Ep.24 膨らむ想い
ガイアが連れてきてくれたのは、白樺みたいな幹の白い木に囲まれた小さな泉だった。近くの岩肌から流れている棲んだ湧水が長年かけて窪みに溜まって出来たらしいそこの縁に下ろされて、痛めた足を冷たい水につける。
ウサギちゃんも喉が乾いたのか、ちょこちょこと可愛い動きで水際に向かって下りていった。幸い元気そうだし、自由にさせておいてあげよう。
冬だから少し寒いけど、水がひんやりして気持ちいいな……と思ってたら、ふわりと肩から何かをかけられた。
「ガイア!」
「ただでさえ寒いんだ、水に足をつけてると余計に冷えるだろ。羽織っとけ」
かけてくれたのはガイアの騎士団服の厚手のマントだ。意外と温かいし手触りもいい。一瞬遠慮しようとしたけど、『でもこれじゃガイアが寒いわ』の“でも”と言った時点で『強がってんじゃねーよ』と言わんばかりに睨まれたので、お言葉に甘えてこのまま借りることにした。
「ふふ、温かい……。ありがとう」
結構大きなそれにくるまりながら微笑むと、ガイアがパッと顔を背けた。どうしたんだろう?
「……っ、なら良かった痛みはどうだ?」
「うん、泉のお水でひんやりして大分和らいで来たよ。でも、あんまり森には来たことないって言ってたのによくこんな素敵な場所知ってたね。静かだし泉も綺麗だし、丘の上の花畑からたまに花弁が降ってきてすごく幻想的……」
「時間はかかるが癒しの効果がある泉だしな。気に入ったか?」
隣に腰かけてきたガイアに問われてこくりと頷くと、彼は安心したような穏やかな顔で微笑んだ。そしてそのまま、哀切がにじむ眼差しでふっと丘の上の方に視線を移す。
「なら良かった。ここから見えてるあの丘だけはたまに来てるんだ、……お祖父様達の墓があるから」
「ーっ!あ、ご、ごめんなさい……」
触れちゃいけない部分に触っちゃった気がして俯いた私にガイアが苦笑いを浮かべた。
「いや、構わないさ。話すのが嫌なら最初から連れてきたりしないし。というかお前なぁ、こんなことで謝る位なら一人で遭難するまで突っ走ったことを反省しろよ」
「うっ!ご、ごめんなさい、おっしゃる通りです……!」
本当に一歩間違えば死ぬところだったんだから、そのお説教にはぐぅの音も出ない。
しょぼんとしつつ、隣に腰かけたまま舞い散っている花びらを宙で掴まえて遊んでいるガイアの横顔を伺う。逆光のせいで、表情まではわからなかった。
わからないなら、直接聞くしかないよね……?
「……お、怒ってる?」
「ん?怒って良いのか?」
「はうっ!」
しまった、やぶ蛇だ!!切れ長の瞳をスッと細めて『怒られることをした自覚はあるわけだな』と呟いたガイアの手が額に向かって伸びてきたので反射的に目をぎゅっと瞑る。これはデコピンの刑ですよね?わかります。すごく迷惑をかけた訳ですし、ここは甘んじて罰を受けましょう!!
(さぁ、いつでも来い!)
……て、あ、あれ?
目を閉じたまま待てど暮らせど、ガイアが動く気配が無くて首を傾げる。
「……っ、煽ってるのか……?」
「へ……?あいたっ!」
なにかボソッと呟く声が聞こえて目を開けたら、その瞬間にデコピンされた。うぅ、不意打ちとは卑怯なり……!
「やっぱ怒ってたんじゃん……!」
「怒ってはねーよ。これはお前がまた同じような危ない真似を仕出かさないようにする為の躾だ」
「躾って私は犬か!?ガイアやっぱ怒ってるでしょ!」
もーっ失礼な!女の子扱いはしてくれないにしてもせめて人間扱いくらいしてよね!ショックだからむくれてやる!
「……っ、が、ガイア?」
ぷーっと頬を膨らましてたら、ひとつため息をこぼしたガイアが『怒ってはねーけど……』と私の頬にそっと右手を当てた。ドキッとして思わず下がろうとして、腰に回された彼の左手に逆に引き寄せられて戸惑う。
「……心配した、ものすごく」
「……っ!!!」
いつもよりぐっと低い声で囁かれた思わぬ一言にビクンッと肩が跳ねて心臓がきゅうぅぅぅっと締め付けられる。
心臓がドキドキしすぎて声が出なくて口をパクパクさせるしか出来ずに居たら、ガイアは懐からサクラの刺繍のハンカチを取り出して私の頬を優しく拭いた。
「ちょっ、汚れちゃうよ……!」
「大丈夫、帰ったら洗えば済む話だ。ちゃんと拭いておかないと荒れるぞ、泣いてたんだろ?」
「え!?何で知って……!?」
確かにガイアに見つけてもらう直前まで私が泣いてたのは事実だけど、バレないように目とかはちゃんと拭ったのに!
