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(8)「エイリアン」

 朝鮮半島北部を襲った連続核爆発は、世界中を震撼させた。あらゆるメディアで誤報が飛び交い、米軍あるいは中華人民解放軍が北朝鮮に対して核攻撃を行った、という誤った憶測が大々的に報じられた。

 マスメディアやSNSで拡散された誤報により、世界中が恐慌状態に陥った。北朝鮮を巡って、米軍と中華人民解放軍が核戦争に突入する――そんな無責任な噂まで流れ、買い溜め、暴動、略奪が加速した。

 この事態で最も迷惑を被ったのは、米軍関係者であろう。米軍が駐留する韓国や日本を初めとする国々では反戦デモが多発。さらに米韓連合司令部では韓国軍側の関係者が、米軍関係者に詰め寄る光景まで見られた。


「まず朝鮮半島北部にて発生した連続核爆発は、我が中華人民解放軍による核攻撃でも、米軍による核攻撃でもない――人為的に引き起こされたものではないことを、明言しておきます」


 世界的な混乱に終止符を打つべく会見を開いたのは、中華人民共和国外交部であった。

青地に白文字で『中華人民共和国外交部』と大書された壁をバックに、女性報道官が堂々と、そして荒唐無稽としか思えない内容を発表する。


「朝鮮民主主義人民共和国に対する核攻撃は、未確認巨大生物によって行われたものです」


 米韓連合司令部が事態を把握出来ないまま、無為に時間を過ごしていた一方で、中共政府は朝鮮半島北部に起きた破滅を知悉していた。

 もちろん米韓連合司令部の情報収集能力が、中華人民解放軍に比べて劣っていた、というわけではない。北朝鮮は巨大生物に対して1度目の核攻撃を敢行する前に、中共政府に話を通しており、また核攻撃による撃破失敗後には中華人民解放軍の応援を要請していた。そのため中共政府は北朝鮮から巨大生物に関する情報を入手しており、そして現在は平壌を失って国外撤退を決めた北朝鮮首脳部を保護している。

 珍しいことに中共政府は、この件に関してはなにひとつ包み隠さず、現時点で判明している真実すべてを曝け出した。

 この時点ですでに彼らは理解していた――朝鮮半島北部を蹂躙した怪物は、一国の軍隊だけで打倒できる相手ではない、と。

 だが一方の記者たちや政府関係者たちは、耳を疑う思いであった。超音速で飛翔し、強力なマイクロ波で人間を殺害し、生体噴進弾/弾道弾で軍事組織を殲滅する。そんな動物が存在するなど到底信じられるものではない、中共政府が自身の核攻撃を誤魔化すために準備した、荒唐無稽なカバーストーリーとしか思えなかった。


「……以上が未確認巨大生物のもたらした惨劇についてです。現在のところ、朝鮮半島北部の大部分に放射性降下物が降り注いでおり、被害状況の調査および巨大生物の所在確認は進んでおりません。われわれ中共政府は中朝国境の警備を厳としており、難民救護等人道的救援活動にあたっています。ですが積極的な駆除作戦を展開する予定はありません」


 通常兵器もNBC兵器による攻撃も通用しない怪物を、撃破する自信はない。彼らは言外にそう認めた。人民解放軍は米軍に次ぐ世界トップクラスの軍事組織――それを握る中共政府でさえ、もし戦わば勝算はないと判断を下したのであった。下手に攻撃すれば、未確認巨大生物の次なる標的は、自国になるかもしれない。そんな恐怖が、言葉の裏に隠れていた。

 そして未確認巨大生物について情報を開示した後、中共政府は中華人民解放軍が戦時態勢に入る旨を発表した。

 巨大生物が単なるカバーストーリーだと信じて疑わない報道陣は、ここで初めて衝撃を受けた。中華人民解放軍が戦時態勢に入る、ということは有事が今後も続く可能性が高い、ということである。彼らは未確認巨大生物の存在など信用せず、ただただ人民解放軍の動静だけを気にかけた。

 ……それも仕方がないことだったろう。

 報道を管制し、日頃から秘密主義的な体質を隠そうともしない中共政府――それに慣れたマスメディアたちは、まさか今回だけは中共政府が真実を暴露しているとは思わなかったのである。


