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第八話:願うご令嬢

「私だって、デパートのバーゲンセールに参加してみたい……っ!」

「んんー?」


 今すごく通俗的なトークが聞こえた気がする。

 ふるふると握り拳を震わせて、ご令嬢は悔しさに満ちた声を漏らす。


「ラーメンの行列だって並んでみたいし、お店でマケドナルド食べてみたい! 新宿行きたい! 竹下通り!」

「竹下通りは原宿です」

「えっ違うの!?」


 地理的にも近隣だけどだいぶ違う。


「いや悩みがあまりにも地味すぎませんか? 悪霊ですよ悪霊」

「うん? まあ、実害ないからなあ。見てから避けられるし。周囲を巻き込むのが迷惑なだけで、わりと困らない」

「強いなぁ忍者……」


 感心してピザを口に運ぶ。

 トマトの瑞々しい酸味と爽やかさがこってりと脂の効いたチーズをスパッと引き立て、またピザ生地の小麦粉の香りが芳醇に包み込む。なんだこれ美味しいな。


「宅配ピザとはずいぶん違うんだな……」


 ご令嬢がもう一回言った。

 はたと気が付く。本人に害がないのは、忍者身体能力で乗り越える力技だ。

 周囲に被害が及ぶ場合、まず手が回らない。他人が居るところ、イタリアンファミレスにさえ行けないのだ。

 そんなんで学校はどうするのだろう……と思って、高校生か、と尋ねたときの曖昧な返事を思い出した。

 ひたりと寒気がする。


「もしかしてご令嬢」


 うん? と口にピサを含んだまま顔を上げるご令嬢に尋ねる。


「学校に行ってないんですか?」

「行ってるぞ」

「あっすみません」


 違ったわ。


「いや……行っていた、と言うべきかな」


 しかしご令嬢は寂しそうに声を落とす。

 怨霊がふるふると体を震わせ、腐汁をにじませた。


「当主に無理を言って入学したはいいが、やはり怪奇現象がな」

「でも高校合格できたんですね。中学校はどうしたんですか?」

「中学では転校を繰り返して、無理矢理卒業まで修めたんだ。島の学校は人が少なくてやりやすかった」


 地域レベルではなく、日本全国津々浦々を巡ったのだと知れる。それだけ転校が多いと、行事の参加も難しかったはずだ。そこまでして、学校に通いたいのだろう。


「だが高校は……編入試験が必要になるだろう?」

「ああ、なるほど」


 不都合が起こるたびに別の学校へ、というわけにもいかない。


「中学の勉強も受験も問題はなかった。このまま自学で高卒程度認定試験を受けるという選択もある」


 選択肢の一つとして、確かに存在する。

 だが、その結論には釈然としないものがあった。


「ご令嬢は学校に行きたいんですよね。ご実家も応援しておられる」

「行けるものなら、な。さすがにこれ以上周りの勉強を邪魔するのは気が引ける」


 ご令嬢はそこで少し笑った。

 なぜ、と顔色を窺おうとして虚ろな目玉に遮られる。お前邪魔だな。

 あっさりした涼やかな声は言う。


「ひょっとしたらきみなら、と思いもしたんだ。家名を嵩に着て任務として命ずれば、私の高校生活から同級生を守ってもらえるとね。でも、そのためにきみがどれだけ気を砕く必要があるのか、こうして目の当りにしたら……そんな気は失せたよ」

「命じていただいていいんですよ。それが忍びの存在意義です」

「いや。私にかかずらわせるわけにはいかない。きみは本職の陰陽師じゃないし、忍者としての腕も物足りない。もう少し実地訓練を積むべきだな」


 耳が痛い。

 ご令嬢は安心させるように笑い声を乗せる。


「そのぶん、今日この後も存分に働いてもらうぞ。それが君の任務だからな」

「お任せください」


 拝命し、首を垂れる。

 どんな表情で発せられたことばなのか、俺の目にはよく見えない。

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