(12)「FINAL WARS」
未確認巨大生物の大出力マイクロ波と生体噴進弾による大量殺戮と、現地民よりも自国民の生命を優先した米軍の核攻撃により、約600万という夥しい死者を出しながら、ソウル特別市は陥落した。
熱核兵器でさえ撃破不能の怪物に対して、韓国陸軍第3野戦軍と在韓米軍第2師団は抵抗を続けていたが、いよいよ抗しきれずにずるずると後退を開始。
それに代わり、軍事境界線・首都圏以南を守る韓国陸軍第2作戦軍が、未確認巨大生物に攻撃を仕掛けた――が、遅滞戦術もかなわない。韓国陸軍第2作戦軍が有する戦力は、7個師団に及ぶ。が、その中で常備師団はたったの1個でしかなく、残り6個師団は応召兵から成る郷土師団、1軍・2軍ですらない3軍戦力だ。第2作戦軍は鎧袖一触で粉砕された。
もはや朝鮮半島の人類戦力では、怪物を足止めすることさえ出来なかった。
超音速の衝撃波に耐える純白の生体装甲を纏い、槍状に発達したマイクロ波発射器官を備える両腕を振りかざしながら、彼はただただ撤退する米韓連合軍を追撃した。
地上戦力では歯が立たないことを認識した米韓連合司令部は、空爆による足止めを狙ったが、彼の侵攻ペースに変化はなかった。怪物は飛翔形態にすらならず、されるがままに空軍機をただ無視して、眼下を逃げ惑う避難民を虐殺し続けた。
9月15日正午、怪物はようやく韓国中央部の忠清北道清州市にて進撃を停止。
米韓連合司令部はこれを奇貨として、韓国陸軍第2作戦軍と第3野戦軍の再編成を急ぐ――が、核攻撃の影響で補給・休息・連絡、すべてがうまくいかず、再編成は遅々として進まなかった。
韓国が絶望的惨禍に見舞われている最中、世界各国でもまた恐慌状態に陥っていた。
核攻撃を受けた各国政府は被害状況の確認と、死傷者への救援に忙殺され、生体弾道弾を防御する術がないことに絶望した。
そして人々は巨大生物が健在でいる限り、世界のどこであっても核攻撃を受ける可能性がある、という受け入れがたい事実に気づき、発狂した。あてもなく無秩序な避難を開始する人々、横行する略奪、避難民により占拠される地下鉄。
9月15日午後18時(韓国現地時間)には、休息していた怪物が砲戦形態へと変態開始。
18時から19時にかけて、10発の生体核弾頭を発射した。内1発は日本国海上自衛隊護衛艦『こんごう』、さらに1発を米第7艦隊所属艦『ベンフォールド』が弾頭無力化に成功。だが残る8発は、無傷のまま世界中へ散った。
そして8発中、6発は南シナ海やインド洋、大西洋といった大海にて炸裂し――最後の2発は中華人民共和国福建省福州市中央部、ポーランド・マウォポリス県クラクフ市を直撃。両市合わせて約50万近い即死者を出した。
一方、9月15日午後21時。中共政府が衝撃的発表を行った。
「朝鮮人民軍が採取した細胞塊を分析した結果、未確認巨大生物は著しい再生能力を有しており、通常兵器はもちろん核兵器の殺傷能力では、絶命たらしめるのは困難である、という結論に我々は達した。が、その再生回数は決して無限ではない。損傷と再生を繰り返すことで、細胞が内包する遺伝子が傷ついていき、最後には再生が不能となる」
未確認巨大生物は、決して無敵ではない――中共政府の発表は、人類にとっては一筋の光明であった。朝鮮人民軍は最初の核攻撃の後、休息状態の未確認巨大生物から細胞を採取していた。それが亡命した北朝鮮首脳部を通して、中共政府へと渡って以降、巨大生物の細胞分析が中共政府の手でなされてきたのである。
もちろん中共政府としては、未知細胞の分析結果だ。本来ならば公表などしたくないところだろう。だがもはや彼らも、なりふり構ってはいられなかった。自国領に直接的被害が出ているのもそうだが……万が一、未確認巨大生物の生体核弾頭が、南極や北極で炸裂すれば、待っているのは地球規模の環境激変か、人類滅亡である。看過はできない。
