悲しみにありふれたこの世界で
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不慣れなため文字の誤字脱字などがあり読みづらい部分もあると思いますがご了承頂きますとともにご指導ご鞭撻頂けましたら幸いです。
悲しみにありふれたこの世界で
俺はヒーローになりたかった…
テレビで活躍してるヒーロー達みたいに
困っている人を助けて
小さい命を守って
命懸けで戦って
ボロボロになってもたった一人で立ち向かって
助けた人から゛ありがとう゛と言ってもらう。
小さい頃の俺の夢だった
だが悲しみがあふれるこの世界ではその夢が叶うことはなかった
敵がいないから?……ちがう
そんな力などないから?……ちがう
そもそもヒーローという概念がないから?……ちがう
子供の馬鹿げた夢だから?……ちがう
この世界は人の汚点を何よりも好むからだ。自分よりも劣っている、欠けている所に快楽を得て優れている人の揚げ足を取り、奈落に堕とし込むことが好きだからだ。
だが元々底いる奴には話が別だ。逃げ場のない箱に閉じ込められ、何もできない、可能性もない、そう決めつけられた奴に未来などない…
吊るされ晒され
ボロ雑巾のように何もなくなるまで絞り切られ、ああなりたくないと指を指され、こうなりたくなければと笑われる。
誰も手など差し伸べてはくれない
飽きたら見向きもされず存在自体が忘れられ
心の底まで凍りつくような寂寥感に苛まれる
俺が何かしたか?
いや、何もしていない。仮になにかしようともその前に蜘蛛の子を散らすように俺の前から消える。
誰かが昔、俺のことをテレビや映画出てくる怪人みたいだと言ったことがある…
自分の命を狙って襲いかかってくる怪人に恐がるのは分かる。だが何もしていない俺に怯える必要がどこにある?
俺が何をした?
…いや…もう考えるのはやめにしよう
「大和ってマジキモくない」
「生理的に無理、関わりたくないよね笑」
「なんか臭そうだよね」
「マジありえないよね
この問題は俺には難しすぎる
誰からも愛されることはないのだから
あいつとは正反対に…
「キャー武蔵くんよー」
「いつ見てもかっこいいよね」
「マジ眼福すぎ」
「高貴すぎるー」
武蔵
年齢男女関係なく誰からも好かれ同性の取り巻きも常にいる。
誰からも愛されるあいつに俺の気持ちなど分かる訳がない。俺はあいつを何度僻み妬み嫉んだか、この虚無の世界を何度悲憤し慷慨したか汲めども尽きない。でもそう感じた時にはいつも、何もできない自分への悲哀が込み上げ胸奥の消えない霞の中で一人慟哭していた。
俺はきっとこの世界に愛されてない
…必要とされてないんだ
場所が変わってもそれが変わることはない。
財布が落ちていた。周りを見渡しても人はいない。財布を拾い遠回りだが、来た道を戻り交番へ向かった。だがその道中でおまわりさんに声をかけられ、交番へ連れて行かれた。
「違います。俺は財布が落ちていたから届けようとしただけなんです。」
…何を言っても信じてもらえなかった。
財布を置き引きした奴がいると通報が入り、何故か俺が交番に連れて行かれ、意味のわからない説教と財布を落とした人から罵詈雑言を延々と浴び、二度とやるんじゃねえぞと交番を追い出された。
黒く塗りつぶされた空を仰ぐと無数の星と琥珀色の綺麗な三日月が浮かんでいた…
数えてはいないがだいぶ前からよく眠れていない。眠りにつくときどこからか声が聞こえてきて頭の中で木霊する。鳴り止むことなく響き渡り気づいたら暁の光が指し込んでいるのが常である。数少なく眠れた時には夢の中で何度も殺されかけている。それもこの先本当に起こりそうなほどリアルなものだ。何もしていない罪を被り、何を言っても信じてもらえない。俺は誰からも悲しまれることなく一人で死んでいく。
寝ている時もうなされて、覚めた時にはたいてい涙で目が濡れていた。
もう俺は心も体も疲れ果てた。
死にたいと思ったことなど数え切れないほどある。
だが川へ身投げした時は下流の岸辺に上がり、崖から投身した時は木の枝や蔓に引っかかっり俺は地面に落ちなかった。
体中が傷だらけになって歩くだけでも全身に激痛が走った。あんな痛いのはもうゴメンだ…
おれは死ぬことすら許されないのか…
思いだしたら目頭が熱くなり、胸が締め付けられるみたいに苦しくなった。俺は冥漠になった道を一人彷徨うように歩き帰路についた。
時を同じくして
賑やかな繁華街、人気のない路地裏から鈍い音が響いていた
