月光花の章・四十崎美桜の回・前編
私は四十崎美桜。
夢園学院の地理学科2年で生徒会長をやっているの。
私はある目的で京都に向かっている。
そう…私の実家は四十崎流武術の家元で、門下生も何人かいる。
私はその四十崎流武術を西日本へ広めるために、まず最初に武道と日本伝統文化、さらに学力でも優秀な西日本の名門「平安館大学」の付属校である「平安館女学校」に赴く。
その学校で武道(体育)の授業の特別講師としてオファーが来た。
その依頼主は…
「ここが京都ね。街並みも懐かしいわね。」
京都は四十崎流武術の免許皆伝記念以来で、木造建築と和菓子の懐かしい匂いを感じる。
平安館女学校の制服は着物に行灯袴で、中等部では桜色の着物に小豆色の袴と春の京都らしさをイメージするデザインになっている。
その制服を頼りに平安館大学の敷地に着き、女学校の校舎に私は向かった。
女学校中等部校長に挨拶を済ませ、早速依頼主であるあの子に会いに行く。
「四十崎さん。お久しぶりです。」
「あなたが依頼主ね。随分大きくなったわね、紅葉もみじさん。」
「前に体術で試合をし、私が完封負けを喫しましたね。今思えば懐かしいです。あれからもっと鍛練を積んで強くなったんですよ?」
「あの頃は小学生だったかしら。小さかった紅葉さんも大きくなって…。今日は武道の授業の特別講師だったわね。どうすればいいのかしら?」
「はい。まずは動的ストレッチ、いわば準備運動をしてから受け身や投げ技の稽古、その次にスパーリングをして実戦という計画です。」
「なるほどね。それに加えて四十崎流の心得も復唱なんてどうかしら?」
「力は決して他人を傷つけるものではない。己を鍛え、弱き者を守るためにあり。でしたね。」
「ええ、そうよ。今日の担当の学年はどれかしら?」
「はい。四十崎さんの担当学年は…中等部3年で、時間は4時限目です。授業時間以降ははな先輩やひまわり先輩、そしてすみれ先輩が案内いたします。」
「ええ、わかったわ。せっかくだから学園を案内してもらえるかしら?この学校の雰囲気にも慣れてみたいの。」
「わかりました。校長先生、私が案内しますので授業はいかがいたしましょう?」
「そうね…紅葉さんは成績が優秀ですし、問題ありませんよ。ただし粗相のないようにね。」
「ありがとうございます。では四十崎さん、こちらへどうぞ。」
紅葉さんの案内で平安館女学校の中等部と高等部を拝見し、外には大きな日本庭園があった。
和室が多くあり、体育館ではなく武道館があり、音楽室には和太鼓や多くの和楽器があった。
これ以上行くと男子部である平安館学院に行ってしまうので生徒は立ち入り禁止になっているなど、徹底した男女別学となっていた。
学園はとても広く、ゆとりのある空間で日本の四季を感じる自然豊かな学園で、意外な事にピアスやパーマも許されるなど多様性も両立していた。
それにしても…紅葉さんって、こんなに大きな力を持っていたかしら…?
気が付くと授業の時間になり、紅葉さんの案内で武道館に着き、紅葉さんと別れて更衣室で道着に着替えた。
授業開始時間になると、大勢の女子生徒が学校指定の道着に着替えていて、まるでシンクロしているかのように神棚に一礼をしていた。
私はマイクを持って生徒のみんなに自己紹介をする。
「私は四十崎美桜。夢園学院2年で生徒会長をしています。そして皆さんもご存知の通り、四十崎流武術の道場の子です。今日は皆さんにその四十崎流武術を体験し、自分自身の心技体を鍛え、力とは何なのかを教え込もうと思います。本日はよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします!」
一礼を済ませて準備運動を行い、ケガをしないように全員を見守る。
受け身練習に入ると、一人とても美しい受け身をしている子を見つけた。
名簿によると藤野すみれという子で、紅葉さんと同じ大きな力を感じた。
次に投げ技とスパーリング、最後に組手をするのだけど、とても戦略的かつ心理戦を制していた子がいた。
名簿によると日向ひまわりという子で、彼女もまた何か大きな力を感じた。
それに技術こそあまりないけれど、相手をきちんと見て状況を確認し、ものすごい集中力で弱点を突く子もいた。
あの子があの人妖神社の子で、巫女をやっている春日はなって子ね。
人間と妖怪を繋ぐあの人妖神社の子で巫女をしているからか、また大きな力を感じた。
それに人妖神社といえば…最近何者かが火をつけて大炎上したと聞いたけれど、あれから復興はしたのかしら…。