びっくりしている私に、ガイアがやれやれと肩を竦めた。
「泣き声が聞こえたからだよ、お前のな。その声のお陰で見つけられたんだ」
「ほ、本当に……?」
頷いて、サクラのハンカチを片手に微笑むその顔が幼いときの彼と重なる。
初恋のあの日、私はガイアの泣き声を道しるべに貴方と出会った。それから10年後の今、今度は私の泣き声を目印に彼が私を見つけてくれた、なんて。
(何にも覚えてないくせに、こんな運命みたいなことされたら余計に切ないよ……!)
「……っ!そんなに心細かったのか……?」
ドキドキと、嬉しさと、切なさと。色んな気持ちがぐちゃぐちゃになって苦しくてじわっと視界が滲んだ。優しい声で話しかけてくれるガイアを安心させようと首を横に振るけど、こんなに潤んだ瞳じゃ説得力はないだろう。
「……こうならないように、今度からは危ないときには俺を呼べよ。お前が何処に居ても、何があっても。必ず、護るから」
「……っ!!」
真摯な言葉に更に心が揺れて今にも泣き出しそうになった私を慰めるように、ガイアが両手でそっと私の肩に触れたその時。
それまで大人しく泉の水を飲んでた筈のウサギちゃんが『キーっ!!!』と甲高い声で鳴きながらガイアの背中にタックルした。
「うわっ!」
「きゃっ……!」
となると当然、何も身構えてなかったガイアは体勢を崩すし。更に言えば彼に肩を掴まれてた私も彼に押されてそのまま一緒に倒れる訳で。
つまり、ハッキリ言いましょう。今、倒れた私にガイアが馬乗りになった形になっちゃってるんです……!!
事態が飲み込めなくて押し倒された体勢のまま数秒見つめあった後、ガイアがバッとすさまじい勢いで立ち上がった。
「~~っ、わ、悪い!!大丈夫か?」
「う、ううん、事故だし大丈夫だよ!(でも今のは流石に刺激が強すぎるよーっ!!!)」
もう離れたのに、くっついていたさっきまでよりずっと顔が熱い。顔赤いの気づかれてないよね……?と、ちらっと様子を窺って、目を見開いた。
(あれ?ガイア耳赤くなってる……?)
よーく見ると、だけど。黒髪の隙間から覗く陶器みたいに綺麗な白いその耳に、少しだけ朱色が指しているのに気づいたのだ。
目線は泳いでるし口元は片手で覆ってるし、ひょっとして照れてる……?
(……いやいや、自意識過剰は後で自分が傷つくだけよ私。ガイアは攻略ヒーロー達の中でも一番女性との接触に免疫のない男の子だったじゃないの!)
だから今のリアクションは、“相手が私だから”ではない。不馴れな出来事に戸惑ってるだけだ。
なら、これ以上可笑しな空気にならないよう私がすべきことは!
「あ、あはは、いきなりびっくりしたね~。ウサギちゃんたらいきなりどうしたの?」
「……っ!」
そう、あくまで『何でもない普通の態度』で振る舞うことである。
「……世間では脈なしって言うんだよな、こう言うの」
なんとかにこやかに表情を取り繕ってウサギちゃんに話しかける私の姿に、ガイアはため息混じりに何かを呟いて前髪をぐしゃりとかき上げた。力が抜けたらしい。よし、作戦成功!
ガイアが肩を落としてウサギちゃんに手を伸ばすと、ウサギちゃんは『ヴーっ!』と唸り前足をダンダンと激しく踏み鳴らした。
「急にどうしたんだろ?さっきまであんなに人懐っこかったのに……」
「……いや、わりと動物としては普通の反応だぜ。俺自身は好きなんだが、昔から動物や小さな子供には基本恐がられるから。多分俺に宿ってる魔力が嫌なんだろう」
「ーっ!ガイア優しいのに、魔力だけでそんな……あっ!」
なんて言っている間にウサギちゃんはピョンっと跳び跳ねて逃げていってしまった。しゅんとした私にガイアが右手を差し出す。
「まぁあれだけ元気ならあいつは大丈夫だろう。さ、帰ろうぜ」
「う、うん。でも……っ!!!」
差し出された手に掴まりながら立ち上がった直後、少し先の方の木々から急に鳥の大群がバサバサっと飛び立って行くのが見えた。ウサギちゃんが今逃げていった方だ……!
なにかあったのかも!追いかけなきゃ、いやでも……っ!!と悩んでいたら、繋がれているガイアの手の力がぎゅっと強くなった。
隣を見上げると、仕方ないなとばかりに笑った彼と視線が重なる。
「行くぞ!」
「うん!」
繋いだ手に導かれるように、二人でその場から駆け出した。
~Ep.24 膨らむ想い~
『『抑えるのが辛くなるから、これ以上好きにならせないで』』