「未曾有の天敵に対して、我々人類は立ち向かう覚悟と、未来を勝ち取る決意を固め、絶滅戦争を挑まなければならない。現在、人民解放軍は持てる全軍備を以て、目標を攻撃する準備を進めている。だが我が戦略ロケット軍の飽和攻撃でさえ、未確認巨大生物を殺し尽くせるという保証はない――」
最後に中共政府が提言したのは、全人類軍総火力戦。至極単純な作戦計画だ。未確認巨大生物の再生限界が訪れるまで、通常兵器、BC兵器、熱核兵器による攻撃を繰り返す。
「このまま原子怪獣の無差別核攻撃が続けば、現代科学文明は滅びるであろう。我々は飢えと夜闇に怯えていた原始時代に戻るつもりはない」
中共政府による提言後、事態は動き始めた。
国際連合安全保障理事会は国際連合憲章第7章第39条に基づき、原子怪獣を平和に対する脅威と認定。軍事的強制措置を採ることを決議した。さらに「汎人類集団的自衛権の行使」を認める旨を発表。これは原子怪獣による攻撃を人類全体の脅威として捉え、攻撃を受けた人類国家を守るために、攻撃を受けていない第3国が軍事力を行使することを認める、というものであった。
さらに国際連合安全保障理事会は、常任理事国の軍高官を中心とした軍事参謀委員会を参集。
続けて国際連合憲章第7章第43条に基づき、安全保障理事会はすべての国連加盟国に戦力提供を求めた。
強権的な国際連合軍編成の動きに、反対の声はほとんど上がらなかった。
安全保障理事会常任理事国は強い意向を以て国連軍編成にあたっていたし、大多数の国連加盟国は1日でも早く害獣駆除が成し遂げられるのを望んでいたからだ。
原子怪獣の所在地から離れている加盟国も、原子怪獣の脅威に直接晒されている加盟国も、みな原子怪獣の即時殲滅を希望した。前者は物理的に大規模兵力を送り込むことが不可能なため、自国軍の血はさほど流れない。後者は韓国を破壊し尽くした原子怪獣が、次は自国領内に侵入するのでは、という恐怖に駆られていた。
9月16日午前7時、原子怪獣は行動を再開。
10発の生体核弾頭を乱射し、大韓民国全羅南道羅州市(人口約10万)、ブラジル連邦共和国アマゾナス州マナウス(人口約200万)を1メガトンの生体核弾頭で消し飛ばすと、陸戦形態に再変態し、南方へと進撃を開始。
韓国陸軍と在韓米軍は、これに抗する力を持たない。
9月16日午後15時には大田市が陥落。さらに日付が変わる頃には金泉市に侵入し、破壊の限りを尽くした。
9月17日午前2時、原子怪獣は金泉市において休息――、一方の韓国陸軍の残存戦力は韓国第3の都市、大邱広域市を守るべく戦力を集結させた。
9月17日正午、原子怪獣は再び行動を開始。複数の生体核弾頭を発射、大多数が洋上か陸地の過疎地域にて炸裂したものの、1発がモザンビークのマプト市(人口約100万)を直撃した。
その後、怪物は大邱広域市を守備する韓国陸軍を駆逐し、韓国南西部の都市に破滅をもたらしていき、9月18日午後23時、原子怪獣は釜山広域市影島区にて休眠状態に入った。
そして9月18日午前6時――反撃の烽火が上がる。
「プロメテウスの火は下り、パンドラの希望は手元に残った。繰り返す。プロメテウスの火は下り、パンドラの希望は手元に残った」
史上空前、利害関係も政治的信条をも超えて、人類存続のために集った国際連合軍――否、人類連合軍による全人類総力戦が始まった。
「了解、“プロメテウスの火は下り、パンドラの希望は手元に残った”!」
「朝鮮人民軍戦略軍司令部へ連絡せよ、“白頭山に二重の虹かかる”」
