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Ep.42 思い出

    『一緒に王都に帰りましょう』




 歌うような、ふわりと甘くまとわりつくような女の声。そう言う駆け引きには疎い質だけれど、今までとはあからさまに違う甘さを含んだナターリエ様の態度に少なからず動揺した。あれじゃあ、まるでナターリエ様が女としてガイアを誘惑してるみたいだ。




(どうして、何でよりによって今、彼女がガイアに会いに来たの……!?)




 玄関の扉を開け放したまま立ち竦む私にニヤリと笑い、ナターリエ様がガイアの背中に腕を回して強く抱きつく。




「なっ……!お嬢……いえ、ナターリエ様、何故こちらに?」




「貴方が記憶を失ったと報告を受けて慌てて飛んで来たのよ。でも、私のことはわかるのね?」




「え?えぇ、まぁ……」




「そうよね。ガイアスが私の事を忘れる筈が無い物ね、嬉しいわ!」




「わっ!?」




「ーー……っ!!」




 ぎゅうっとナターリエ様に抱きつかれたガイアの表情は、私からは見えない。




(嫌、止めて、ガイアに触らないで……!)




 そう言いたいけど、同時にそんな資格が私には無いことも痛いほど知っている。だから、足がすくんで彼らに近づけない。でも、そんな私の背を隣に居たソレイユがバシッと叩いた。




「痛っ!」




「しっかりしてください姉上、父上が不在の今は貴方が我が家の当主代理でしょう!礼儀もわきまえず早朝から人の屋敷で騒ぎ立てる他人・・には毅然とした態度を取ってください」




「……っ!そうね、ここは私達の家だものね」




 わざわざナターリエ様を“他人”と強調して発破をかけてくれた弟に勇気づけられて、ようやく再び足を踏み出せた。




「セレンお姉様!」




 カツンと響いた私のヒールの音に先に気づいたのはスピカが声を上げると、玄関先で揉めていた全員の目が私に向けられる。


 そして、ナターリエ様に抱きつかれていたガイアと、私の視線が重なった。




「セレン……!」




「あら、ごきげんようセレスティア様。お久し……」




「……っ!離してくれ!」




「ーっ!?」




「えっ、ガイア!?」




 その瞬間、ガイアにすり寄るナターリエ様を彼が突き放した。突然の出来事にナターリエ様はもちろん私も呆然とし、逆にソレイユとスピカは満足げな笑みを浮かべる。




 沈黙の後、ハッとした顔になったガイアがナターリエ様に膝をついた。




「無礼を働き申し訳ございません。しかし、淑女が一介の騎士にこのような真似をしてはいけませんよ。私は、あくまでただの従者に過ぎないのですから」




 諭すような声音のガイアの言葉に驚いた。まさか彼が、ナターリエ様を拒むだなんて。 それは彼女も同じだったのだろう。彼を見下ろすナターリエ様はさっきまでの余裕綽々な表情から一転、困惑したような顔になっていた。




「可哀想に、貴方が私にこんな真似をするだなんて……!記憶を無くした所をどこかの女に唆されたのかしら?そこの伯爵令嬢とか!」




「ひっ……!」




 流石元祖悪役令嬢と言うような鋭い目付きににらまれて肩を震わせた私を、ガイアが後ろに下がらせた。




「止めてください。彼女は、そんな汚い人間じゃない」




「なんですって……!?なんて事なの、ガイアス、貴方はやっぱり私達と王都に帰るべきよ!その女は悪影響だわ!」




「が、ガイア、ナターリエ様、落ち着いて……!と、言うか、ナターリエ様はそもそもどうやって記憶喪失の話を知ったのですか!?」




 そうだ、そもそもそこからおかしいのだ。庇ってくれるように前に出されたガイアの腕に掴まりながらナターリエ様を問いただす。それに答えた声は、意外な人物だった。




「私が報告したのですよ、セレスティア様」




「ーっ!サフィールさん!何故……!?」




 気だるそうに眼鏡を押し上げながら現れたサフィールさんに、ナターリエ様が優雅に微笑む。




「元々彼は公爵家に仕える医師の家系でしたの。ですから、今回のガイアスの異常もすぐに彼から報告が来ましたし、既に治療の手筈も王都にて整えてありますわ。まぁ失った分のこの領地での記憶が彼に必要だとは全く思いませんけれど」




 その言葉に歯噛みする。まさか、こんな所に繋がりがあったなんて意外だった。この様子を見るに、ナターリエ様はガイアを連れて帰るまで引く気は無いだろう。




「こうなってしまっては、ガイアスがここに居る理由もありませんものね。セレスティアさんの護衛も解任です、さ、帰りましょう!もし記憶が戻らなくても、別に一年分の隙間くらい私が新しい思い出で埋めてあげますから安心なさいな!」




 にっこり笑った彼女が、再びガイアに向かい両腕を広げる。青ざめたガイアは、俯いたまま黙っていた。




(無理も無いよね。記憶喪失なだけでもさぞ頭が混乱してるのに、端から“記憶が戻らない”前提で勝手に話を進められて……)