~京都駅周辺~
「クソッ!脱獄したのはいいけどよ…腹が減っちまったら何も出来ねぇ…。何か飯を盗んで腹ごしらえすっか…。」
「へぇ、あの人間をスカウトするというの?オロチマル兄さん。」
「ああ、あの人間には今までにない罪魔の力を感じる。もしうまく使いこなせれば、新たなザイマ一族の幹部にもなりうる。我々だって不死身ではないのだ。あらゆる予備戦力があっても問題なかろう。」
「ふーん…。確かにあの人間、自分さえよければ他人を傷つけてもいいって心ね。最も人間らしい野蛮で穢れた心をお持ちで。」
「早速だが彼に声をかけてみようと思う。サトリーヌ、彼の開心術を任せたぞ。」
「ええ、わかったわ。」
「泥棒ー!少年がコンビニのパンを万引きしたぞ!」
「へへっ!これさえ食えればこっちのモンだ!さっさと逃げて腹を満たすぞ!」
「そこの少年。こちらへ来るといい。」
「おっ、サンキュー!」
「待てー!見失ったか…。早く警察に電話しないと…。」
「はぁ…はぁ…あんたのおかげで助かったぜ。」
「別に大したことはしていない。我はオロチマル。京都で活動しているザイマ一族の者だ。」
「ザイマ…?何わけのわかんねぇ事言ってんだよ…。まさかテメェもそういう奴か…?」
「まぁそんなところだ。そして妹のサトリーヌだ。」
「よろしくね、坊や。」
「ちっ…何か胡散臭ぇ奴らだな…。まぁいい、さっさとパンを食って腹を満たすか。」
「渦峰真邪、高校2年生。ある事件をきっかけに関東の超底辺高校を退学になったのね。」
「な、何で知ってるんだよ…!?」
「あなたの目を見ればお見通しなの。私は人間の醜い心を全部読み取り、そして見えるのよ。私たちザイマ一族は人間が大嫌いなの。あなたみたいに自分勝手で自己中心的、そして自分のためなら平気で他人を犠牲にする。悪い事をしても反省せずに欲望のまま生きる下等生物…それが人間よ。」
「現に人間共は暴力や暴言、自然破壊に殺生、さらに淫行に嘘、戦争だってしているではないか。貴様もその一人だが、人間の中でもその穢れが大きい。」
「さっきから黙って聞いてれば…俺の悪口を言ってんのか?助けてもらったのは感謝するがよ!俺を貶されて黙ってられねぇ!今すぐに…」
「まぁ待つのだ。そこで我々ザイマ一族と手を組んで、貴様の好きなように生き、気に入らぬモノをとことん破壊し、憎い人間に復讐を果たすのだ。そうだ…貴様にもあるだろう。」
「憎いあいつに…復讐…!面白ぇ…助けてもらったお礼だ。テメェらと手を組むぜ。」
「ならこれを飲むといい。人間をやめ悪魔として転生し、罪魔の力をコントロールできる圧倒的な力を手にすることも出来るぞ。」
「よっしゃ…いくぜ!うっ…!」
「実験は成功したようだな。サトリーヌ、念のために我々で監視するぞ。」
「ええ、オロチマル兄さん。」
~平安館女学校~
「今日の授業はここまで!礼!」
「ありがとうございました!」
授業を終えて昼休みに入り、もう一度紅葉さんと合流する。
応接間で昼食を済ませ、平安館大学の古い歴史や京都の神話、人妖神社が炎上してから京都が物騒になった事、そして月光花というアイドルグループが活躍していることを話した。
月光花…三冬が言っていたけれど、かつて月ノ姫を世界的和のアイドルグループにした花柳小次郎率いる京都で活躍する和のローカルアイドルね。
さっきの藤野さんと春日さん、日向さんもそのメンバーの一人で、他にも高等部で日本舞踊の家元の子の紺野るりさん、優秀な学業を誇り日本文学と盆栽を嗜む常盤わかばさん、そして全国中学なぎなた大会で準優勝を果たした冬野つばきさんもいる。
日向さんは祖父が囲碁と将棋のプロで、藤野さんは時代劇俳優の子で杖道をやっている。
みんな武道のスジがいいのは学園の理念と、家族絡みの育ちかもしれないわね。
昼休みを終えると、何やら外がやたら騒がしかった。
「えー…生徒の皆さんに連絡します。ただいま京都市街地にて、一人の少年がナイフを持って暴れています。生徒の皆さんは安全のために学園にいてください。」
「市街地でナイフを持った少年…?」
「四十崎さん…私も一緒にその現場に参ります!」
「紅葉さんがいるなら心強いわ。行きましょう。」
市街地で暴れている少年がいると聞き、教員から四十崎武術の使い手である私に討伐を頼まれた。
同時に紅葉流忍術の使い手である紅葉さんも一緒で、二人でかかれば怖いものなってなかった。
しかしその考えが甘かったなんて、私たちは知る由もなかった…。
つづく!