「武蔵さんそろそろやめときましょう」
「もう気を失ってますから」
スーツを着た男が元の顔が分からない程殴られ気を失い倒れていた。
「へっ まじでこいつ気持ち悪りいんたけど
黙って金出してりゃ痛い目見なかったのに
財布だけはっ、それは家族からの誕生日プレゼントでもらったんです。
お願いします。財布だけはっ財布だけはっとかまじでうざいんですけど
こいつの後つけてたら財布落として行きやがったからラッキーって思ったのにあのくそ大和が拾いやがって…でも俺らが警察に゛あいつが盗みました゛って言ったらみんな信じてな ガハハハハ」
「まじで爆笑だったわ」
「後はのこのこ出てきたこいつから金巻き上げるだけでしたからね」
「ああ、その筈だったのにてこづらせやがってよっ」
もう動かない男を蹴り上げ、血のついた手を拭き男の胸のポケットから財布を掠めとり下卑た笑みをを浮かべながら繁華街へと消えていった。
武蔵…
この男は生まれながら恵まれた容姿で誰からも愛され、類まれな運動神経で様々な活躍をしていた。傍から見ればイケメンの天才であり、約束された未来を手にできる男だった
…だがこの男は違っていた
きっかけは小さいなことだった…
幼少時、追いかけっこをしている時に
不注意で花瓶を倒し壊してしまったのである。怒られるのが怖くなりその場で泣いてしまった。そしたら何ということだろう…自分ではなく一緒に遊んでいた子のみ怒られたのである。不思議に思った武蔵は次の日窓ガラスを箒で叩き割った。
半べそを欠きながら僕がやりましたと薄情したが゛あの子にやらされました゛と嘘をついたのである。
するとみんなその言葉を信じてしまい、何もしていない子を怒ったのである。みんなに怒られて泣いている無罪の少年、それを見て顔は泣いているが心の中で高笑いをしている武蔵…
ここから武蔵は変わっていった
誰かになすりつければ自分のせいにはならない
俺はこんなに愛されている
誰も俺の言葉を疑わない
俺は何でも許される
始めこそ無機物を壊し小動物をいじめ、人を陥れることを楽しんでいたが、それに飽き始めたこの男の欲は破壊から次第に殺意へと変わっていった。
そして初めて動物を殺した……雀だった。
まるで子供がままごとをするかのように終始笑顔で淡々と…
赤い池の上に無数の羽が散乱し、折られた足に翼、えぐられた腸、徐々に下がっていく命の温度に今まで味わったことのない快楽を覚えた。
何かを殺したい
赤い血が流れるのが見たい
死んだらどうなるんだろう
もう小動物じゃつまらない
人を…人を殺してみたい
興りは粒のような射干玉がぽたりぽたりと落ちていた。溢れ出る欲望に悶え、満たされない毎日に藻掻き、言葉にならない憤懣が募り続け、10数年の時を掛け分厚い理性の壁を穿いた。そして光が入ることのない暗色の渦となりこの冷酷な性格と狂った考え方に歯止め効かなくなっていった…
7日ほどの時が経った……
「大和この前財布盗んで捕まったらしいよ」
「武蔵くんが見つけて捕まえたんだって」
「この前もカツアゲしてる人捕まえて表彰されてたしヤバくない」
「マジヒーローじゃん」
俺はもうは何も言わない…
誰も聞いてくれないんだろ…
誰も信じてくれないんだろ…
俺は消えるように無言でその場を去った
帰り道…
曇天の空を仰ぎながら何も考えず歩いていた。
するとどこからかかすれた猫の鳴き声が聞こえた
声を頼りに探すと河原に出た。
階段を降り辺りを見渡すと河原の真ん中に真っ白で小さくて可愛い子猫がダンボールの箱に入って鳴いていた。
辺りにお母さん猫の姿はみえない。
捨てられてしまったのだろうか
とにかくこのまま放ってはおけないと思った
俺は、近くのコンビニまで走り水と子猫用のご飯を買いに走った。小さなお口でペロペロと一生懸命食べている姿はとても愛らしかった。
それから子猫との過ごす少しの時間が唯一の安らぎになった。
寒くないように毛布を、雨が降っても大丈夫なように傘も置いてあげた。
楽しかった
初めて出来た友達だった
一緒に遊んでいたら懐いてくれたみたいで、
足音が聞こえたら箱から出て足元に来てくれた。小さい頭をこすりつけてくれる姿にどれだけ癒やされたか…
この子とずっと一緒にいられたらどれだけ幸せだろうか…
数日がたったある日、いつものように子猫に会いに河原へ向かった。逸る気持ちを抑えつつ階段を降り、猫の方に目を遣ると箱の側に帽子をかぶった男の人が立っていた。
何をしているのだろう?
