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(3)「大怪獣火力決戦」

『我らが太陽が昇る。繰り返す、我らが太陽が昇る』

『我らが太陽が昇る、了解』

『白頭山訓練熱風で鍛えられた我ら一騎当百の勇猛を轟かせよ!』

『了解。社会主義の我が祖国と党中央を守ることを誓う!』


 作戦開始の合図が発せられると同時に、払暁の空を無数の砲弾が翔けた。朝鮮人民軍陸軍将兵の頭上を越え、重力に曳かれるまま破壊の権化が落着する。そして、炸裂。

 人民軍将兵はみな、確かにその目で見た。黒煙と爆炎が轟轟たる勢いで上がった。土煙の最中から耳をつんざく爆発音と、そして確かに甲高い悲鳴が上がった。いくら人民軍陸軍の砲兵装備が旧式とはいえ、距離・方位ともに観測済みの静止目標――しかも全長約200メートルの馬鹿でかい標的を外すわけがない。最低でも30発近い直撃弾が出たはずである。


「朝鮮人民軍万歳!」


 鋼鉄の雨霰を浴びて、無事でいられるはずがない。

 誰かが目の前の一大スペクタクルに歓声を上げ、万歳を叫んだ。

 それに呼応するように、次の瞬間には土煙の最中から巨影が現れた。


「馬鹿な」


 晒したその姿は、砲撃開始直前とは似ても似つかない。

 後脚でその巨体を支え、直立二足で立ち上がる――全身は装甲され、その外見は恐竜というよりも、背中が曲がった中世騎士に見える。自由になった前腕からは、槍のように発達した皮骨が伸びている。全高195.0メートルの巨体が、自身を取り囲む朝鮮人民軍将兵をゆっくりと睥睨した。その瞳は、赤い。


「目標健在、続けて撃て!」

「第2射、撃ち方始――」


 人民軍陸軍砲兵が砲撃を再開すると同時に、怪物も攻撃を開始した。

 背面装甲が展開し、円錐状の物体がせり上がり――次の瞬間には、円錐状の物体が連続射出され、人民軍将兵の頭上に降り注いだ。


「対砲兵射撃だと!?」

「陣地転換を急がせろ!」

「駄目です……間に合いません」


 人民軍陸軍砲兵の砲撃が命中すると同時に、怪物が放った生体噴進弾もまた旧式戦車や野戦砲に命中した。生体噴進弾による対砲兵射撃。先の空襲の際、Su-25攻撃機が放った対地ロケット弾にヒントを得たのか、それとも素よりそうした防御機構を備えていたかはわからない。その射撃精度は正確無比であった。

 こうして始まったのは、熾烈なダメージレース。

 人民軍陸軍砲兵は陣地転換を行いながら、熾烈な砲撃を絶やさない。

 一方、砲戦に対応すべく陸戦形態に変態した怪物も、砲弾の弾道から砲兵の所在を割り出し、背部から生体噴進弾を射出し続ける。

 彼我の砲弾が、交錯し、命中し、炸裂する。陣地転換が間に合わない牽引式野砲が吹き飛ばされ、全身に破片を受けた砲兵が絶命する。榴弾が怪物の頭部や肩部に命中し、破片を撒き散らす――が、漆黒の装甲には傷さえつかない。


「駄目だ、撤……後方に転進するぞ!」

「貴様ァ、敵前逃亡するつも……」


 次々と空中で生体噴進弾が炸裂し、地表へと破片が撒き散らされ、生身の歩兵や砲兵の間で負傷者が大量生産される。

 彼我の撃ち合いは朝鮮人民軍陸軍にとって、到底勝ち目のない競争であった。130mmクラスの火砲では、彼の装甲に傷ひとつつけることが出来ない。そして旧式火砲の多い人民軍砲兵は、怪物の反撃を回避する術がなかった。これが優れた機能を持つ自走砲であれば、また別だったろうが、現実は非情である。

 結論を言えば、端川市での戦闘は朝鮮人民軍陸軍の大敗で終わった。

 第7・第9軍団司令部は、戦車や火砲の攻撃が通用しないことを理解した後も、撤退せずにその場で抗戦を続けた。機械化歩兵や軽歩兵による肉薄攻撃が繰り返され、そして屍山血河が出来上がった。数の乏しい対戦車兵器や自動小銃、手榴弾は、言うまでもなく無力だった。だが両軍団司令部の参謀たちは、粛清を恐れるばかりに撤退するタイミングを逃した。

 時間を置かずして前線部隊は壊走を開始。それを陸戦形態の怪物は追撃し、無慈悲な殺戮を繰り返した。

 結果、午前10時の時点で第7・第9軍団は、攻撃力を完全喪失した。

 その後、巨大生物は端川市内の重化学工業地帯を蹂躙すると、陸戦形態を保ったまま、南西方角への進撃を続け、人口約80万の咸興市に侵入。咸興市の市民たちの多くは逃げきれず、端川市の方面から逃げてきた避難民とともに虐殺の憂き目に遭った。


「これは単なる軍事演習ではないのか?」


 一方そのころ、偵察衛星が収集した映像を精査していた米韓連合司令部は、ようやく朝鮮半島北東部で、朝鮮人民軍が“なにか”と戦争をしていることに気がついた。


「軍事境界線に配備されている北朝鮮の地上部隊が、次々と北上していることが確認されています。その規模は師団、あるいは軍団規模です。軍事演習を行うにしても、軍事境界線に配置している軍団を北へ動かし、わざわざ我々に対する守りを手薄にする、とは考えられません」

「……軍事境界線の地上戦力を引き抜いてでも、対応しなければならない緊急事態が発生している、ということか」

「そう考えるのが自然です」

「また咸鏡南道の主要都市が廃墟と化しています……おそらく戦禍によるものかと」


 だがしかし米軍の偵察衛星も万能ではない。当然ながら偵察衛星は、朝鮮半島上空を通過するタイミングでしか情報収集を行えないため、常に監視が出来るわけではない。また人民軍基地や駐屯地のような特定のポイントを分析するならともかく、不特定の広域を分析して、人民軍が戦っている敵の正体を突き止めるのは容易い話ではなかった。

 ともかく韓国軍と在日米軍は、デフコンレベルを引き上げて警戒態勢に突入。また韓国軍は独自の珍島犬2号警報を出し、局地的な戦闘に対応できるよう諸部隊の引き締めを図った。


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