(6)「怪獣大進撃」
人工太陽がもたらした熱と超音速の爆風、あらゆる生物が即死する放射線――それに曝された巨大生物は、身動ぎもせず死の大地に横たわっていた。全身は焼き爛れ、沸騰したように溶解したように見える。もはや彼は、19万トンの肉塊に過ぎなかった。
爆心地周辺では引き続き第3軍団が展開している。といっても怪物が再び動き出す可能性に備えているわけではなく、どちらかというと非戦闘員が爆心地へと立ち入らないように、阻止線を張っているというだけのことであった。
「我が領内で核を使う、か」
「やむを得なかったと思います。通常兵器では傷ひとつつかなかった」
巨大生物を足止めし、休息状態にまで追いやった第3軍団司令部は、最初から核攻撃の可能性を教えられていたわけではなく、直前に核攻撃を決行する旨を聞かされた。自国領内で核攻撃を行うなど、通常ならば狂気の沙汰にしか思えなかったが、今回は相手が相手だった。抵抗はあるが、やむを得ない。
その後、朝鮮人民軍陸軍第3軍団は、周辺警備を続行。
9月7日の午前4時には、NBC戦に対応した化学防護隊が到着し、調査を目的として巨大生物の肉片を回収し始めた。第3軍団将兵は、白い防護服を纏った隊員たちが漆黒の肉塊に群がり、表皮や肉片を集めていくさまをただ漫然と眺めるだけだった。第13警備旅団や人民保安員(警察官)が協力してくれているため、野次馬も集まったりはしない。彼ら第3軍団将兵はこのとき、死闘の後の平穏を享受していた。
……異変が起きたのは、同日午前7時の話である。
何の前兆もない。
怪物が、立ち上がった。
焼け爛れた外皮や拉げた装甲板――その表面が崩れ落ち、純白の生体装甲が露わになる。頭頂部から爪先までを装甲し、背中側からは刺々しい無数の生体噴進弾が新たに生成されている。中世騎士のバシネットめいて、顔面全体を覆った装甲。その合間から覗く瞳に、もはや感情は浮かんでいない。
「目標、再び行動開始ッ!」
「所定の部隊は即時、攻撃開始! 奴を進ませるな、ここに拘束しろ!」
「敵も無敵ではない、ここでもう一度足止めし、再度の核攻撃を行えば必ず倒せる!」
対する第3軍団は、先の戦闘と同じ戦術を採った。放射性物質が舞う中で歩兵に肉薄攻撃をさせるわけにはいかないので、59式戦車が主力の小部隊を出撃させ、攻撃させてすぐさま退避させる。
だが怪物は反撃の素振りを見せなかった。
何の痛痒も感じないのか、無反応に戦車隊を見下ろすだけ。
それから遅れて。彼は長槍めいて発達した生体装甲を纏う前腕を、振るった。
「何を――」
第3軍団将兵が、破裂した。
一瞬で体内の水分や血液を超高温に温められた歩兵たちに、悲鳴を上げる間もなかった。水風船のように破裂し、内容物を全てぶちまけて絶命。断末魔の代わりに、ボッという間抜けな音を立てて、ほぼ無抵抗のままに死んでいく。
怪物の前腕から放たれたのは、大出力のマイクロ波。彼は電子レンジと同じ原理で、瞬く間に生身の人間を破壊したというわけだ。
「核攻撃を要請しろ!」
前線部隊との通信が次々と途絶したことから、事態が尋常ならざるものだと理解した第3軍団司令部は、何の躊躇もなく核兵器による援護を要請する。
だが一方の怪物は、すでに進撃を開始していた。マイクロ波で生身の歩兵や砲兵を虐殺し、生体噴進弾で装甲車輛を撃破しながら、ただひたすらに南西――平壌の方向へと歩を進め始めていた。朝鮮人民軍の弾道ミサイルは、核弾頭を搭載していたとしても、移動する標的に有効打を与えることは出来ない。
第3軍団は被曝も恐れず全滅覚悟で踏みとどまり、反撃を加え続けたが、やはり火力が劣弱に過ぎた。攻撃を浴びた怪物は足を止めることなく、ただただマイクロ波と生体噴進弾で淡々と反撃する。その様は戦闘、というよりも作業に近い。
第3軍団の防衛線は容易く突破され、怪物は9月7日午前9時に平安南道へと侵入した。
対する第3軍団は、すでに避難が終了している平安南道の東部で怪物を阻止することを決意する。マイクロ波に対する防護力のある旧式戦車を前衛部隊の主力とし、さらにマイクロ波の直撃を避けられるよう、丘陵地帯に砲兵を配置。徹底抗戦を開始した。
しかし超強力マイクロ波と生体噴進弾による広域制圧射撃が、その企図を挫いた。
9月7日正午――第3軍団、戦闘力喪失。
こうして平壌直轄市への道は、開けてしまった。
その頃、平壌直轄市では平壌防御司令部が、防衛線の構築を完了していた。
平壌防御司令部の戦力は、1個軍団相当――しかも先の戦闘で敗れた後方軍団とは異なり、優良な正面装備が配されている。さらに軍事境界線を抱える黄海北道、黄海南道から引き抜いてきた戦力が、そこに合流している。
ここに決戦が、生起する。