と思った次の瞬間に猫の入った箱ごと思いっきり蹴り飛ばした。
なんてことをするんだ。俺はすぐ男に駆け寄り
「やめろ こんな子猫をいじめてなにしてんっ…!?」
言葉が詰まってしまった
男の顔を見て目を疑った
誰からも好かれ自分とは何もかもが違う男
こんなことをするなんて想像もつかない男
「…武蔵…?」
「あ? んだよ誰かと思ったらおめえかよ」
「お前…何してんだよ…」
「おめえに関係ねえだろ
俺はこの猫殺したくてうずうずしてんだよ。」
蹴った箱へと向かおうとする武蔵に
「ふざけんな この子が何したって言うんだ。」と俺が服を掴み止めると、武蔵は大きな目でギロッと俺を睨み
「おめえに関係ねえつってんだろ俺の勝手だろ。それに俺は何しても許されんだよ。
もう最近じゃ誰かを殴ったり晒したりじゃ物足んねえんだよ…殺してえんだよ」
「な…嘘だろ…」
睨まれた俺の体がビクンと震え手の力が抜け
腕を払われ手が離れた。
そして俺は1歩2歩と後ろに下がった。踵に石が引っかかり石に尻を打った。
「く…………や………」
腰が抜けその場を動けない…
体が言うことを聞かない…
誰からも好かれ何もかもが違う正反対な男…
疎ましくも羨ましいと思っていた男が…
「何なら…おめえから殺してやろうか」
ゆっくりと歩きながら
自分を殺そうとこっちに向かってくる
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
俺はその場から死に物狂いで逃げ出した。
「殺される…殺される…」
始めてだった…死にたいと思い、身投げすらしたことあった男が初めて感じた死への恐怖
本気で殺そうとする目…重く厚みのある殺意満ちた言動…
俺は振り返る余裕すらなく全力でその場から逃げた
皆に知らせなきや、皆…皆殺される
「皆、聞いてくれ ハアッ…ハアッ…
武蔵は…あいつはやばいやつだ。
俺のことを殺そうとしてきた。
今までも知らないところで誰かを襲っていたんだ。早くあいつをなんとかしなきゃ皆あいつに殺される。」
時が止まったように長く感じたほんの僅かな
一念の時間。
時が動き、自分のことだけじゃなく自分のことを忌み嫌っていた者たちを思った勇敢な行動を理解してくれるものは一人もいなかった。
「え、あいつ何言ってんの?」
「武蔵さんが俺たちを殺す?マジで訳分かんねえんだけど笑」
「あいつ見た目だけじゃなくて中身も訳分かんないんだけど、マジで気持ちわる。
決死の覚悟を持った行動も理解してくれる者がいなければ、訳の分からない者の訳の分からない戯言になってしまうのだ。
「あいつ、もしかして武蔵さんを陥れようとしてんじゃない?自分じゃ何もできないからって悪いこと広めて武蔵さんを自分のいるところまで落としてやろうって」
「はあ?だとしたらマジで笑えないしうざいんだけど」
「そうなんだよ、実はさっきも河原で大和くんに絡まれてさー」
全身に稲妻が走るような寒気がした。
後ろからさっき自分を殺そうとした男の声がした。俺を後ろから抜き去り愛想よく振りまきながら輪の中に入っていった。
だが俺にはあいつの笑顔が俺には悪魔が笑っているようにしか見えなかった。
「いやー怖かったなー、襲われかけて必死に逃げてきたんだ。」
「やっぱりそうだったんじゃない」
「大丈夫でしたか?」
「えっマジでキモ、ありえないんだけど」
「つーか武蔵さんを襲った?
