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(4)「小さき勇者たち」

 北朝鮮北東部の行政区域、咸鏡南道にて破壊の限りを尽くした怪物は、いよいよ北朝鮮中央部の平安南道に侵入しようとしていた。人民軍の反撃や地形の関係もあり、陸戦形態の彼は概ね時速約20㎞から30㎞のペースで進撃を続けている。

 これに対する朝鮮人民軍陸軍は、第3軍団を咸鏡南道と平安南道の境界に展開させた。彼らにかかるプレッシャーは、大きい。仮に平安南道が突破されることがあれば、その先にあるのは平壌だ。人民軍陸軍第3軍団はいかなる犠牲を払ってでも怪物を阻止する、あるいは平壌を守るに足る戦力が整うまで、時間を稼がなければならなかった。

 第3軍団司令部は上層部から「少なくとも12時間、怪物を咸鏡南道に拘束する」よう命令を受けていた。が、第3軍団司令部の参謀たちは、最初からそれが無理であることを理解していた。平壌の北方を守る第3軍団ではあるが、やはり扱いは“後方軍団”。先に敗れた第7・9軍団と同様に、主力は軽歩兵と旧式兵器であり、怪物を阻止できそうな火力はない。

 しかも火力増強もなかった。軍事境界線の前線軍団から戦力が引き抜かれているにもかかわらず、である。どうやら上層部は引き抜かれた戦力をすべて、平壌直轄市の直接防衛に充てる腹積もりらしい。

 こうして事情もあり、第3軍団司令部の作戦参謀たちの間には、戦う前から厭戦気分が募っていた。


「我々は時間稼ぎのための捨……」

「それは言うなッ!」


 だが思わず不平を漏らそうとした作戦参謀を、第3軍団長は一喝した。


「平安南道は400万、そして平壌直轄市は200万の人民を抱えている。これだけ言えば十分だろう、我々に敗北は許されない」


 政治的な駆け引きは抜きにして、人民を守れずして何が人民軍か。特に平安南道は北朝鮮の領域内で最大の人口を抱える行政区域であり、避難にはことさら時間がかかる。栄達のため、面子を守るため、党中央のためではなく、彼ら人民のために時間を稼ぎ出さなければならなかった。装備が劣弱であっても、負けてはならない戦いがある――それが今回の戦いだ。


「我が第3軍団の火力は確かに劣弱であり、保有する火力をすべて集中させたとしても、怪物を撃破するのは不可能だ。だから広域防御を採る」


 第7・第9軍団が大敗を喫した理由のひとつには、目標の早期撃滅を図り、戦力を集中させて包囲陣を形成したことにある。そのため一戦で、一挙に戦闘力を喪失する羽目になった。

 そのため第3軍団は正反対に、戦力を分散させることにした。敵目標の想定される進撃路に部隊を分散配置させ、逐次に攻撃を仕掛けて足止めを試みるのである。そして先制攻撃を仕掛けた後の部隊はすべて、北方へ逃げる――これで目標を北方へと誘引出来れば、少なくとも平安南道と平壌直轄市は難を逃れることが出来る。


「相手は所詮動物、攻略の優先目標などないだろう。米帝や南朝鮮の傀儡圧制軍であれば、迷わず平壌へと足を向けるだろうが、知性のない怪物は十中八九、目の前の逃走する部隊を追撃しようとするはずだ」


 第3軍団長の考えは都合が良すぎる気がしないでもないが、根拠がないわけではなかった。実際、先の戦いで怪物は、壊走する第7軍団と第9軍団の前線部隊を執拗に追撃し、それによって両軍団から戦闘力を奪っている。

 もし仮に北方へ誘引できなければ、分散配置した部隊にそれぞれ時間差で奇襲攻撃、一時退却を繰り返させて、拘束を図るという作戦計画になった。

 怪物を平安南道と平壌直轄市に入れないためには、この作戦しかない――ように第3軍団司令部の人間には思えた。


 しかし遅滞戦術に成功したとしても、砲爆撃が通用しない相手をどうやって始末するつもりなのか――第3軍団司令部の人間はみな疑問に思っていたが、このときは誰もが口には出さなかった。


 結論から言えば、咸鏡南道南西部にて怪物を迎え撃った朝鮮人民軍陸軍第3軍団は、怪物を拘束することに成功した。前線部隊はヒット&アウェイを繰り返し、目標の注意を惹きつけては一時撤退することで、損耗を最小限に抑えながら10時間以上に渡り、怪物の足を止めてみせた。

 意外な活躍を見せたのは、旧式の主力戦車よりもRPGを携行した歩兵たちであった。彼らは廃墟の最中を駆け回り、怪物に近づいてはRPGで攻撃を仕掛け、すぐさま逃げ隠れする。怪物は血眼になってちょっかいをかけてきた相手を探そうとするが、彼にとって小さすぎる歩兵の所在を特定するのは困難だった。

 そうしている間に怪物は疲弊し、ついに休眠が必要になったか――第3軍団の攻撃も無視してその場にうずくまったまま、動かなくなった。

 命懸けの彼らの勇気が、僅かな時間を稼いだ。

 その積み重ねが、作戦目標の成功に結びついたのであった。


 そして朝鮮人民軍陸軍第3軍団将兵の奮闘は、全てを無に帰す希望の光を呼んだ。


 網膜を灼く白光が閃いた、次の瞬間。直径400メートル、表面温度6000℃を超える火球が怪物を中心とする一帯を呑み込んだ。さらに熱線が撒き散らされ、周囲の可燃物がみな等しく灰燼と化す。そして万物を圧し潰す超音速の爆風が吹き荒れ、その後に真空状態となった爆心地へすぐさま爆風が吹き戻る。

 高い空に、巨大な墓標が生まれた。放射性物質を大量に含んだキノコ状の雲が濛々と広がり、中性子線やガンマ線が吹き荒れて、地表を濃密な死で埋め尽くす。

 北朝鮮領域内某所から放たれた改良型スカッドミサイルの弾頭は、その役目を果たした。約10キロトン級の核爆発。人類の究極兵器は確かにその暴虐を解き放ち、期待通りに一帯を破壊し尽くしたのだった。

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