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第二話:伊賀傍流のご令嬢

 任務とはつまり、名門伊賀が傍流の里のご令嬢を護衛するというものだ。

 なにから? 悪霊から。

 俺でなければ務まらない、と言いたくなるのもうなずける。お祓いとか調伏とか、そういうもので剥がせる量ではない。神官や僧侶の手に負える段階を越えているのだ。

 ぶっちゃけ今すぐ頭を丸めて仏門に引きこもらないと命が危ないレベル。


「現代唯一の霊能忍者陰陽師と聞いた」


 座敷に上がった令嬢は、うじゅるじゅると腐れ汁を泡立たせながら言った。

 いや、悪霊だ。令嬢は悪霊の中で美しく正座している。


「失礼致しますご令嬢。……あのさ、気になるなら、目を閉じてたら?」

「いえ。あれから目を離すのは自殺行為で……ッ!」


 里長を蹴り飛ばす。跳ねた腐れ汁が掛かりそうだった。


「な、なにを! 反抗期!?」


 戯言を塗り潰すように、突如折れた梁が里長の股の間に突き立った。

 里長は「へ」と息を漏らして凍りついている。


「祟りじゃ……たーたーりーじゃ〜」


 思わず婆さん口調になるくらい、完璧に完全に祟りだった。


「ふむ。どうも私の悪霊が迷惑をかけているようだな。すまない」


 しゃべりながら、令嬢はおもむろに首を傾ける。

 ピィん、と高い音を立てて掛け軸が外れ、画鋲が弾丸のように畳を撃ち抜いた。

 令嬢は何事もなかったかのように体を戻す。

 我々、絶句。



「七五三のときにお祓いをしていた神主が突然陸にあげられた魚のように痙攣しながら嘔吐して以来、誰に頼んでも解決できなくてな」


 頭を下げ、畳のイグサがムチのように跳ねてポニテの隙間をくぐる。


「長らく放っておいたのだが、最近はいよいよ目に余るようになってきた」


 膝だけで横に滑る。腐った畳が折れて潰れ、飛び出した床板が牙のように空を噛んだ。


「どうか知恵を拝借したい」


 割れた花瓶の破片が回転しながら飛び、令嬢は指で挟んで止めた。そっと床に置く。


「……ええと、なんだっけ? 知恵?」


 圧倒されてしまった。

 里長は股から梁を立てたままピクリとも動かない。

 俺は自家製携帯陰陽師セットを広げて塩水を撒く。


「今すぐ頭を丸めて仏門に引きこもることを、全身全霊でオススメします」


 つーか出てってくれ。

 令嬢は素っ気なく肩をすくめながら、裂けた柱を避けた。


「山ごと寺が燃えてしまってな。相談しただけだったんだが」


 なんだこの歩く自然災害。


「どう? なんとかならないかな?」


 御札を受け取りながら、里長は俺を眼力全開で見つめている。「なんでもいいから連れ出してくれ」という叫びが聞こえるようだ。

 だが。


「無理ですね」


 俺だって命は惜しい。どーまんせーまん。榊の枝でハエのような霊障をはたく。こんな亡霊ホイホイお姉さんと一緒にいたら片時も心が休まらない。


「だいたい俺は陰陽道をかじっただけですよ。知ってますか陰陽道? 方位や星で吉凶を占うくらいが関の山です。本職の神職がどうにもできなかったことを、どうして俺が解決できると思うんですか。里長、俺のことなんて教えたんです」

「いや、飲みの席でチョロっと霊を避ける少年がいるって……悪い噂はしてないよ!? 信用して!?」


 人を酒の肴にしておいて、信用を語るとはお笑い草だ。白米をひとつまみずつ、部屋の四方に投げる。


「あぁ。すまない、私の言い方が悪かったようだ」


 鈴を転がすような清涼な声に振り向けば、夏場に一ヶ月放置した黒ビニール袋詰めの生ゴミが座っている。このギャップには慣れそうもない。


「私が頼みたいのは、霊を避けるほうでね」

「……避けるもなにも、おもっくそ取り込まれてますけど」

「私ではないのだ」


 話が読めない。

 彼女は俺の顔を見るような間を取って、


「先ほどを最後に、きみも里長も一歩も動いていないな。その、なにかを撒いているのが秘訣だろうか?」

「気休めですよ。そのデカブツには焼け石に水です。釣られて群がる悪霊を追い払ってるんですよ」


 つまみ食いを叱られた子どものように、落ち武者みたいな怨霊が手を引っ込めて恨めし気に俺を見ている。しっし、帰れ帰れ。


「だが怪奇現象も止まっているようだ」

「あれは大半が小物の仕業です。デカブツが怖くて近寄れないから、周りに八つ当たりしてるんですよ」


 大きくて強いものにビビってしまう悪霊、というのも情けないが、そんなものだ。

 囚われることを願ったばかりに、死んでも世のしがらみから自由になれない。悪霊どももいつまでもフラフラしてないで、さっさとお寺さんに祓ってもらえばいいのに。


「そういうことか。ならば、なおさらきみに頼みたい。適任のようだ」


 まじまじとご令嬢を見る。

 うじゅるじゅると目頭から膿が泡立つ腐った目は、ご令嬢の表情をすっぽり覆い隠していた。

 表情から読み取れないので口で尋ねる。


「なにを頼みたいんですか?」

「うん。それはな――」

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