月光花の章・四十崎美桜の回・後編
京都の市街地に着くと、そこにはナイフを右手に持って暴れている男の姿があった。
その男はもはや切羽詰まった顔をしつつも、どこか余裕を持った表情だった。
その男は私たちに気付くと、今にも私たちを殺しに来そうな気で威嚇した。
「何だテメェら…。」
「あなた…どうしてここにいるのかしら?渦峰真邪…!」
「渦峰真邪さん…?」
「私の同級生の子にゲームで負け、その逆恨みで暴力を振るっては髪を強引に切ってトラウマを植え付けた男よ。彼は私たちの復讐で捕まったのにどうして…?」
「へっ…テメェにも復讐しようと思っていたから丁度いいな。何故俺様がここにいるかだって?いいぜ、教えてやるよ。俺は確かに復讐されて女神さまに失恋し、意識を失って警察に捕まったよ。少年院で散々な目に遭っていつか脱獄してやると思っていたら、何者かが俺様の脱獄を手伝ってくれたみたいでよ。気が付けばこの京都にいたんだよ。そして俺様は悪魔の力を手に入れ、警察ももはや止められないほどに強くなった。四十崎流だか何だか知らねぇが、テメェだけはぶっ殺さねぇと気が済まねぇ!ここでくたばれぇっ!」
「はぁ…あなたの喧嘩は力任せで何も…」
「おらぁっ!」
「きゃっ!」
「紅葉さん!」
「いきなり何をするのですか!私はあなたとは無関係なはずですよ!」
「何を言うんだ?テメェはそいつとグルだから同罪なんだよ!しかしテメェ…いい身体してんなぁ…抱き心地よさそうだぜ…。」
「くっ…彼はそんな人間なのですか…?」
「彼は自分さえよければそれでいい、誰かが犠牲になってでも自分が一番にならない時が済まない奴なの。」
「さっきから二人でコソコソ話してんじゃねぇよ…これでもくらえ!」
「うっ…!」
「紅葉さん!」
「おいいいのか?お前が動けばこいつの身体は俺のモンだぞ!警察も街のテメェラも動くんじゃねぇ!」
「ふぅ…そんなに騒いで大丈夫?このままだとあなたの命の方が危ないわよ?」
「ハッタリか?それともまだ奥の手があんのか?」
「いいえ…むしろあなたが心配なのよ。」
「何を言う…」
「ふんっ!」
「うおっ!?」
「西日本で長い歴史と伝統を持つ紅葉流の本家に喧嘩を売ろうだなんて命知らずなのね。それとも西日本の事情を知らなかったかしら?」
「クソッ…かくなる上は…悪しき地獄の罪魔の力よ…この俺様に最後の力を与えろ!ぐおおおおおおおおおおっ!」
「罪魔の力…!?まさか彼は…!皆さん!早く避難してください!四十崎さん!いくらあなたでも罪魔の力には敵いません!ここは私にお任せください!」
「え、ええ…。」
「闇に潜む黒き影よ…我に力を与えよ!妖魔変化!秋道に舞い誇ることモミジのごとし!紅葉もみじ!あなたの罪魔の力…ここで浄化します!」
「えっ…?紅葉さん…!?」
「四十崎さん、あなたはここで待っていてください。必ず私が彼の暴走を止めてみせます。ここで成敗致す!お覚悟!」
「ジャマ…スルナ…!」
「くっ…!何という他人への憎悪…!」
「紅葉さん…。」
「もみじちゃん!遅れてごめんね!」
「まさかザイマ一族の手先が来てたなんて!」
「あなたたちはさっきの…。」
「すまないね。私たちも今ザイマ一族の気配を感じたんだ。」
「後輩が世話になったな、四十崎流の師範よ。後は私たちに任せるといい。」
「さぁみんな!いくわよ!」
「ええ!もみじさんのサポートをするでございます!」
「闇に潜む黒き影よ…我に力を与えよ!妖魔変化!」
紅葉さんだけでなく、月光花と呼ばれるみんなは懐から篠笛を取り出し、変身するために怪しく演奏した。
すると黒い衣装ながら和装の戦闘衣装になり、日本の伝統武具も召喚された。
京都で噂には聞いていたけれど、最近は魔物が現れるようになり、7人の謎の黒き和装少女がその魔物と戦い京都の平和を守っていたというのは本当だった。
変身を終えるとそれぞれヒーローのように名乗り始めた。
「春風に咲き誇ることナデシコのごとく!春日はな!」
「真夏に咲き誇ることヒマワリのごとく!日向ひまわり!」
「時雨に咲き誇ることフジのごとく!藤野すみれ!」
「雪原に咲き誇ることツバキのごとく!冬野つばき!」
「常盤に舞い誇ることワカバのごとし!常盤わかば!」
「河川に咲き誇ることルリソウのごとく!紺野るり!」
「日ノ本の平和を守る黒き使者!月光花!いざ参る!」