 そして朝鮮半島北部を襲った連続核爆発から数日後――9月12日、午後6時。


「未確認巨大生物は現在、ここ軍事境界線に向けて南進中である。我が人民軍陸軍は避難する人民と、南朝鮮の同胞を守るために決死の戦闘を続けている。だが我々の攻撃力は無限ではない、おそらく48時間後には未確認巨大生物はこの軍事境界線を突破し、南朝鮮に侵入するであろう」


 北朝鮮と南朝鮮とを分かつ軍事境界線、朝鮮人民軍陸軍と大韓民国陸軍が共同警備する板門店で、秘密会談が始まっていた。これは北朝鮮側の強い希望によるものである。

 朝鮮人民軍陸軍側からの参加者は、第2・第4軍団司令部から出向いた参謀たち。一方の大韓民国陸軍は、軍事境界線西部の防衛を担任する第3野戦軍司令部の参謀が主に参加。それに両陣営の政府高官や官僚たちが、少数混じっている。


「南朝鮮人民の生命と財産を守る責任を負う貴軍においては、速やかに避難計画を完遂し、軍事作戦準備を推進するべきである」


 会談は朝鮮人民軍陸軍参謀の、大韓民国陸軍参謀に対する忠告から始まった。

 彼ら朝鮮人民軍陸軍の前線将兵たちは、すでに国外逃亡した北朝鮮首脳部から見棄てられた存在であり、放射性降下物の降り注ぐ死の大地で、絶望的抗戦を続けていた――が、それもついに限界に達しつつあった。もはや全滅寸前の彼らに出来ることと言えば、南朝鮮に住まう5000万の人民のため、警告を送ることだけだった。


「忠告されずとも我々大韓民国国軍は国民を守るため、万全の態勢を整えている。貴軍とは違ってな」


 朝鮮人民軍前線将兵の、赤心の忠告――だが韓国軍関係者はそれを鼻先で笑った。敵意を隠そうともせず、軽侮の感情が篭った薄ら笑いを浮かべる参謀さえいる。韓国政府の関係者も顔を見合わせて、「くだらん怪獣騒ぎはどうでもいい」「軍事境界線に押し寄せた難民どもを、早々に偉大なる元帥様に引き取ってもらいたいものだ」と口々に言い合った。


「……未確認巨大生物など、荒唐無稽な話であることは分かっている。だがしかしそれは現実の脅威として、確かに存在しているのだ」


 そんな彼らに対して、朝鮮人民軍第2軍団の作戦参謀は無感情にそう言った。南朝鮮の連中は、事態の深刻さを理解しているのか――だが疲労と絶望のあまり、もはや怒気を発することさえ出来なかった。

 それを知ってか知らずか。韓国軍関係者は、まるで奸計を見抜いているぞ、とばかりに笑って言った。


「此度の連続核爆発が、貴様らの工作員を我が大韓民国領に浸透させるための自作自演であることはわかっている」

「なにを馬鹿な……」

「現在、軍事境界線に殺到している難民たちの中には、武器を携帯している人民軍兵士が紛れていた。自国を核の炎で焼いてまで、破壊工作の布石を打つとはな」

「米帝や貴軍は偵察衛星を利用できるはずだ。当然ながら巨大生物も映り込んでいただろう、我々は謀略などいっさい仕掛けてはいない」

「未確認巨大生物による攻撃――そのカバーストーリーは、SF映画やファンタジー小説から着想を得たのか?」


 韓国軍関係者のからかいに、北朝鮮側の人間は今度こそ絶望した。

 こちらの言葉は、まったくもって信用されない。半世紀以上の長い時間が育んできた相互不信を、僅かな時間で乗り越えて連帯するなど出来るはずがない。このまま会談を続けても、何の益も生まないことは間違いなかった。


「ここで話し合っても仕方がない――我々は、最後の戦いに臨もう」


 軍事境界線に面する北朝鮮の行政区域、黄海北道・黄海南道を防衛する第2・第4軍団の参謀たちは、迫る脅威の全貌を直接伝えることを、断念した。

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