次の国まで(3)
「……………ちゃん」
…………声がする。
「……お兄ちゃん」
……アイナ? ……俺は?
「お兄ちゃん! !」
……はっ! !
目覚めると俺は縄で縛られていた。縄で縛られたまま放置されていたのか強ばった身体の所々が痛い。近くには同じく縛られ、横になったリア、すっかり緩みきった顔で寝息を立てている。
動けない状況だがアイナに手を借り身体を起こすとアイナが縄をほどいていく。
「ごめんね、お兄ちゃん。今解くね」
縄を解きながらぽつりぽつりと事の次第を話してくれた。
「お兄ちゃん……アイナのお父さん、怒らないで。お父さんもそんな事するつもりは無かったから」
「兵士さんが来て、この村から出た悪い人だから捕らえろって。村がどうなってもいいのかってパパを怒ってた」
ヤバイと思った俺は窓から外を見ると日は落ちかけていた。
縄を解かれて自由になった俺はリアを起こしに掛かる、リアはもう食べられないよ~とお気楽な寝言が聞こえたが、構わず身体を無理やり起こし激しく揺さぶる。
「………ん? おはよぉーもぉ朝? ?」
寝ぼけ口調のリアの口を慌てて手で塞ぎ、状況を話す。
閉じられた口をもごもごさせたが、縛られた身体に気付き口をつぐむ。
大人しくなったところでリアの縄をほどく。
そんな最中アイナは俺達に向けて出来るだけ小さな声で言葉を発した。
「お兄ちゃん、窓から外に逃げて。兵士さんがくる前に早く」
そう言って部屋の窓を全開にする。外はまだ明るいが幸い小さな村であるため近くの森に逃げれば捕まることはないだろう。
「パパが来ないうちに早く逃げて!」
「ありがとう、アイナ」
「いいの、お兄ちゃん元気でね!」
開かれた窓を跨いで外に出る。続いてリア、落ちないように手を引いてあげる。案の定、縄で固まった身体のせいかバランスを崩したリア、慌てて身体を支える。
「ありがとう、レージ」
「こっちこそごめんな、こんな事になるなんて」
姿勢を正したリアは身体の埃を払い周囲を警戒しながら言う。
「そんな事どうでもいいのよ、早く逃げましょ」
辺りを見渡すと普段いるであろう所に村人は居なかった。
俺達は早々に村を脱出する事ができ、森の奥深くへと逃げ込んだ。
ーーーーーー
開け放たれた窓。散乱した縄。
本来縛られているであろう彼とその連れはもういないのが容易に想像できた。
そして彼らの脱出を促した者のことも。
無垢な瞳、可愛い我が子でしかあり得ないのだ。
「アイナ、何故彼らを逃がしたんだ?」
「だって、アイナのお兄ちゃんでしょ?助けなきゃ」
悪びれない、当たり前の様な顔をして我が子は答えた。
あぁ、そうか。我が子はまだ兄がいることを忘れていなかったのか。幼い頃は何度も亡くなった兄がいないことを否定していた。
大きくなってからは急に落ち着いたと思ったら……そうか。
「そうだね、アイナ。例え世間が彼を悪者だと言っても親は絶対に彼の味方でなければならないね……レージ、いや、お兄ちゃんを守らないとな」
うん!と元気な声を発したアイナを抱き締める。
すまないお父さん。貴方に任された村を守ることしか考えてなかった。こんな事をしてはダメなのだ。
愛しい我が子を抱き締めながら、この村を守る責務を果たす決意を改めてしたのだった。
ーーーーーーーー
すっかり日が落ちた森の中。
ひたすらに森を突っ切った俺の前には不自然に焼け焦げた一本の木。凄く見覚えがある、火の矢で焼けた跡のある木だ。そう、俺が目覚めたスタート地点に戻っていた。
俺だけがここにいればやり直せるんじゃないかと錯覚するが、リアと身に付けた装備が時が立った事を物語っている。
へとへとになった俺達は流石にここまでは追ってはこれないだろうと、やっと野宿する場所を決めた。
リアの話を聞けばこの位置だと驚いた事に進む方向を変えていれば近くには川もありもう少し行けば平原出れるという。
……あの時別方向に進んでいれば違った未来になったかもしれない。
辛い現実、考えてしまうと耐えられなかった。
唯一の救いは目の前にいるリアだった。
「……流石に疲れた~~!何か温かいものが食べた~い! !」
そんな彼女は、はー!と深いため息を付く。本当にすまない、追われている身でなければカカの村でも休めただろう。
野宿なんて女性がしたがる物じゃない。
せめてリアを安らげる何かないかと魔法袋を探る。
そういえばと取り出した食べ物。
「あっ!パン!美味しそうっ!温かい!レージの魔法って本当便利ね!」
そう言ってひょいと俺の手からパンを奪う。
そんな、盗らなくても……や、いんだけどさ。
やれやれと思いながらもう一つのパンを取り出す。
焼きたてで麦の味がしっかりとしてカカの実が入っており甘くて美味しいパン。
皮肉にも村を救った時に貰った物であった。
救った村に捕まるなんてな……
恩を仇で返される、正にこの事を言うのだろう。
アイナがいたおかげで逃げられたからそこまで気にしてはいないけれど……。
複雑な気持ちの中、なんだか苦い味のする甘いパンを食べながら朝がくるまで休むのであった。