「インド海軍連合艦隊司令部ヴィクラマーディティヤへ、“ブッダは微笑んだ”」
釜山広域市影島区にて休眠する原子怪獣を叩き起こしたのは、朝鮮人民軍戦略軍と中華人民解放軍戦略ロケット軍、ロシア連邦戦略ロケット軍による飽和攻撃であった。高性能爆薬を積んだ改良型スカッドミサイル、ノドンミサイル、そして核弾頭を積んだ東風21号、トーポリミサイルが、廃墟と化した釜山市街を煉獄に塗り替える。この瞬間降り注いだ弾頭数は、通常弾頭の弾道弾257発、最大出力500キロトン核弾頭50発。約300発という前代未聞のミサイル攻撃が、僅か15分の内に行われた。
あらゆる生命の存在を否定し、一瞬で滅却する地獄の業火。
だがその最中でも、原子怪獣は生きていた。
砲戦形態へと変態し、報復核攻撃を開始する原子怪獣――。
「目標30、高度100㎞、中間段階へ移行中」
それに対するのは、釜山周辺海域に展開した人類軍連合艦隊――弾道ミサイル防衛能力を有する海上自衛隊護衛艦『こんごう』『きりしま』『みょうこう』『ちょうかい』、米海軍第7艦隊タイコンデロガ巡洋艦『シャイロー』を初めとするイージス艦8隻、ロシア連邦海軍所属スラヴァ級ミサイル巡洋艦『ヴァリャーク』、重原子力ミサイル巡洋艦『キーロフ』。
無限に存在する熱源、荒れ狂う電磁波の最中で始まった熾烈な防空戦闘――が、結果は人類側の完封に終わった。
続けて米空軍ICBMミニットマン、英海軍ヴァンガード原子力潜水艦から発射されたSLBMトライデントD5が、釜山上空に飛来。それぞれ300キロトン、475キロトン級の核爆発を立て続けに発生させ、膨大な熱量と超音速の爆風によって原子怪獣を殲滅にかかった。
放射性降下物が降り注ぎ、漆黒の暗雲立ち込める下で、原子怪獣が咆哮する。焼き爛れた全身が再生し、ひび割れた生体装甲が脱落した傍から、新たな生体装甲が発達する――その直後、米原子力潜水艦が発射したトマホーク巡航ミサイルと、重原子力ミサイル巡洋艦『キーロフ』が放った超大型P-700艦対艦ミサイルが直撃した。
思わず体勢を崩した原子怪獣は、次の瞬間には鋭角的なフォルムの飛翔形態へ変態し、大空へ飛び出した。
連続核攻撃に大質量の艦対地・艦対艦ミサイル攻撃が、よほど耐えかねたのだろう。逃走を図り、瞬く間にマッハ19.50にまで加速する――前に米空軍第18航空団所属のF-15Cが発射した近代改修型AIM-2ジニー約20発が、彼に殺到した。
次の瞬間、釜山上空一帯の空域が、2キロトン級核爆発に埋め尽くされた。
空対空誘導核弾頭の連続攻撃。陸戦形態や砲戦形態とは異なり、飛翔形態は防御力が低い。翼膜を失う手痛いダメージを負った原子怪獣は、地表へ遅々とした速度で緩降下を余儀なくされた。その原子怪獣に中距離空対空誘導弾約300発が、吸い込まれるように次々と命中。中国空海軍機、ロシア空海軍機、インド海軍機、台湾空軍機、航空自衛隊機、極東に集った空軍全力の火力投射は、確かに空中で無防備を晒す原子怪獣に打撃を与えた。
釜山市南区に落着した原子怪獣は、陸戦形態に再変態して、満身創痍の身体を一瞬で癒すと海原を睥睨した。
『世界中から集ってくれたみなみなに、大韓民国海軍の実力を見せてやれ! 艦対地戦用意!』
『艦対地戦用意、VLS1番からVLS16番まで開放!』
『VLS1番からVLS16番まで開放!』
その怪物の視線の先には、世宗大王級駆逐艦『世宗大王』に率いられた大韓民国海軍連合艦隊が、あらゆる火器を指向して戦闘準備を整えていた。『世宗大王』、『栗谷李珥』、『西崖柳成龍』の3艦が艦対地ミサイル天竜を発射し、後に続く忠武公李舜臣級駆逐艦、広開土大王級駆逐艦が一糸乱れぬ艦隊行動でとり、艦対艦ミサイルを撃ち出した。
