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第七話:いつか立川で昼食を

 店の雰囲気は落ち着いていて、シックでモダンな空間が作られていた。

 実は評判しか見ておらず何の店か分かってなかった。ピザの店だった。


「宅配ピザとは随分違うんだな……」


 メニューの写真を見てつぶやくご令嬢におざなりな相槌を打って、震える右手を隠す。

 最終的には右手の筋肉痛と背筋から肩甲骨まで覆うような悪寒に落ち着いた。腕が唐突に腐り始めてしまうのではないかと冷や冷やした。


「目は大丈夫か?」

「はい、少しまぶしかっただけですから。もう大丈夫です」


 お冷をもらい、オススメなメニューをお願いする。別にコース料理をやっているわけではないのに、ご厚意で順繰りに出してもらえることになった。

 ご令嬢はそわそわと店内を見まわしている。


「外食なんて久しぶりだ。なんだか新鮮で、落ち着かない」

「今日は心置きなく楽しんでください」


 塩と御札を席の周りに並べていく。宗教上の理由という説明で受け入れてくれたお店の人には感謝に堪えない。

 布に描いた八卦の方陣を机に広げて、方位と風水を見て厄除けの流れを確認する。

 組み合わせて最大効果を発揮するのが陰陽道の秘訣。それゆえ実態はかなり地味な作業の積み重ねになる。

 俺の手元を見ていた腐乱死体、もといご令嬢に尋ねられる。


「霊が見えるのは、ずっとなのか?」

「両親の話では、赤ん坊の頃から見えない何かにじゃれていたそうです」


 ホラーかな? と思うが、両親からしたら実際ホラーだろう。

 我が子が幽霊と遊んでるって字面がヤバい。


「ご令嬢こそ、その悪霊はいつから?」

「この霊がいつからかは分からない。生まれつき悪霊に好かれやすくて、細かいのが集っていたらしい。長じるに連れて増えてきて、今ではこんな有り様だ」


 と背後を指差しているが、残念ながらその体ごとヘドロに包まれている。かなり前に出てくるタイプの悪霊です。


「原因とか分からないんですか? 代々霊媒体質だとか、呪物を壊したとか、先祖からの祟りとか」


 ちょうど店員さんが最初の皿を運んできてくれて言葉を切る。

 お札の散らばるオカルティックな机に頬をひきつらせた店員さんは、しかし何も言わずにマルゲリータピザを置いてくれた。深々と頭を下げる。ありがたい。

 そして中断されて頭が冷えた。

 訊ねておいてなんだが、ご令嬢には的はずれなことを聞いたと思う。

 原因が分かれば対処のしようもある。

 今もって解決しないということは、わからないのだ。


「原因は神主さんによれば」


 わかるんかい。


「私の顔らしい」

「顔……? ああ」


 右目を一瞬だけ閉じたら、すぐにわかった。

 自嘲気味に笑うご令嬢の顔は、憂える女神象のように儚く哀切に満たされている。


「美貌ですね」


 度を越した美しさは、その浮世離れで怪異を招く。

 美人すぎる姫が鬼に見初められてかどわかされる、なんて話は腐るほどあるだろう。ご令嬢はその逸話を体現してしまったわけだ。


「まだ体質と言われた方がよかったよ。顔の美醜など人によって感じ方は違うだろう。作りが悪いせいで悪霊に憑かれるなど得心できない。何度この顔を潰してやろうと思ったことか」


 ご令嬢は忌々しげな口にピザを押し込み蓋をする。

 返事をしかねていた。生まれつきのようなものだろう。体質とそう変わるものではない。だが、確かにひとつ、俺と違う点がある。

 顔かたちは変わる。

 火傷させる、潰すといった手段は実行可能で、しかも実効性があるのだ。

 解決策が目に見えて、その手段に取り返しがきかないという苦悩は俺には分からない。


「私だって……」


 ご令嬢が苦悶の声を上げる。


「私だって、デパートのバーゲンセールに参加してみたい……っ!」

「……ん?」


 今すごく通俗的なトークが聞こえた気がする。

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