(1)「破滅覚醒」
2017年9月3日、朝鮮民主主義人民共和国は半島北東部の咸鏡北道豊渓里にて、水爆実験に成功。彼らは敵性国家との交渉を有利に運ぶためのカードを手に入れた――と同時に、荒涼たる豊渓里の地に眠っていた破滅を覚醒せしめた。
最初の異変に、すぐさま当事国も周辺諸国も気づいた。
水爆実験に伴って発生したマグニチュード6の人工地震。それが止んだ後、再び震源の深さ0㎞の地震が発生した。しかもその震動時間は60分以上にも続き、水爆実験を決行した当事国はおろか、密な監視体制を敷いていた米国や韓国を驚かせた。
「北朝鮮の水爆実験が現地の自然環境に不可逆的なダメージを与え、その結果として未曾有の自然災害が発生している」――米韓連合司令部はそう推測した。水爆実験を発端にして、連鎖的かつ大規模な地滑りのような自然現象が起きているのではないか、と考えたのである。
だが米韓連合司令部は、すぐさま第2の衝撃に見舞われることになった。
「朝鮮人民軍空軍が出動だと!?」
「第1飛行師団、第2飛行師団、第3飛行師団――大多数の機影が北東方面に移動中です」
「水爆実験成功に合わせた軍事演習か?」
「馬鹿な、燃料も部品も逼迫している人民軍空軍が……」
「続報です。朝鮮人民軍空軍だけではありません。人民解放軍空軍の作戦機が、中朝国境線周辺空域に展開しています」
「……このタイミングで再戦するつもりか」
「にしては妙です。朝鮮人民軍空軍の作戦機は、北東方面――核実験場のある咸鏡北道に向かっています」
「中朝軍事衝突の可能性もある」
米韓連合司令部で議論が始まっている最中、朝鮮人民軍は脅威と対峙していた。
『飛燕、こちら白頭山。これよりそちらに飛虎が合流する。飛燕は現針路を維持せよ』
『白頭山、飛燕了解』
平壌防空が本来の任務である第1飛行師団のMiG-29戦闘機の直掩の下、対地ロケット弾で爆装したSu-25攻撃機の編隊が一路、豊渓里へ向かう。
さらに第2飛行師団、第3飛行師団と、各地の航空基地から舞い上がったMiG-21戦闘機がそれに合流した。そのMiG-21の翼下に空対空誘導弾はない。あるのは対地ロケット弾と、無誘導爆弾のみ。
朝鮮人民軍空軍なけなしの旧式機の群れは、仮想敵の米傀儡政権が支配する南朝鮮の方角ではなく――正反対、中朝国境線の近い北東の空を目指す。
『白頭山、こちら強撃1番。目標を視認した』
そして間もなく人民軍空軍の操縦士たちは、その異形を視認した。
『続けて、発砲許可を求む』
漆黒の禿山――そう形容する他ない巨大な物体が、地表を這いつくばっている。
ノドサウルスやアンキロサウルスのような草食恐竜を、そのままスケールアップさせた外見。鼻先から巨大な背中、長大な尻尾まで漆黒の装甲を纏っており、その見た目は“堅牢”そのもの。
彼は現在のところ、ただ漫然と四つ足で前進しているだけだ――だがそれだけで、森が薙ぎ倒され、田園が崩壊していく。体長200メートル近い巨体は、存在するだけで周囲を破壊する。
『強撃、こちら白頭山。発砲を許可する』
『白頭山、強撃1番。了解した――交戦!』
だがその猛威を前にしても、太古の昔から同族間のコミュニケーション能力と道具製作能力を極め、科学技術を発達させ、ついに弱肉強食の競争を制した人類種は怯まなかった。
すでに豊渓里の警備部隊を全滅させ、さらに周辺の朝鮮人民軍陸軍部隊を一蹴した怪物に対して、人民軍空軍は容赦しない。
殺到する人民軍空軍の先鋒、4機編隊を組んだSu-25攻撃機が、その巨体に照準をつけた。ソ連製Su-25攻撃機は、アフガニスタン侵攻や世界各地の紛争地帯で活躍した名機である。対地攻撃では遺憾なくその性能を発揮する――30mm機関砲とロケット弾の標的になって、生き残れる地上兵器など存在しない。
更にその後には、雲霞が如く押し寄せる爆装したMiG-21が続く。
未確認の巨大生物とはいえ、相手はただの生身の動物だ。
たった1体の害獣に対して、20機以上の戦爆連合が殺到するなど大袈裟に過ぎるだろう――だが彼らの指導者は、“外敵”に国土が蹂躙されることがあれば、それは自身の権威が傷つくことだと考えたらしい。
このとき人民軍空軍参謀たちは、当然ながら必勝を信じていた。
『白頭山、こちら飛燕1番――』
『こちら白頭山。強撃の攻撃はどうなった』
ところが。
『白頭山、飛燕1番。目標、未だ健在』
『飛燕1番、白頭山。命中しなかったのか』
戦果確認の任務を割り当てられたMiG-29の操縦士は、自身の目が信じられなかった。
Su-25攻撃機が放った対地ロケット弾と30mm機関砲弾の大半は、確実に目標の頭部から背部にかけて命中した。
だがしかし目標は、何の痛痒も感じていない。
彼は苛立たしげに首をもたげて天を仰ぎ、そして咆哮した。
『白頭山、飛燕1番。ロケット弾および30mm機関砲弾、効果なしと認む!』
『馬鹿な……!』
『白頭山、飛虎1番。攻撃の許可を!』
MiG-21の編隊が急降下しつつ、空対地攻撃へのコースを取る。対地攻撃用に設計されたSu-25の攻撃が通用しなかった時点で、MiG-21による攻撃が効くとは思えない。だがここまで来て、投弾せずに帰投するなど考えられなかった。
『飛虎1番、白頭山。攻撃を許可する!』
『了か』
次の瞬間、爆装したMiG-21戦闘機の編隊は、鉄片と火焔の塊となって亜音速のまま地表へと激突した。