連続核爆発の影響で誘導兵器の性能は落ちている。彼我の交戦距離は、約20㎞程度。
大出力マイクロ波と対地・対艦ミサイルが交錯し、陸と海とで火焔が上がる。
マイクロ波の直撃を受け、忠武公李舜臣級『文武大王』が連続誘爆を起こして轟沈。さらに『栗谷李珥』も艦体前部が吹き飛び、戦闘不能に追いやられた。だが彼らは勇敢にも、対艦ミサイルを撃ち切るまでは海域から離脱しようとはしなかった。
後続の艦艇を庇うように、『世宗大王』が前面に居座り、127mm速射砲による原子怪獣に砲撃を開始する――もちろん、彼からすれば127mm砲弾など痛痒にもならない。
マイクロ波照射と生体噴進弾の攻撃を受け、30秒と持たずに『世宗大王』は撃沈の憂き目に遭った。
だがその30秒が各国軍にとっては、貴重な時間となった。
改オハイオ級原子力潜水艦『オハイオ』『ミシガン』の放ったトマホーク巡航ミサイル約250発が、釜山市南区に殺到し、陸戦形態の生体装甲を削り切る。そして中華人民解放軍戦略ロケット軍の東風21号弾道弾複数発が再び飛来し、500キロトン級核爆発を連続して起こした。
6000℃の熱線と全てを圧壊せしめる衝撃波――原子怪獣は満身創痍、その傷は深く、そして、明らかに再生が遅れはじめていた。もはや勝ちは見えた。……あとは核攻撃の駄目押しで殺し尽くすだけであった。
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9月18日午前11時、未確認巨大生物絶命。
異種間全面核戦争は、人類勝利という結果で終わった。
そして大量の放射性降下物と、無数の遺体が残された。朝鮮半島は壊滅的打撃を受け、復興には長大なる時間と膨大な予算がかかるであろうことは、容易に想像できた。また地球環境に対するダメージも、いまだ算定がかなわない。未確認巨大生物との全面核戦争は、約300発近い核弾頭の撃ち合いとなった。これから被害状況が深刻化するか、それとも母なる地球は300発程度の核爆発では揺るがないか……いま世界中の科学者たちが、頭を悩ませて試算を開始しているところである。
そして世界各国の軍関係者は、他の可能性に頭を悩ませていた。
あれが最後の1匹という保証はない。たまたま北朝鮮の核実験が、朝鮮半島北部に眠る彼を覚醒させただけであり、世界中に未だ多数の怪物たちが眠っている――その可能性もなきにしにも非ず。しかも今回の戦いで、世界中で核爆発が発生した。新たに彼の同胞が覚醒する可能性が、ないとはいえなかった。
もしかすると彼が世界各国に核攻撃を行ったのは、反撃の目的もそうだが、未だ眠っている同胞を起こすためだったのかもしれなかった。が、ともかくいるかもわからない存在に恐怖しても仕方がない。
世界各国はそれからしばらくの間、戦禍に苦しむ人々に対する救護と、環境汚染問題に協力した。そして核攻撃がもたらす惨禍に直面しながら、ただただ復興のために尽力――そして核弾頭が一度その力を解き放てば、いかなる結果をもたらすかを身を以て知った。
『原子怪獣現わる2017・釜山決戦』、完。
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荒唐無稽なお話でしたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
今後は『人類滅亡前夜に、日本国を喚ぶな!』の更新を頑張りたいと思います。
これからもよろしくお願いいたします。
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