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遺言  作者: 縷々
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私の家族

中学では一生消えないであろう傷を負う羽目になったわけだが、それと同じくらい私の家族の影響もすごかった。家族の話も今の私が出来上がる上で切り離せない存在だ。

なんといってもとんでもない心配性なのだ。外出する時はどこで誰と遊ぶのか、何時に帰るのかを事細かく言わなければいけなかった。高校生の時点で門限は六時。周りがまだ盛り上がっている中一人帰るのはなかなかの苦痛だった。そして姉と私の出来を比較することが多かった。姉は私と違い普通だった。もちろんいい意味でだ。テスト週間になれば勉強するし授業も真面目に受けているらしい。もちろん頭はよかったし運動も平均並みにはできる。それに比べ私は勉強という行為が苦痛でイライラしている日は泣きながら宿題をする日もあった。テスト週間でももちろんやる気は出ず、ゲームばかりしていた。もちろん成績は悪く、授業も絵を描いたり寝たりするばかりで最低限の板書と提出物だけしかしなかった。幼い頃の私は褒められたくてなんでもした。けれど祖母の誕生日に母がいらないと言っていたカーテンに付属されていた造花のブーケを渡したら祖母は喜んでくれたが母にこっぴどく怒られた。リボン部分にボールペンで「たんじょうびおめでとう」と書いたのだが、「消えないじゃないか!何でこんなことを勝手にするのだ」と祖母にも祖父にも聞こえる声で怒鳴られた。これ以外にも良かれと思いしたことが裏目に出たことは何度もあった。そんなことが続き褒められたいという感情から行動することはやめた。

母はそういう人だった。誕生日プレゼントに何が欲しいか聞くと欲しいものはないというのにいざ用意しなかったら怒るし買ったら買ったでいらないと怒る。面倒くさい人だ。

父は昭和の親父、という感じの人だった。亭主関白という言葉がよく似合う。これは悪い意味でだが。

本当に何もしないのだ。自分の事すら全くしない。そして仕事をよくさぼる。

その姿を見続けて私はこうはなりたくないと思ったものだ。

父と姉は特にデリカシーがなく品もない。私はよく容姿の事を馬鹿にされた。大人になった今でもされる。それはとても不愉快だった。そして一番刺さるナイフだった。おかげで私は全身コンプレックスになったものだ。

こんな家だが傍から見れば私たちは仲の良い家族らしい。

確かに家族全員で旅行に行った時もあったしゲーセンに行ってなにかとってもらうこともあった。

けれど離婚寸前まで行ったことのあるよくあるぎすぎすした家族でもある。

羨ましいと言われる度に内心毒を吐いていたのは想像に難くないのではないだろうか。

こんな家族だが、やはり厄介者で今後も私にどんどん言葉のナイフを突き刺していく。

ぜひ楽しみにしていてほしいレベルだ。

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