お前何してくれてんだよ!」ボゴッ
いつも取り巻きにいた男が俺の胸ぐらを掴み思いっきり殴り飛ばした。
「いやーさっきは本当に危なかったよ。
僕が猫と戯れているときに急にやってきてさー」
違うんだ…
「お前マジで調子乗ってんじゃねえぞ」
違うんだ…
「マジでこいつ殺さね?」
俺は何もしていない…
気がつくと俺は無数の男達に囲まれ、武蔵は心配され守られているかのように女達に囲まれていた。
違うんだ
そいつに近づくな。言うことを聞いちゃだめだ
声が出ない…?!
゛俺の秘密を知ったからには生きてられると思うなよ゛
恐る恐る顔を上げると
女達に囲まれた中から恐ろしい目で俺を睨みつけてくる奴と視線がぶつかった。
喋らなくても俺には分かった…
あいつの目がそう言っていた…
悪魔に睨まれた俺の体は動くどころか恐怖で声すらでなかった。
「覚悟できてんだろうな。ただで済むと思うなよ!」
髪を鷲掴みにされ引っ張られ、痛みに悶ているとさっきと同じところを殴られ勢いで壁に頭がぶつかった。
そこから俺の記憶はない…
気がつくと茜色の空が目の前に広がっていた。
頭が痛い…
顔が痛い…
体中が痛い…
ここはどこだ…?
なんとか起き上がった俺の目の前に川が流れていた。ゴツゴツした石が辺りに無数に散らばり放置された草花が生い茂っている。
まだ記憶に新しい場所だった。
河原だ……あの子猫と遊んでいた場所だ……猫?
そうだ……あの子はどうなったんだ、どこにいるんだ。
ダンボールが置いてあった場所… いない
蹴られたダンボールの中… いない
どこだ…頼む出てきてくれ…生きててくれ
次第に茜色だった空が色を失い、地上の小さな光の花が咲き始めるまで俺は辺りを必死に探した。
「…嘘だろ…」
俺が倒れていた場所からすぐ近くだった
雪のように真っ白だった毛が血に染まり、首と胴は泣き別れ手足が潰れ、顔の形が…変わり果てた姿になって…
ポタポタと俺の目からこぼれた涙が子猫に当たり消えていく
「なんで………なんでなんだ
この子が何をしたんだ。生まれたばかりの
子猫になんでこんな酷いことができるんだ」
俺は初めて自分への悲しみ以外で泣いた。
こんなに涙を流したのは初めてかもしれない
初めてできた友達を殺されてしまった。
守れなかった…………守れなかった?………
そうだおれはこの子を置いて逃げた…自分が殺されるかもしれないという恐怖でこの子を見捨てて逃げ出した………。
止まらなかった涙が蛇口を締めた水のように静かに止まり俺の目から流れなくなった。
死んでしまったこの子への悲しみよりも
逃げた自分への怒りと愚かさが込み合げてきた。
ガツッ………ガツッ…
小さくも耳に引っかかる鈍い音が河原から聞こえる。
消えることの無い鬱積した怒りに蹲りながら何度も頭を石にぶつけ拳を地面に叩き続けた。破れた頭皮と拳から血が流れ、血だまりから跳ねた血が辺りに何度も飛び散った。
人の目ばかり気にして、悪いのは自分じゃない、悪いのは分かってくれない周りの奴らだと勝手に決めつけて立ち向かわずに逃げていた。
なんて俺は小さくて卑怯で臆病者なんだ。
始めて仲良くしてくれた友達すら守れない…
自分が憎い、弱い自分が醜い、何もできない自分が忌々しい
…俺を怪人と呼ぶのは間違っていないのかもしれない…外見で忌み嫌われて中身もこんな性格なんだから周りから去るのは正しい判断だったのかもしれない。俺に向けられていた被害が自分に来るかもしれないんだから、俺と同じ扱いをされるかもしれないんだから助ける訳なんかないんだっ………
何度目か分からない頭突きをしたその瞬間俺の中の小さい何かが弾けて消えた……
血だらけの頭を起こし宵闇の空を仰いで目を瞑り一つ深い呼吸をした。
静かに目を開け霞んでいた星影と惨殺された友達が俺を我に返らせた。
そっと手を伸ばし撫でていた体を触った…
冷たい……
ゆっくりと立ち上がり亡骸を毛布で包み、元の置かれていた場所に静かに埋めた。
近くに咲いていた小さい花をそっと手向け
膝を付き深く頭を下げながら手を合わせた。
゛ありがとう ごめんね゛
蘇ってくる思い出と目の前の墓に
心の中で何度も唱えた。
ゆっくりと立ち上がり血の固まった拳を強く握りしめた。
俺にはもう味方なんかいなくていい
いなくなるのがこんなに悲しいのなら…
誰に何を言われても嫌われても構わない
どうせ誰にも理解されないのなら…
アイツを止められるなら…
この子の敵を取れるなら…
俺は何でもする
俺を怪人と呼ぶなら呼べばいい。
本物が近くにいることを知らない幸せを今のうちに噛み締めてろ。
今すぐ化けの皮を剥いでやる!!
