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遺言  作者: 縷々
7/8

幸せの終わり

転勤で私の地元に来ていた彼は一年後にはまた地元に帰るようだった。

彼の地元は遠く簡単に行けるような距離ではなかった。

それを予め聞いていた私は彼がいなくなった時の為にとまた別の男を探していた。

彼も私がそういう人だと分かっているのか嫉妬らしき言動をするもののものすごく怒るようなことはなかった。当然だ。別に付き合っているわけではなかったから。

そして月日は流れ、ただのネットで知り合った彼は私の中で一番の人になっていた。

それはただの友人という意味だ。今までずっと疑心暗鬼になって友人何ていらない、私以外関係ない。興味ないと思っていたのにその鎧はあっさりとはがされた。

毎週会っては色々なところに出かけ食事をし彼の家で体を重ねた。

私はどんどん怖くなった。彼がここからいなくなることが確定しているのに好きになりそうで怖かった。

そしていつの間にか他の男を探さなくなっていた。だから男遊びを再開させた。前会った人に会おうと言われ彼に嘘をついてその男と遊びに行った。けど何も面白くなかった。私の好きな動物園に行ったのに動物を見ても何も楽しくなくて、可愛いと思ってもテンションが全然上がらなくて心が躍らない。頭の中には彼の事ばかりでこんな事なら彼の家に行けばよかったとも思った。

次に知らない男に抱かれる事になった。これが私の心を突き付けてきた出来事だった。

今までなんとも思わなかった行為なのに、あの人以外に触られることにとてつもない吐き気を覚えた。

とにかく気持ち悪くて嫌で嫌で涙が止まらなかった。

好きでもない男とも何も思わずにヤれる。

私はそういう人間なのだと思っていたのに違った。私は初めて行為中に涙を流し、そして拒否した。

その相手は男は優しい人で、ごめんと謝りながらやめてくれた。謝るべきは私の方だというのに。

そして一人シャワーを浴びながら声を殺して泣いた。さっきの出来事を消し去るように思い切り体を洗った。皮膚が赤くなっていた。

それから家に帰るには早すぎる時間で、ただ彼に会いたくて電話をした。けど今は県外のようで会えなかった。彼は私から食事に誘ったのが珍しかったようでものすごく心配していた。けど流石に知らない男に抱かれようとしていたなんて言えなくて何でもないよと嘘をついた。それから仕方ないと一人コンビニでご飯を食べて家に帰った。

その日の夜、布団の中で今日の出来事を思い出してやっぱりそれは恋愛感情なのだと理解してしまった。

それに名前を付けてしまえばどんどん溢れてきてしまう。私はもっと怖くなった。この時が終わる事が分かっているから辛かった。

だからこの幸せの絶頂の中で命を絶ちたいと思った。

けれどこの幸せを最後まで噛みしめていたいとも思った。

私は欲張りで嘘つきで本当に嫌な奴だといつも思う。

そんな自己嫌悪も家族間でのトラブルもストレスも彼は何でも聞いてくれた。

そして私は初めて誰かに「死にたいと思っている」という事を打ち明けた。

まさか私が誰かにこんなに弱みを見せるとは思わなかった。なのに彼の前では自然体になってしまう。

そしてそれを彼は嫌がりもせずに真剣に聞いてくれる。うざいだろうに、どうでもいい、関係ないだろうに。

それで私の心はとても救われた。そしてどんどんネガティブ思考だった脳内がポジティブ思考へと変化していったのだ。

半年も過ぎれば私は自分に自信がついていた。多少ではあるが。

今までどんな誉め言葉も否定してきた私が素直にありがとうと受け止めることが出来たのだ。

たまにはやはり落ち込み沈み込むときがあったがそれでも随分と減り健康体でいることが出来た。

勿論この間に就職もしていた。とは言ってもパートタイム労働者としてではあるが職を手にするだけまだマシだと言い聞かせた。

そんなやっとの思いで手にした職だが、客からのセクハラと店長と先輩からの陰口、贔屓によって退社するのはそう遠くない未来なのだが。

それは置いておいて、元気になり死にたいという思考も消滅していた私だが彼と出会って一年運命の日は来てしまった。

わかってはいた。覚悟していたつもりだった。けれどやはり受け止められなくて私は親を説得した。

「彼に付いていきたい。じゃないと死ぬ!」

最初は何も聞き入れてくれなかったけれど二か月程経ってようやく話を聞いてくれた。

彼も説得を手伝ってくれてなんとか許可が下りた。本当ならこんなこと考えられなかった。

私は結婚するまで家から出ることは不可能だと思っていた。

親に何かを言うのも嫌だしそれで空気が悪くなって居心地が悪くなるのはもっと嫌だった。

そんな私が彼の力もあって親に意見し、家を出る許可を貰ったのだ。

私は荷造りをして彼と彼の地元へと旅立った。

そんな大変な思いをしてまで手に入れた自由な時間も幸せな日々も三か月程で終わりを告げた。

あっという間だった。彼に「二人で暮らすのは精神的にきつい」と言われたのだ。

私は泣いた。けどこの未来も見えていた。二か月経ったくらいの時から薄々と感じていた。彼のストレスはひしひしと伝わっていた。いつか来る終わりに怯えて暮らしていた。

正直私もそれは精神的にきつかった。だから終わってよかったのかもしれない。今はそう思う。

けれどその時は本当に苦しかった。その話し合いをした一週間後実家に帰る予定だったのだがその一週間、家事は全く手に付かず、彼が仕事に行ってから帰ってくるまでの時間ずっと泣いた。

泣きすぎて目は晴れ上がり喉は枯れ、鼻のかみすぎで鼻血が止まらなかった。

そうして一週間後家を出た。最後の二日間、彼は私のいる時間には家に帰ってこなかった。

顔も見せないまま、お別れも言えないまま、不完全燃焼で終わった。

「恋愛とか好きとかわからない」

彼はそう言っていたけど、私は彼が好きだと言ったのを覚えている。

彼はもう忘れているかもしれないけど。

やっぱり人間は嘘つきだ。私もあの親友も最愛の人も。

人の心は時と共に移ろう。私はいつも損をする。

私の心は何で移ろわないのだろう。

私は家に帰るまでの5時間泣き続けた。

やっぱり言葉は信用できない。やっぱり心はわからない。

やっぱり人間は信じてはいけない。どんな人でも、私自身も。

そう思った。


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