「あなたたち…アイドルなのにヒーローやって…!」
「すまないが話は後だ!君はここで安全を確保するといい!」
「あいつの戦術は多分だけど力任せに暴れるだけだよ!でも油断しないで!あいつは喧嘩の腕っぷしは強いから当たったら女である私たちじゃあ耐えられるかわからないから!」
「ひまわりの作戦考察はいつも当たるからね。油断せずに攻めていこう。」
「援護は私たち任せて!」
「もみじ!今助けるわ!放て!」
「グゥ…!」
「皆さん…!」
「遅くなって申し訳ございません!ここからは私たちもご一緒でございます!」
「オノレ…ナカマガマダイタカ!」
「私たち月光花は…京都のローカルアイドルであり、妖魔使いとして京都を守る!」
「フザケルナ!オレハアクマノチカラヲテニイレタ!オンナゴトキニモウマケタクネェ!」
「ひまわりちゃん!彼の心を読んで!」
「了解!……」
「俺が一番じゃないと気が済まねぇ…。女に負けるとか男としてみっともねぇ…。俺が王者じゃないと意味なんて…。」
「自己肯定感がない王者に飢えた人って感じだね…。彼の心はよくわかった。」
「ならどうするの?」
「浄化してキッチリ反省してもらうしかないね!」
「了解しました!」
「クソガ…コウナレバ…!ヌウンッ!」
「うわっ!」
「ココデヤラレルワケニハイカネェ!」
「えーんママー!」
「ホウ…チョウドイイ!オイソコノガキ!」
「えっ…うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「何をするんだい!?」
「ウゴクナ!コノガキがドウナッテモイイノカ!」
「おのれ…卑怯な真似を…!」
「これじゃあ攻撃できない…!」
「ああ…また私は…。」
私は幼い頃を思い出し、調子に乗ってあの男にやられ、命を失いかけた上に道場のみんなが危ない思いをしたことを思い出してしまった。
人質を取られても取り返す自信はあるけれど、小さい子どもが人質となると無力だった自分を思い出して身体が震えてしまう。
いくら戦闘に自信のある私でもトラウマがあれば動くのも躊躇うし、人質を失うと将来心の傷も深くなる。
このまま私はまた何も出来ず、彼女たちを苦しめてしまうの…?
そんな時だった。
父が教えてくれた四十崎流武術の心得を思い出した。
「人の命がかかっている時こそ、人間はとてつもないパワーを生み出す。消防士や自衛隊のように、捨て身で困難に挑むからこそパワーが発揮されるのだ。どうしても勝てぬ敵には捨て身で挑むのだ。」
「そうか…私は子どもを人質に取られて動けなかったのは…過去の無力だった自分と向き合うのが怖かったからね…。真の敵は自分自身の弱い心…。それをも受け入れ、捨て身で行けば…!やぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「グオォッ!?」
「あ…あう…!」
「君!今すぐに逃げなさい!お母さんも探していると思うわ!早く!」
「うん…ありがとう…お姉ちゃん!」
「テメェテメェテメェェェェェェェェ!」
「もう私は迷わない!自分が不利になったからと迷ってないつもりだったけど…まだ過去の恐怖が残っていたみたいね。でももう大丈夫…恐怖を受け入れて助けるのに理由なんてないとわかった。自衛隊も消防士も人を助けるために躊躇わずに困難に立ち向かったものね…。だからもう…人を助けるのに迷ったり躊躇ったりしない!」
その時だった。
突然鈴の音が聞こえ、私の身体を黒い霧と桜色の花びらと苗色の葉が舞っていた。
私にも月光花と同じ篠笛が懐から現れ、私にも変身のチャンスを与えられた。
「四十崎さん…今です!妖魔変化を!」
「え、ええ!闇に潜む黒き影よ…我に力を与えよ!妖魔変化!鋭く咲き誇ることメギのごとく!四十崎美桜!」
私は篠笛の演奏と共に、桜色とあずき色の袴制服から臙脂色の柔道や空手の道着に動きやすい軽衫袴と、武術の黒帯と黒い襷掛け、さらに黒い足袋に比較的動きやすいデザインの下駄が装備された。
私にも妖魔の力が宿っていて、今まで以上に大きな力を感じた。
渦峰真邪は激昂して私に襲いかかった。
「マダイタノカ!モウイイ!ゼンインシネ!」
「新・四十崎流…桜華旋風陣!」
「ゴフッ…!」
「あれはカポエイラの蹴り技を…!」
「キサマ…!」