墓から去ろうと時何かの気配を感じた俺は振り返り辺りを見渡した。
辺りには何もなく、目に映るのは俺と友の血痕が残る静寂で幽冥になった河原だけだった…
俺はもう一度拳を強く握りしめ友の墓を背に歩きだした。
もう込み上げてくる感情に悲しみはなかった
空の光が届かなくなった公園で、小さい光を頼りに子供達が元気に遊んでいた。
その近くにあるベンチに座り本を読んでいる男がいた。絵になるような美しいその姿、誰もがうっとりしてしまうその姿だったが誰もこの男の本性を知ることは無い。
本を読んでいるが内容など入ってくる訳ない、その目線は子供たちに向けられているのだから。
誰にするか、どう甚振ってやろうか、どう殺してやろうか、血ぃ流して骨を折って泣き叫んで死んでいく…楽しみだなぁ
と綺麗な仮面の下に隠された悪魔が涎を垂らしながら恐ろしい目で子供たちを見ていた。
よし、あいつにしよう。
標的にしたのは一番背の小さい女の子だった
本をパタリと閉じベンチから立ちゆっくりと子供達に近づく
「君たちそろそろ暗くなっちゃうよ
お家に帰らないとママに怒られちゃうよ」
と優しく声を掛け子供達を帰らせようとした。
はあいと子供たちが帰ろうとしたとき
「あっごめんね、ちょっといいかな
君にお話したいことがあるんだけど」
標的にした小さい女の子だけを残し他の子供達を帰らせた。
先程いたベンチの裏の林に女の子の手を引いて連れていく。その下卑た笑みを堪えながら歩く男の顔はまさに悪魔の笑った顔そのものだった。
林の中に入り少し歩いたら開けた場所に出た。
「お話ってなーに?」ボゴッ
少し上を向いた女の子の顔をいきなり殴り飛ばした。
「お話?あーそうだなぁ
んじゃあさ拳で語り合おうよ」
拳を硬く握りしめ、堪えきれない笑みを浮かべながら女の子にゆっくりと歩み寄る。
「うわぁぁぁぁぁん」
女の子は痛みと恐怖で泣き叫ぶが夜闇の広がる公園には誰もいなかった。
「うるせぇんだよ!」
もう一発殴ろうとしたその時
バゴッ!!
武蔵は後ろからなにかで殴られた。
その衝撃で前屈みに倒れたが何が起きたのか分からなかった。
音も気配もしなかった…
頬と腹が冷たい…
土と枯れ葉が目の前にある…
後頭部が痛い…殴られた!?
スローモーションのようにゆっくりと立ち上がり、顔についた埃も払わず首だけを回し後ろを振り返った武蔵は目を疑った。
誰だ?………ん!
なんでこいつがここにいる?
こいつが俺を殴ったのか?ボコボコにしたはずだよな?
さっき何も出来ず逃げたこいつがなんで俺の目の前にいる?
武蔵の目の前には、今まで見たことのない剣幕と冷徹な雰囲気を漂わせ女の子を庇うように立っている大和がいた。
静かに武蔵を睨む眼と堂々と立つその姿はまるで別人だった。
だがこの男は冷静だった。何が起きようと誰が来ようともやることはは変わらないからだ
「何だよ腰抜け おめえに用はねえつってんだろ引っ込んでろよ。おめえも殺すぞクズが!」
誰もが怯むような形相と声量で罵る武蔵だっ
たが大和は竦みもせず武蔵に近づき
「俺はよぅ…おめえの横暴を止めてあの子の敵を取れればそれでいいんだよ!」と
未だかつてない静かな赫怒と確固たる覚悟で武蔵に対抗した
「なんだとオラァ
あ いいこと考えた。てめえを殺してその後予定通りにそいつも殺す、んで全部お前がやったことにする。ふふっみんな俺を疑わねえだろうなー
俺を陥れることに失敗した大和くんは小さい女の子に矛先を向け強襲した。
俺は女の子を襲っているお前を止めるために立ち向かい誤って殺してしまった。
でももう女の子は手遅れだった…
ははっシナリオも何もかも完璧じゃん
あとはよう……てめえをぶっ殺すだけだー亅
逆上し俺に襲いかかってくる武蔵…
俺はこいつに恐怖し何もできずに逃げ続けてきた…
でも俺はもう背を向けない、もう負けない…死んでいったあの子のために、後ろで怯えるこの子のために刺し違えてでもお前を止める。
この後俺がどうなろうかなんて知ったこっちゃねぇ
絶対にお前を止めるっ!
