(7)「怪獣×火砲×核弾頭 平壌SOS」
平壌直轄市に接する平安南道成川郡へ侵入した怪物は、ここで朝鮮人民軍陸軍平壌防御司令部隷下の諸部隊による、猛烈な火力投射に直面した。
対地ロケット弾の豪雨が降りしきり、さらに170mm自走加農砲を初めとする長距離砲や、その他の大小口径野砲が、純白の装甲を纏った怪物をぶん殴った。火焔を曳きながら数百発のロケット弾が怪物に向かっていく光景は、幻想的ですらある。晴天の空を翔けた砲弾は、次々と怪物に吸い込まれるように直撃していく。
次の戦争では短時間でどれだけ韓国陸軍に打撃を与えるか、いかにソウルを火の海にするかを考えてきた朝鮮人民軍陸軍――その彼らの瞬間的火力は、凄まじい。
「効果ありと認むッ!」
弾着を観測する兵士たちの視界の中で、怪物が一歩――確かに後ずさった。
絶大な防御力を誇る彼であっても、鋼鉄の奔流を逆行することはそう容易いことではない。
踏みとどまって大出力マイクロ波と生体噴進弾で反撃する怪物だが、広範囲に布陣した砲兵を一挙に殲滅することは出来なかった。また先の後方軍団とは異なり、平壌防御司令部の砲兵師団は自走砲を装備している。砲撃した後の陣地転換が素早く、そう簡単に生体噴進弾の餌食になることはなかった。
そうして進撃停止を余儀なくされた怪物に対し、朝鮮人民軍陸軍は切り札を投じた。
『冥府王、繰り返す冥府王』
『冥府王、了解』
朝鮮神話における冥府の神の名前が発せられると同時に、スカッドミサイルによる飽和攻撃が始まった。初手は高性能爆薬が詰められた通常弾頭の面制圧。さらにBC兵器を搭載した弾頭が撃ち込まれ、そして最後には――。
『冥府王、終了』
放射性物質を多量に含んだきのこ雲が、蒼空に立ち上がった。それもただ1つではない。2撃目、3撃目、4撃目、5撃目。怪物を完全焼却すべく、次々と人工の太陽が生まれては消えた。怪物がそれまで立っていた空間は、死の塵芥が舞い散る煉獄と化した。
もはやNBC兵器を使うことに、何の躊躇いもない。
怪物を撃破可能な術は、もはや核攻撃の乱打以外に考えられなかった。平壌直轄市に入ってからでは、この戦術は使えない。そう考えた朝鮮人民軍陸軍は、この平安南道ごと怪物を葬り去ることに、何の良心の呵責も感じなかった。
「これで仕留められなかったとしても、また2、3日は時間が稼げるはずだ」
これで片が付けばよし。もちろん相手は一度の核攻撃をも生き延びた超生物であるから、当然この連続核攻撃で相手が沈黙しない可能性も、朝鮮人民軍陸軍平壌防御司令部は想定していた。
だが先の核攻撃により、怪物は再生までにかなりの時間を要した。撃破出来ずとも、貴重な時間は稼げたはずである。
「平壌市民を避難させる時間、そして中華人民解放軍の援――」
「前線部隊より報告ッ、目標……前進中……!」
「は?」
死の灰煙の最中から、巨影が現れた。
全身焼き爛れ、赤熱した装甲を纏った怪物は、絶命寸前の満身創痍の姿に見える。
だが彼は一歩、また一歩と前進し――歩みを進める度に彼の生体装甲の表面が剥がれ、全身は再生していく。
『冥府王、失敗。現時点を以て、現世王を開始せよ』
『現世王、了解』
連続核攻撃で焼却出来ない以上、朝鮮人民軍陸軍に彼を撃破する火力は存在しないということになる。
そのため朝鮮人民軍総参謀部では、冥府王作戦が失敗した場合の保険、予備作戦となる『現世王作戦』を準備していた。
『海鷲、こちら白頭山。規定通り、作戦を開始せよ』
『白頭山、海鷲了解! 白頭の霊将よ、ご照覧あれッ!』
『……すまない』
怪物の上空に、朝鮮人民軍空軍第3飛行師団のMiG-21戦闘機が複数現れ、激しい空爆を開始する。
勿論、効果がないことは証明済み――だが対地攻撃による殲滅が狙いなのではない。人民軍空軍機は攻撃を仕掛けた後、素早く反転し、アフターバーナーを全開に南へ逃走を始めた。
それを怪物が、一瞥する。
次の瞬間には怪物は、変態を開始していた。
「目標、変態を開始」
「よし、かかったな」
目的はただひとつ、朝鮮人民軍空軍は残存戦力を全て投入し、空戦形態の敵を南へ――南朝鮮傀儡政権の領域へと誘引する。
朝鮮人民軍の総力を挙げて撃破できないのならば、他の領域に移動させるしかない。これで平壌直轄市を初めとする他都市が犠牲になることは避けられる、またこの怪物を南へ追いやることで、南朝鮮傀儡政権に打撃を与えることも出来る。
それが『現世王作戦』の狙いであった。
朝鮮人民軍空軍はこの作戦を、全戦力を費やしてでも完遂するつもりであった。当然ながら作戦に参加する部隊は、十中八九全滅するであろう。朝鮮人民軍空軍将兵は、まさに決死の覚悟でこれに臨む。
だが空軍機の決死の攻撃を無視するように、怪物は先に見せた飛翔形態ではなく、まったく違う姿形へ変貌を遂げていた。
まず肩から天を衝くように、複数の円錐状物体が伸長。さらに生体装甲の一部が下方へと延伸し、地面に深々と突き刺さる。そして新たに生まれた『冥府王』――“砲戦形態”が、咆哮する。
彼が泣き止むと同時に、肩部に設けられた円錐状の物体が切り離され、上昇を開始した。1発、2発――3発、4発、5発……放たれた十数発の円錐状物体は、地球の重力に逆らうように上昇を続け、大気圏外にまで達すると弾道を描きながら、急降下を開始した。
終末速度はマッハ20、迎撃不能。
そしてその物体は、平壌を初めとする北朝鮮各所の上空で、核分裂反応をもたらした。