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Ep.98 魔を従える者

 爆発音と共に起きた激しい揺れで世界が歪む。立っていられなくなった私の頭上で、外壁の一部が崩れた。


(……っ、しまった、潰される……!)


 落ちてくる巨大な石から頭を守るよう反射的に手を動かす……けれど、それが落ちてくるより先に風が吹き抜けて身体に浮遊感を感じた。

 

「セレン、大丈夫か!?」


「ガイア、ありがとう!」


 私を横抱きにして高台から地面にふわりと着地したガイアが苦笑する。彼に抱えられたまま空を見上げれば、丁度東西南北の4箇所から黒煙が立ち昇るのが見えた。


「あれは……!」


「……北は丁度、俺の実家の辺りだな。ーっ!」


 そう呟いたレオが不意にナターリエ様から手を離した。電気石を使ったスタンガンでナターリエ様がレオの手を弾き飛ばしたのだ。


「あははははっ!残念だったわね、勝ったと思った!?本当のエンディングはここからよ!」


「いい加減にしろナターリエ嬢!往生際の悪い…「うっさいわね!どいつもこいつも。所詮女に攻略されて尽くす以外価値の無い奴等なんだから最後まで大人しく使われてろってのよ!!」……っ!」


 最早被っていた猫も逃げ出した様な悪辣さで笑うナターリエ様に、ガイアやルドルフさん、レオはもちろん、師匠達がこの場に連れてきていた残る2名の攻略対象達まで顔をしかめる。唯一、茫然自失となった第2王子が、呟くように彼女の名を呼んだ。

 

「な、ナターリエ……?」


「馴れ馴れしく呼ばないで下さる?私、金と地位の無い男に興味ないの」


「……っ!ま、待ってくれ!地位と言うなら、私は王族……っ」


「あんた馬鹿ぁ?ここまで来て廃位にならないわけ無いじゃない。それに、そうじゃなくてももうあんたの地位や血に意味ないわ。この国は今から滅ぶんだから!」


 そうナターリエ様が放り投げた真っ黒い瓶が地面で砕けて、ぶち撒けられた魔法薬が煙となって広がった。鼻に突き刺さるような異臭に皆咳き込み、酷い人は涙を流し始める。

 

「……っ!吸い込むなよ」


 姫抱きからは開放されたものの、肩に回されていたガイアの腕が動いて彼の胸に顔を押さえつける体制になった。頷いてしがみつくとガイアの力が強くなり、背後でナターリエ様の舌打ちする音がする。


「チッ、どこまでも目障りな女ね。まぁいいわ、どうせそいつも今から死ぬのよ。あの魔物達に食い千切られてね!」 


 そうナターリエ様が手を掲げた先を見れば、大量の魔物が束になりこの場に集まってきているのが目に映る。先程まで高みの見物をしていた観客席からは悲鳴が上がり、騎士達は混乱しつつも一斉に剣を構えた。

 上の人間がせめて観客を逃がそうと試みて、異変に気づき青ざめる。


「大変だ!門の開閉が出来なくなっている!このままではあの魔物達の格好の餌食だ!!」 


「そんな……!そもそも王都にあんなにも大量な魔物が入ってくるとはどうなっている!?」


 正しく混沌。大混乱で走り回る兵士たちを見て、ナターリエ様が鼻を鳴らした。


「どうしてだか教えてあげましょうか?答えは簡単よ。私があの馬鹿王子に渡してあんたたちがここに設置した魔法装置、あれ、魔力遮断の結界なんかじゃないから。寧ろ逆よ。さっき撒いた魔法薬とこれ、魔物を呼び寄せる為の物なの。教えてあげたでしょ?さっき。魔物は強い魔力に群がるって」


