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(5)「ドゥームズ・デイ:リサージェンス」

「なぜ害獣一匹に手こずった」


 平壌市内某所にて開かれた秘密会議は、冒頭から異例となるキム朝鮮労働党委員長の叱責から始まった。

 彼の怒りの矛先が向けられたのは、人民武力相や朝鮮人民軍総参謀長といった軍高官。彼らはみなキム朝鮮労働党委員長の嚇怒に恐れをなし、沈黙して視線を落とすことしか出来なかった。


「貴様らには裏切られた」


 キム朝鮮労働党委員長は本気でそう思っていた。

 祖父の時代から朝鮮人民軍は、様々な面で優遇されてきた。

 朝鮮労働党は常に食糧や燃料、その他の物資を人民軍へと優先的に回すよう努力してきたのだ。それも朝鮮人民軍が社会主義を奉じる祖国と、それを指導する党中央を守る精兵である、と信じていたからだった。

 ……ところがどうだ、このざまは。

 朝鮮人民軍空軍は手も足も出ず、陸軍は3個軍団を展開してようやく足止めに成功――そして最後まで通常兵器による駆除が出来ないまま、自国領内で核兵器を使用するという無様な結果で、一件を終息させた。


「おそれながら」


 勇気あるひとりの軍高官が、重い口を開いた。


「後方軍団の正面装備は、半世紀前から更新されていないものも多く、機械化部隊も弾薬・燃料・部品不足で稼働が困難でした。それが巨大生物を仕留めるだけの火力が準備できなかった理由です」


 この時点で軍高官らは、自身らが粛清されることは覚悟の上だった。

 キム朝鮮労働党委員長は権力の座についてから、すでに70名以上の政府高官を処刑している。粛清、あるいは失脚させられた人間の数は数え切れないほどだ。朝鮮人民軍関係者では、2015年4月にヒョン人民武力部長が、高射砲で射殺されたことが記憶に新しかった。

 自国領内にて外敵の跳梁跋扈を許した以上、粛清されるのは目に見えていた――ならば言いたいことを言った方がいい、というわけである。


「米帝と南傀儡政権が攻撃を仕掛けて来ても、貴様らはそう言い訳するのか?」


 対するキム朝鮮労働党委員長は、冷徹な眼差しを軍高官に向けた。

 だが肝の据わった軍高官はむしろ表情を険しくして、言葉を重ねた。


「我々は米帝と南傀儡政権を倒すために、精鋭の特殊部隊を鍛え上げ、大量破壊兵器の戦力化に努めてきました。一方で通常兵器の維持と更新は、後回しにされてきたのが実情です。また優良なる前線軍団は、南を睨む必要から軍事境界線に配されています。……我々は帝国主義の手先と戦う準備は出来ていましたが、あれは想定外の相手だったとしか言えません」


 彼の弁は事実であった。

 朝鮮人民軍の通常兵器は、在韓米軍・韓国軍のそれに比して、遥かに劣弱である――それは軍関係者ならば誰もが知っている常識だった。故に朝鮮人民軍は非対称戦によって優位に立つため、特殊部隊の創設と訓練に注力してきた。また優良なる機械化部隊を有する軍団は、軍事境界線沿いに集中配備されている。

 そのあたりの事情を鑑みれば、北東部に突如出現した怪物を、朝鮮人民軍が撃破できなかったのも、やむを得ないことだと理解できるだろう。

 心血を注いで錬成した特殊部隊は、怪物に対しては無力だ。そして正面装備の陳腐化と燃料不足が著しい後方軍団に、勝ち目などあるはずがない。

 南傀儡政権軍に備え、軍事境界線に戦力を張り付けなければならないのは、地政学的問題である。特殊部隊や大量破壊兵器を重視してきたドクトリンはともかくとして、燃料不足や近代化が遅れている問題は朝鮮人民軍だけの責任ではない。


「相性が悪かった、とでも言うつもりか」


 キム朝鮮労働党委員長の問いに、軍高官は「はい」と頷いた。

 実際そうなのだから、仕方がないと完全に開き直った形である。

 彼は内心では今回の一件、責任を負うべきは朝鮮人民軍総参謀部ではない、とまで思っていた。では今回の災禍を生んだ責任の所在は誰にあるかと言えば、それはこの国の最高権力者、キム朝鮮労働党委員長にあるのではないか――そこまで論理を飛躍させていた。

 なにせキム朝鮮労働党委員長は、国務委員長や政治局の常務委員を務めると同時に、武力組織を掌握する中央軍事委員会委員長の座にあり、また朝鮮人民軍最高司令官を務めている。

 軍事的失敗の責任を追及するであれば、当然ながら組織のトップとなるキム朝鮮労働党委員長に行き着くべきではないか。

 さすがにそれを口にするほど、軍高官も愚かではない。


「……処分は、追って伝える」


 一方、しばらく沈黙していたキム朝鮮労働党委員長は、重々しくそう告げた。

 これによりようやく彼の叱責の時間が終わり、会議が進行を始めた。

 最初に報告されたのは、爆心地の状況と巨大生物の動静についてであった。放射性降下物を含んだ所謂「死の雨」が降りしきり、詳細な調査は不可能であるものの、巨大生物は絶命したものと推測されている。


「遠方からの目視による観察結果になりますが、目標の背面装甲や四肢の体細胞は焼け爛れて融け出したように見えるそうです。当然ながら目標は身動ぎひとつしていません、完全なる沈黙状態です。おそらく絶命したかと」

「10キロトンの核爆発直下だぞ。数十万度の熱と超音速の爆風、致死量の放射線で浴びて無事でいられるわけがない」


 すでに北朝鮮首脳部は、善後策を打ち出すために頭を捻っていた。短期的に見ても、巨大生物の死骸をいかに処理するか、国内外に今回の事態をどう発表するか、避難民をどこに収容するか――問題は山積している。


 ……だが続いて入ってきた報告により、その悩みは吹き飛ぶことになる。

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