バゴッ!!!
お互い拳が同時に顔にぶつかった
今日何回殴られたか分からない左頬に硬い拳が突き刺さる。
痛ぇ…いや痛くねぇ。あの子のほうがもっと痛い思いをしたんだ。こんなの痛いうちに入らねえ。一歩も下がるなっ
「俺は結局ヒーローになれなかったけど…
怪人に負ける訳にはいかねえんだー」
俺は殴って、殴られて、ぶつかって、蹴られて、叩いて、引っ張られて、投げ飛ばして、投げ飛ばされ無我夢中だったが今度こそ眼前の敵に立ち向かった。
「お兄ちゃん…大丈夫?」
目が覚めた俺は星明りに照らされた林の中
で倒れてた。
寝ている俺が少し上を向くと、泣きつかれた顔をしている女の子の顔が見えた。
体中が痛い…
当然だ…一日に2度も殴られまくって、顔は腫れて特に左側が見づらいし鼻も痛い。上手く呼吸ができない。体中の痣や傷のせいで横になっていてもヒリヒリ痛いし、口の中が切れて息をすると鉄の味しかしなかった。
俺はなんとか起き上がって周りを見渡した…
無残に折れた枝に散らばった若草色の葉、飛び散っている深緋色の血が俺たちの争ったことを物語っていた。
だが辺りに武蔵の姿はなかった。
「お兄ちゃん助けてくれてありがとう」
女の子は俺の袖を引っ張り、クシャッとした笑顔で俺に言ってくれた。
「…」
一瞬言葉が詰まったが
「……君は…俺が怖くないの?」
俺はなんてことを聞くんだろう。
本来はもう大丈夫だよと優しく励ましてあげなきゃいけないのに、酷い目に合ったばかりの小さい子になんてことを聞くんだろう。
すると女の子は躊躇う様子もなく笑顔で
「怖くないよ。お兄ちゃんあたしを助けてくれたヒーローだもん亅
その瞬間俺の中で消えることの無かった霞がまるで神風に吹かれるかの如く一気に消えて無くなった
そして一筋の涙が頬を伝り
そこから止まることなく涙が溢れだした
だけど今までとはなにかが違う…今までは自分への劣等感、周りへの怒り、悲しみ、未来への絶望の涙しか流してこなかった。
でも心配をしてくれた…
ありがとうと言ってくれた…
何よりもヒーローと言ってくれた…
夢が……叶った
こんなにも暖かい言葉をもらったことは今まであったかな?嬉しいことはあったかな?
いや考えたくない…思い返したくもないや
女の子は突然泣き出した俺に戸惑いながらも小さい手で俺の頭を優しく撫でて慰めてくれた
晴夜の誰もいない公園で俺の瞳から流れた感悦の驟雨は暫く止むことはなかった。
迎えにきたお母さんに女の子を引き渡した時
こっちを向いて
「バイバイお兄ちゃん。ありがとう」と
おおきく手を降ってくれた女の子に俺は小さく手を降りかえした
胸と目頭が熱くなるのを堪えながら振り返り、ふと空を見上げると霞みのない美しい満月が浮かんでいた。
天際まで輝き放つような琥珀の天満月…
きれいだな…
あの子にもみせたかったな…
そうだお花とご飯を持ってまた行こう
痛いほど分かる…一人ぼっちは寂しいもんな
明日からまた同じ苦しみの続く毎日かもしれない。
ずっと一人ぼっちかもしれない
また怪人にされるかもしれない
でも…なんだろう…今はどうでもいいや
これから続く長い時を
いつまで生きていられるか分からないけど
あの子に恥じないような生き方をしよう
あの子の分まで生きて行こう
悲しみにありふれたこの世界を