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第五話:撒き菱と刀と映画鑑賞

「さて、次は浴衣でしたか」

「いや」


 ご令嬢は少しだけデパートの天井を見た。首を振る。


「買い物はもう充分だ。映画館とか……一度行ってみたい。どうかな」

「え。映画ですか……」


 即答できなかった。

 ご令嬢の悪霊は、他の悪霊をおびき寄せるだけでなく厄を振りまいて不幸を起こす。この厄が厄介だ。

 木っ端悪霊なら俺が追い払える。だが厄は難しい。買い物の短時間であんな事故が起こったのだ。歩き回れば汚染も最小限に済むのだから、できればそちらのほうがいい。


「すまない、ワガママを言った。難しいなら、」


 だが俺はうなずいた。


「"撒き菱と刀"です」

「ん……?」


 戸惑うご令嬢に笑顔を向けた。


「お任せください。映画館に行きましょう」


 階を移ればすぐそこだ。先導してデパートに併設された映画館に進む。

 撒き菱と刀。それは里長の教えにして、黒の里の訓辞である。

 刀はもちろん、敵を斬る武器だ。そして撒き菱ももちろん床にバラまくトラップである。


 敵を斬るには向き合わねばならない。

 撒き菱を使う一番のタイミングは逃げているときだ。

 逃げることも立ち向かうことも、忍者のなかでは両立している。

 それはつまり、あらゆる手段をもって任務を果たせ、という信念を指す。


 新興の忍者衆といえども忍者である。その誇りは伊賀甲賀に劣るものでは決してない。俺はそう信じているし、それを証明するために任務に就く。

 ――ああでも、本当、キツそうだなぁー!


 上映室は薄暗い。平日だし空いてるかと思いきや、席はほとんどが埋まっていた。テレビで連日番宣しているアイドル主演アクション邦画だからだろうか。テレビの力ってすげー!


「大学生ばかりかと思ったが、結構社会人もいるのだな」

「最近はほら、シフト制とか増えましたから。平日休みの人も多いんじゃないでしょうか」


 そろそろと壁際の席に座る。

 ご令嬢は特大コーラにキャラメルソースのポップコーンというアメリカンスタイル。微笑ましい。

 色の悪いぶよぶよした塊が映画館の座席からちょっと溢れながらもっちゃもっちゃポップコーン食ってると、そういう生き物なのかな? とか思ってしまうくらいだ。

 ぶよぶよは言う。


「でも本当にいいのか? 映画館に来るだけでなく、こんな人気作を観てしまって。人多いぞ」

「任せてください」


 ご令嬢は物心ついたときからずっと悪霊に悩まされてきた。映画館にも来たことがないという。なら、その希望を叶えない選択肢はない。

 ただし俺の方も、形振り構ってられない側面があるが……。


「ところで、さっきからなにをしているんだ?」

「お気になさらないでください」


 酔っ払いが足を引きずるような動きで、すり足でのケンケンパ。立派な陰陽師の歩法だ。これで円を描くように練り歩くことで悪霊を払い、また寄せ付けない結界を張る。忍者じゃなかったら姿勢を崩さず座席の背もたれに垂直飛び、なんてできなかっただろう。

 周囲の白い目に耐えながらご令嬢の座席を一周する。近隣諸氏ごめんなさい。


「ふう、映画楽しみだなあーっと」

「演技下手すぎるだろう」


 何事もなかったかのように座席についた。ご令嬢のいちゃもんは聞こえない。

 周囲が暗くなり、大音量で上映上の注意が流れ始める。

 しかし、俺はまだまだ休めない。忍者夜目を頼りに、座席の陰に九字を切って護符を差し込む。

 朱墨で呪文を書き込むとか、塩を始めとする破邪の縁起物を撒くとか、できないことが多くて困る。香を焚いたら火災報知器に掛かりそうだな……。

 できる範囲のことで悪あがきをもぞもぞと続ける。忍者じゃなかったら存在感を隠し損ねて、すんげぇ鑑賞の邪魔になったことだろう。

 だが俺とてプロの端くれ。周囲はもちろん、同じプロ忍者であるご令嬢すら俺の方を一顧だにせず銀幕に目を奪われていた。

 あまりにも身じろぎしないので不安になって、右目を隠して確認したから間違いない。


 ご令嬢は映画を観ていた。

 細い顎をあげて、映画の青白い光を受ける頬を薄く上気させて、しっかりと見開いた目をきらきらと輝かせて銀幕を見つめている。映画の大音量にときおり肩をビクリと揺らし、口の端をほんのり持ち上げながら視線を片時も逸らさない。瞬きさえもどかしいのか、どこか慌ただしく見えた。

 夢中になっている。

 意識の端程度でしか観ていない俺でもちょっと気を取られてしまう映画だ。ヒロインに一目惚れした主人公が、生まれつきの才能に苦しめられながらもなんとかして一緒にいようと悪戦苦闘するコミカルなストーリー。

 やがてヒロインに諭されて自分の才能と向き合った主人公が、破竹の勢いで躍進していく。

 そんなクライマックスシーンで。右目を開いた俺は見た。


「げ……ッ!?」


 自分の口をふさぐ。危うく悲鳴が出るところだった。

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