 その間にも、ガイアが何か言おうとする度にナターリエ様はそれを遮って話続ける。しまいには彼女に傾倒してる他の攻略対象の男性陣までガイアを責め始めたのを聞いて、堪らず、声を張り上げた。




「~~っ!い、いい加減にしてください!!!」




 あんまり大きな声を出したから、一瞬で皆が黙り込んだ。一度息を吸い込んでから、ガイアの手をそっと握る。彼の手は、小さく震えていた。




「貴女方は先ほどからずっと彼に自分達の要望を押し付けて居ますけど、一度でも彼に労りの言葉をかけましたか?彼がどうしたいかを聞きましたか!?ただでさえ苦しんでいる人相手に、あまりにも思いやりが無いとは思わないんですか!彼は……っ」




 一瞬、その先を言うのを躊躇って。でも、私の手を握り返してくれたガイアの手に、覚悟が決まる。真っ直ぐに、ナターリエ様の、いや、悪役令嬢の顔を睨み付けた。




「ガイアは、貴女のモノじゃありません!!」




「なっ、この、無礼者が……!」




  ナターリエ様が手にして居た扇を振り上げるのが見えて、反射的に目を閉じた。




(しまった、叩かれる……!)




 バシッと言う、鈍い音が聞こえた。でも、どこも痛くない。恐る恐る目を開けると、驚いた顔のナターリエ達と、扇に頬を叩かれたガイアが見えた。私を庇って、叩かれたのだ。




「……少しは気が晴れましたか」




 赤くなった頬を軽く押さえたガイアの声には、まるで温度が無くて。




「今回の事、色々と人為的な思惑が動いている。油断がならない状況です、下手に動くのは得策ではない。……考える時間をください」




その淡々とした声音のまま紡がれた彼の言葉に、ナターリエ様が顔を真っ赤にする。




「酷いわガイアス、迎えに来た私達の手は取れないと言うのね……っ!」




 そして、わぁっと泣きながら馬車に乗り込み走り出してしまった。慌てて取り巻きの男性陣や護衛の騎士達も彼女を追いかけて去っていき、ようやく朝の静寂が我が家の玄関に帰ってくる。




(ほ、本当に嵐みたいだった……。あれ、そう言えば、あんなに人居たのにルドルフさん居なかった、な……)




「姉上!!」




「お姉様!?」




「セレン!!!」




 緊張が解けたせいか、グニャリと視界が歪む。そのまま立っていられなくて崩れ落ちる私の身体を、ガイアが抱き止めてくれた。




「ご、ごめんなさい。すぐ、立つ、か……ら……」




 せめて部屋まで自分で戻りたいのに、嫌に身体が重たくて、指一本上手く動かない。そんな私の視界を、ガイアがそっと片手で塞いだ。




「良いんだ、無理するな。朝から迷惑をかけて悪かったな……」




 微睡んだ意識に染みる、優しい声だ。抱き抱えられ、運んで貰う安心感にゆらゆら包まれながら、首を横に振る。




「迷惑じゃないし、謝罪もいらないよ。だから、ガイアは、ガイアの気持ちを、一番にして良いんだから、ね……」




「……!あぁ、ありがとう」




 途切れ途切れにそう伝えたのと同時に、柔らかい場所に下ろされる。そのまま布団も被せられた。ベッドに入れられたらしい。優しくトントンと叩かれる感覚に導かれるように、そのまま意識を手放した。










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 力を入れたら折れてしまいそうな華奢な身体をベッドに下ろせば、すぐに小さな寝息が聞こえてきた。かなり疲れて居たのだろう。その白い頬に触れると、彼女は寝入ったままガイアスの手に頬擦りをしてきた。


 ドクンと心臓が跳ね上がり、抱き締めたい衝動に駆られる。




(参ったな、まだ、何も思い出せないのに)




 ナターリエに抱きつかれていた姿をセレンに見られた瞬間、鋭く胸が傷んで反射的にナターリエを突き放した。その理由を訴えるように、彼女を見るだけで胸の高鳴りが治まらない。




(俺は、君が好きなのだろうか……)




 “思い出”と言う理由が無いせいで、ハッキリと『好きだ』と言えない、今の自分がもどかしく、苦しい。




『ガイアはガイアの気持ちを、一番にして良いんだからね』




 眠りに落ちる直前の彼女の言葉。記憶を失った直後はこたえられ無かった、自分の今の望みは……




「俺は、思い出したい、セレンと過ごした時間を、全て」




 小さな小さなその願いを呟いたガイアスの背後から、黒い表紙の魔法の書が音もなくセレンの部屋を飛び立っていった。















 ひとりでに飛び立った魔法の本は、森にひっそり佇む白衣の男の手に降り立った。それを受け止めパラパラと捲った男が口角を上げる。




「あともう一押し、と言ったところですかねぇ……」




 白紙だったはずのその書の最初のページには、幼い桜色の髪の少女の微笑みが浮かんでいた。





     ~Ep.42 思い出~




   『思い出したい。そう願うのは、大切な君のことだから』

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