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遺言  作者: 縷々
6/8

反抗期

初めてというのは痛いと聞いていた。

高校のクラスメイトが大声で話していたのが聞こえたのだ。

でも実際は痛くも無ければ気持ちよくもなかった。ただあっけなく終わった。

そして相手の男性は何故こんな事をしているのかよくわからないくらい普通の人だった。

初めてと知って私の体を気遣ってくれていた。普通に優しい人だった。

それがとても変な感覚だった。聞いていた話と全然違う。そういう世界は危ないものだと思っていたのに。そう考える一方で悪くないとも思った。行為中は忘れられるのだ。別に頭が真っ白になるほどの快感なんてそこには存在していなかったけれど、ただぼーっとしていられた。それがとても楽だった。

家に居れば母からの遠回りなため息や態度による攻撃を受ける。姉と嫌でも比べてしまう。そんな日々だった。一人でいても嫌なことばかり考えてしまって憂鬱だった。だた死にたい、消えたい。生まれたくなかった。そんな事ばかりが頭を駆け回り衝動的に飛び降りたくなる。けれど家は二階建て。そんな高さから落ちたところで死にはしないし無駄に病院代がかかってまた私は迷惑をかけるだけのお荷物になってしまう。そう言い聞かせる事でその衝動は堪える事が出来た。

仕事を辞めてから四か月程で私は両手で数えるくらいの男に抱かれた。でもそこにやはり快感は無く、もう飽きていた。そんな中である人と出会ってしまった。

出会い方は公に出来るほど素晴らしいものではなかった。けど私が初めて私以外がいる空間でストレスを感じなかった人だった。食事に誘われ私は生まれて初めて家族以外の人と夜ご飯を外食した。外は暗くて眼鏡もないから相手の顔ははっきりとは見えなかった。でも笑った顔がとても素敵だと思った。今までの人たちは皆一夜限りの関係だった。だからこの人とももう二度と会うことはないのだろう。そう思うと自然と口が開いた。普段は赤の他人と全くしゃべれない人見知りだがあの日は違った。お酒を飲んだわけでもないのに気分がよかった。

そしてあっという間に時間は過ぎて私の携帯は親からの連絡で鳴り止まなかった。

この時が終わってほしくなくて私は初めて反抗した。そしてその初対面の男の家に泊まりに行ったのだ。

鳴り止まない携帯は夜中にやっと静まった。正直吐きそうなほど怖かった。

でもその人は笑って私に言ったのだ。「親が過保護すぎるだけだって。君の人生なんだからすきかってすればいいじゃん」と。今までもそんなような事を言われたことはあった。

けれど胸に届かなかった。なのに彼の言葉は何の抵抗もなく心を突き刺した。

そして爽やかで何の興味のなさそうな感じを出していたのにその人は私の事を抱いた。

私は今までの事を食事中に話していた。仕事で鬱状態になって反動でたくさん遊んだのだと言ったのに彼は引くどころか笑い飛ばしたのだ。だからと言ってまさか抱かれるとは思っていなかった。

そしてそのまま、生まれたままの姿で手を握ったまま眠りについた。

次の日の朝、真夏だというのにクーラーと扇風機のおかげで寒くて目が覚めた。全く見たことのない場所で、家族のいない場所で朝を迎えるのは修学旅行以外では初だなと暢気に考えた。

そしてただ、「あーあ、やっちゃったわ」それだけだった。

携帯を見れば祖母から「いつ帰ってくるのですか?」と連絡が入っていた。流石にこれには堪えたものだ。祖母まで巻き込むつもりはなかった。「夕方には帰ります」それだけ送って携帯は置いた。

隣の彼は一向に起きそうになかった。時間は朝六時。当然かもしれない。もうひと眠りしようかと思ったが体が震えるほどの寒さでさすがに眠れそうになかった。

他人の家をちょこまかと歩き回るわけにもいかず、ただ布団に横になって時間が過ぎるのを待った。

九時ごろに彼はやっと目を覚ました。それから私は夕方まで彼の家でゲームをしたり話をしたりした。

家に帰るのはとてつもなく億劫だった。一度門限を過ぎて帰った時に父が玄関で仁王立ちをしていた時がった。それ以上のが来るだろうなと思いながら重い足を引きずるように家へと向かった。

玄関を開ける。父の靴がない。よかったと安心したと同時に、母と父とで二回怒られる羽目になるのではないかと不安になった。リビングのドアを開ける。「ただいま……」私の声が響いただけだった。

母も姉もリビングにいた。確かにいる。私も同じ空間に立っている。

それなのに目線一つ送りはしなかった。そういう仕打ちかとすぐに理解した。

音を立てても座っても何一つ反応しない。まるで私が存在していないかのようだった。

そんな気まずい空気を破ったのは母だった。「なんで私の言うことが利けないの!?心配するだろ!」と。何も言えなかった。けどあの時帰っていたら絶対に泊まりに何ていけないとわかっていた。今までお泊りなんて一度もさせてもらったことはなかった。あの時だって別日すればいいと言われたけど旨く言いくるめられて二度目は来ないのだろうと思っていた。だから私は謝りながらも間違っていないと自分に言い聞かせた。それから母と姉はいつも通りの対応へと戻った。姉は後に「お前が勝手な行動とるとこっちにぶつけられるからやめろ」と怒られたがそれは今まで私が散々食らってきたことだから知らないと言い返した。

話は逸れたがそうこうしている内に父が帰ってきた。いわばラスボスだ。一番の憂鬱だった。

けど私の覚悟は杞憂に終わった。「どうせ母にこっぴどく怒られただろうから俺は何も言わない。

けど次に勝手なことしたら携帯を解約するからな」それだけで終わった。全身の力がどっと抜けた。

昔ならもっと酷く怒られていただろう。随分と丸くなったと思った。

そんな状況を作り出した一夜限りで終わると思っていた彼とは一夜では終わらなかった。

そしてまた私をとんでもない道へと引っ張っていくのだった。

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