「……成程な」


 嘆息し呟いたガイアが指を鳴らせば、巻き起こった旋風が魔法薬の煙を吹き飛ばした。それに一瞬怯んだものの、ナターリエ様の勢いは止まらない。


「吹き飛ばしたってもう遅いわ、あの魔物の大群は今にここにやってくるわよ。あの魔法薬にたっぷり込めたあんたの魔力に釣られてね!!」


 それに、と、嫌らしく顔を歪めたナターリエ様がどこかうっとりした声で語りだす。


「さっきの煙、見たでしょ?あれは竜玉がある家を屋敷ごと爆破した結果なの。この意味わかる?わからない訳ないわよね。正に今!残る4つの宝玉は爆散して力を失った!今に結界が消えれば、近海に集まってるヴァルハラの船にいる魔導師達が一斉にこの国に攻め入ってくるわ。そして侵略が成功した暁には、私は手柄を認められてヴァルハラの王太子妃になるのよ……!」


「この売国奴が……!」


 アイちゃんを守るように抱き寄せているウィリアム王子が苦々しく呟く。今の話が本当なら、本気で国が滅びかねない一大事……だけど。

 

「……ナターリエ様、残念ですが結界は消えませんよ!貴女が破壊した気になっている黒以外の残る竜玉は全て、すでに私達の手元にあります!」


「……っ!?嘘よ!口から出任せだわ!だってお父様は、残る竜玉はそれぞれの屋敷から貸し出して貰えなかったと……!」


 それは、ルドルフさんと師匠達の情報操作に加え、サフィールさんによる記憶改変の賜物だ。きっと窮地に陥ればナターリエ様は竜玉を破壊するだろうと読んで先回りして置いて本当に良かった。


 若干狼狽えたナターリエ様が、僅かに後ずさる。


「そ、それが本当かどうかは今にわかるわよ。私はもう行くわ!滅ぶ国になんか用は無いもの!それよりあんた達は自分の命の心配をしたらどう!?あの魔物達はあんたの髪から出した魔力で強化されてるから強いわよ!」


 そうだ、いくら結界があってもそれは国外の攻撃からこの地を守るもの。内部の戦いには意味を成さない。

 迫りくる魔物の大群は更に数を増し、もはや一つの大雲のようだ。いつか見たキラービーの群れなんか比じゃない。


 どうしよう……。いくらガイアが強くたってあの大群から、これだけ多くの人を守りつつ戦うだなんて無茶だわ。この場に居る他の兵士や騎士達は魔物との戦闘経験なんか無いだろうし……!


 片脚脱げた靴も破けた服も気にせず走るナターリエ様が、今にもこの場から逃走しようとしている。魔物の大群もとうとうこの場の真上にたどり着いた。

 どうするか決めかね身動いだけれど。何かをするより先に背後から優しく抱きしめられ動けなくなってしまう。


「ちょっとガイア、こんな時に……!」


「安心しろ、大丈夫だ。護るから、俺から離れないでくれ」


 甘く耳元で囁かれ、ゾクッとした痺れに身体から力が抜ける。脱力した私を抱えて『いい子だ』と頭を撫でているガイアの背後で、翼を生やした大蛇が大きく口を開いた。


 上がる悲鳴、弓を引く音と剣に手をかける騎士達。それらすべてを気にも止めず、ガイアはただ迫りくる大蛇の前に右手を突き出した。


「『待て』」


 怒鳴った訳じゃない。凄んでもいない。まして、攻撃も何もしていないのに、大蛇はガイアの命に応じてピタリとその動きを止めた。


 端正なその顔を見上げ口をパクパクさせる私に、ガイアがいたずらっぽく笑う。


「だから、大丈夫だと言ったろう?人間の魔力を魔物が吸収した場合、その魔物は術者に逆らえない」


 あの魔物達は、ガイアの魔力を吸わせて強化したとナターリエ様が言っていた。つまり……。


「『我が魔力を求めし者よ、力を得る対価に我が声に応えたまえ。平伏せよ』」

 

 威厳さえ滲ませたガイアの声は静かに辺りに響き、それに応じた魔物の大群が静止した。『散れ』とガイアが呟いたのを合図に、建物ひとつ傷つける事なく。煙を撒くように姿を消す。


 一人佇むガイアの黒髪が、静寂の中風でなびいた。


「さぁ、悪足掻きはここまでだ。観念してもらおうか」


     〜Ep.98 魔を従える者〜

 


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