「私にも武器…?鎖鎌とは随分渋いのね。ならば!新・四十崎流…春風!」
「グヌゥ!」
「鎖で縛った!これでチャンスだよ!」
「ハナセ!ハナシヤガレ!」
「みんなに与えられたこの力…受けてみなさい!とどめの新・四十崎流…流星斬!」
「グアァァァァァァァァァッ!」
「ふん。所詮は実験台であったか…。」
「いいわ、次はそうはいかないわ。」
私のとどめの鎌が彼の胸元を切り、ついに魂は浄化されて元に戻っていった。
彼はまだ暴れ足りないのか今にも手を出しそうで、年のために鎖で縛ろうとする。
ところが私は急に力が抜けて変身が解かれ、武器や衣装がなくなり、さっきまで懐にあった篠笛は消えていった。
すると紅葉さんと冬野さん、そして藤野さんが3人がかりで押さえこみ、日向さんと春日さんがカウンセリングを行う。
「どうしてそんな事するの?」
「俺は…小さい頃はいじめを受けていてな…。見返すために喧嘩を極め、気が付けば俺をいじめてた奴らよりも体が大きくなり、喧嘩も強くなった…。それからかな…喧嘩に明け暮れたのは…。そして喧嘩ばかりしていると次第に復讐されるのが怖くなって…一番強いやつを倒してからは無敗になり、破られたくないからずっと弱そうな奴らばかり狙い、無敗を誇った…。喧嘩で溜まったストレスをゲームで発散して、それも気が付けば勝てそうな奴らばかりターゲットにした…。負けてイライラしたくなかったからな…。そして佐倉に出会い、俺は無敗伝説がなくなった…。悔しかったし実力不足だってのも知ってたさ…。でも無敗のプライドと今までの自分を貶されたように思って…あいつにあんな酷い事を…!」
「小さい頃のいじめのせいで自己肯定感がなくなり、それが強くなった事で驕ってしまった。人というのは罪深きものだと彼らは言っていましたね。」
「私にも似たような事があったわね。強すぎたあまりに誰にも負けないと思い込んで、はじめて自分より強い者に負けると心が苦しくなる。あの時助からなければ…私は今頃どうなったのかしらね。」
「お前でも…負ける事があるんだな…。」
「四十崎さんでもなんですね…。」
「ええ。だからこそ悔しさをバネに修行をサボって抜け出すのをやめたの。そしてあの男を見つけ、今度こそ…。」
「…?」
「こっちの話よ。それよりも更生するのなら私も手伝うわ。」
「感謝する…。あとさ…佐倉には今まですまなかったと伝えてくれ。俺はもう一度少年院に戻ってやり直し、今度こそ強くなってみせるよ。」
こうして京都での事件に巻き込まれた私は、一時的とはいえ月光花と同じ力を得た。
あれから篠笛を探したけれどどこにも見つからず、きっと女神さまが私に限定的とはいえ力を貸したのかもしれない。
そして私は京都を出る準備をし、平安館女学校のみんなに見送られる。
「本当に戻られるのですね。もう少し遊んでいてもいいんですよ。」
「プロアイドルと濃厚接触したらスキャンダルにやられるわ。それに…三冬から聞いていたけれど、あなたたちはローカルアイドルからプロデビューし、世界的に有名になったのね。」
「はい、そうなんです。実は私には個人的なライバルがいるんです。紫吹ゆかりと申します。」
「あの東の長い歴史と伝統を誇る紫吹流忍術の子ね。あの子もアイドルになったとは聞いたけど、まさか同じ舞台で争うなんてね。あなたたちの活躍を応援しているわ。」
「ありがとうございます。どうかお元気で。そして四十崎さん…次こそは体術で負けません!」
「今度はあなたが最も得意とする剣術、それも二刀流で挑んでもいいかしら?」
「約束ですよ?ではごきげんよう。」
「ええ、また会いましょう。」
京都で貴重な体験をした私は、Fクラスのみんなに妖魔使いについて知らせた。
すると佐倉さんと雨崎さんは知っていたみたいで、妖魔使いという妖怪の力を得ている魔法少女ヒーローと、人間の悪しき欲望と心を利用して人間を滅ぼし地球を極楽浄土にしようとしているザイマ一族が京都で戦っているそう。
京都にあの男の事は情報がなく、妖怪たちも多くが人間の姿をしていたから見つかるはずがなかったけれど、渦峰はちゃんと反省したらしく、佐倉さんも面会くらいは会ってもいいかなと言うほどになった。
以上が私の京都での体験日記でした。
おしまい
コラボ相手さま @mikage255さま
特別ゲストキャラ 四十崎美桜






