4.土曜日、料理を作られました。【クロ】
4.料理を作られました。
どうやらまた眠っていたらしい。
痛み止めには眠気の作用もあったのだろう。眠りはすぐさま訪れた。
それよりもハルには感謝しなければ。
こんな危なそうな人間を匿うなんて、普通の人だったら考えまい。
動くことのできない体では大変助かっている。
だが、おいそれと不用意に人を家に上げすぎているのが、他人ごとながら心配だった。
浮上する意識とともに、困った現象も感じている。
尿意だ。
起き上がろうとすると、ハルはあわてて止めに来た。
「ま、まだ起きてちゃダメですよ!」
困った顔をするほかない。なんとか横にあった紙に書く。
『生理現象だ』
察してくれ。
「起きたいと思うのは生理現象かもしれないですが駄目です!!」
「……………」
駄目だ。察してくれなかった。この女、察しが悪すぎる。
『トイレだ。察してほしい』
「あ…!し、失礼しました!!そこの廊下のところです!!」
俺は溜息を吐くと、よろよろと起き上がってトイレに向かった。
戻ってくると、彼女はまだ恥ずかしそうにしていた。
「そうだ。お食事食べませんか?」
彼女の提案にうなずきで返す。
彼女は俺が眠っている間に作ってくれていたのだろう。
簡単に温めると、野菜の大量に入った炒めしを作ってくれていた。
「おまたせしました」
感謝のしるしとして一礼し、スプーンでめしをすくう。
一口食べて、すべての動きが止まった。
まずい。
まず過ぎる。
「どうかしましたか?」
もぐもぐと気にせず食べていくハル。
もしや、同じものを食べているのではないのか?俺のだけに毒が盛られているとか?
だが、そうであれば食事を待たずに殺しているだろう。
彼女の茶碗の中とこれは同じ色のようだ。
つまり、同じものを食べている。
…同じものを食べているはず。
それは、食事という名の暴力とも言える味だった。
まず、濃い。濃いだけならまだいい。
だが、何やら香辛料やら調味料などがふんだんにかけられている。
そして、細かく刻まれた野菜がなんともいえないえぐみを出している。
この苦みはゴーヤか…?アボガドも入っているのか?小松菜やホウレン草やよくわからない野菜まで入っているのか?
飲み込むことができない。
はっきりといって、腹部の傷よりもえぐい。
「えと、美味しくなかったですか?」
ハルが、とても、とても悲しそうな目で見てくる。
俺ははっとしたように、再び食べ始めた。
噛むのではない。飲み込むんだ。
味を感じてはいけない。
「ごちそうさまでした」
なんとか、完食することができた。
「おかわりいりますか?」
俺はゆっくりと首を横に振った。
なんというか、もう一杯だ。
俺は決意した。次は、俺が必ず作る、と。
傷以前の問題だ。次の攻撃には耐えられそうにない。
「この後コンビニ行ってきますが、何か必要なものはありますか?」
どうやらハルはコンビニに行くようだ。
必要なもの…色々とあるが、まずは最低限のものだろう。
『男性用の下着と、剃刀をお願いしたい。金はいつか必ず返す』
この借りだけではない。シーツやタオルも血で汚してしまった。
必ず返す。
「ある程度の貯蓄はあるから大丈夫です!あ、その下着…ですが……」
ハルがもじもじとしながら質問を投げつける。
「ぶ、ブリーフ派ですか!?トランクス派ですか!?」
そうだな。その選択は大切だな。
ブリーフ買ってこられた日にはちょびっと泣いてしまうかもしれないな。
買う前に聞いてくれてありがとう。そこは本当に大事だ。
『ボクサーパンツ派なのだが、なければトランクスで』
「わ、わかりました!」
再びベッドに倒れこみながら、ハルが出ていく音を聞く。
正直、ここまで他人と交流したのは久方ぶりだ。
普段の仕事はメールでやり取りしているため、会話などをしたことがない。
いや、この喉では会話などしようもない。喉を押さえながら自嘲する。
ハルの、小学生とも思える外見に絆されてしまうのだろうか。
その、性格に絆されてしまったのだろうか。
彼女といるのは悪くない……そう思ってしまったのだった。