを見て、僕たちも安心して引退できるよ。鷹宮くんだったね、どうして野球部に入らなかったんだい?君ならエースとしてやっていけそうなのに……」
「俺にはいろいろと部活に入れない事情があるんだ。それに……俺はただあいつと一度試合をして見たかっただけなのさ」
「あいつ……?誰の事なんだい?」
「夜月晃一郎。俺の妹とあいつの妹が仲良しでさ、そんで夜月がここの野球部に入ったという情報をセルフチューブで見て閃いたんだ。あいつら野球部の引退試合に東光学園とやれたんならいい経験になるんじゃないか、俺も俺で夜月と初対決できるんじゃないかってな」
「なるほど、僕の可愛い後輩を使ってうちと試合したかったんだね。夜月くんを呼んでこようか?」
「頼む」
元主将の渡辺は炬相手でも紳士的に接し、試合終了後のグラウンド整備では夜月だけ特別に相手チームのところに行くことになり、夜月は炬たちが呼んでいるのではないかと推測しながら向かった。
夜月が来たことに炬が気付くと、零二もそれに気づいて手を振った。
夜月が炬と零二と再会すると、少し嬉しそうに帽子を取って挨拶をする。
「お久しぶりです、炬さんに零二さん」
「久しぶりだな。妹さんは元気か?」
「俺の夏の試合を観てから小学校に入ったら野球をやるって張り切ってましたよ。そちらの妹さんはどうですか?」
「ああ、正直言って回復はしていない。でも……俺は回復してくれて、もう一度外で遊べる日を信じてる」
「そうですか……元気になるといいですね。妹の暁子とある約束をしているみたいですし」
「約束……?」
「速く元気になって退院して、来年には野球の試合を観に行って応援してほしいという約束みたいです」
「なるほどな、暁子ちゃんらしいな。しかし夜月……東光学園に入ってから成長したな」
「そんなでもないですよ。まだ精神的には甘いところが……」
「そうかな?僕的にも成長したようにも見えるけど?顔つきがたくましくなったし、初めて会った時は中学時代だっけ?あの時よりもキラキラしてると思うよ」
「最初に俺たちに会ったのは中学二年だったな。三年になってから急に連絡くれないから何があったのか心配したんだぞ」
「それは……」
「まあまあ炬、彼なりの事情があるんだよ。それよりも僕も夜月と試合が出来て楽しかったよ、本当にありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
「やっくーん!」
「げっ……ひな先輩に千裕先輩……!?」
「来たわよ。あなた、高校に入ってからますますいい身体になってきたわねえ」
「それね!ひなも触っていい?」
「もう好きにしてください……触られるのは慣れました」
「夜月くんって凄いんだね!あの名門校でレギュラーなんだもん!」
「雫先輩……俺は夏ではレギュラーではないですが、秋からはレギュラー目指しますよ」
「それにあのチアの動きもスゲーし、ブラスバンドもスゲーな!」
「常夏先輩は相変わらずテンション高いですね」
「お前まで常夏って言うのかよ!」
「ひな先輩や雫先輩にそう呼んでもいいって言われたので」
「うがーっ!」
「ねえねえ!今度俺ともキャッチボールしようよ!」
「颯先輩も何ならうちの高校に来ますか?いつでも一般客は受け入れてますし」
「やったー!」
「七海先輩や莉乃先輩、弥先輩も是非」
「お、おう……(なんかこいつ、私の気になるあいつに似ている……?兄貴にも似てなくはないが……)」
(あいつ弥の気を引いてやがるな……警戒しておくか)
(何か俺、一昴さんに嫌われてる……?)
「いいの~?遠慮なく来ちゃうよ?」
「楽しみだね」
「そう言えば湊先輩は?」
「湊はね、そこにいるよ」
「お久しぶりです」
「おう。夜月、野球は楽しいか?」
「楽しいかと言われると意識してないですけど、今の自分には野球しかないですからわからないです。でも野球は好きです」
「そうか。まあ頑張ってくれ」
「それだけとか相変わらずぶっきらぼうですね……」
「それが湊くんだよ?」
「それよりもひな、野球体験とかしてみたいな~!」
「いいねそれ!」
「ぜひやりたい!」
「じゃあ皆さんを案内しますよ」
「わーい!」
こうして海聖高校との引退試合は成功し、夜月は特別ゲストの炬たち一行を招待して野球体験会を開始する。
今日の試合に出なかったが、派手好きでプレー中に格好つける池上恋を中田がしごいたり、見た目が女の子にしか見えないが球威がある一年ピッチャーの磯崎紗由にキャッチャーの天童が驚いたり、まだ不器用だが長打を狙える鰐渕大流をロビンが夜月に教えたようにバッティング講座を開いたりした。
マネージャーの菊池沙織は海聖高校の精神状態を確認すると、東光学園との試合を通じて心から野球を楽しむことを思い出してもらえたようで嬉しさのあまりに微笑んだ。
するとその天使のような微笑みに……
「菊池沙織さんでしたね?もしお時間が空いていればこの僕とアフタヌーンティーでもいかがですか?」
「えっと……池上恋くんよね?そういうのは同じ年頃の子の方がいいんじゃあ……」
「大丈夫です、年上の女性も年が近ければ大好きですから……って痛いっ!」
「お前はマネージャーを当たり構わずナンパすなっ!すみません、こいつ派手好きな上にプレーボーイで格好つけなので……」
「う、うん。鰐渕くんもあまり乱暴はしないでね?」
「気を付けます。ほら行くぞ、監督が反省会開くから」
「ひえ~……」
「渡辺く~ん!私にもサインくださ~い!」
「ずるい!私も欲しいの~!」
「次は私よ~!」
「あはは……またサインをねだられちゃったね。もう引退したはずなのに」
「人気者は辛いな。けど嫌な顔せずにちゃんとサービスしててお前は偉いぞ。俺には出来ない」
「これもファンへのサービスだからね。ファンは宝物だって僕は思うからちゃんと大切にしないとね?」
「そうだな」
海聖高校の男子と朱蘭高校の女子が東光学園の野球部と交流を深め、野球体験会も無事に終了した。
海聖高校野球部は東光学園との貴重な体験を胸にしまい、来年の夏にまた勝負しようと誓い合った。
炬たちと夜月の再会も果たし、妹同士の約束を守るためにも炬は妹に元気になってもらうように神様にお祈りし、零二たちも一緒になって祈ってくれた。
炬一行に応援された夜月はまた自分に自信が持てるようになり、少しずつ強くなっていくのだった。
おしまい!