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第十六話:霊能忍者陰陽師と女子高生忍者

 蒸し暑い夜を打ち抜いて、花火が夜天を驚かす。

 わぁっ、と歓声を上げる河川敷の人波に外れて、女子高生三人組が浴衣を着て立っていた。ふいに振り返った赤金魚柄の浴衣がリンゴ飴を掲げる。


「お姫ちゃん!」

「お待たせ、リコピン。えっと……変じゃないだろうか?」


 朝顔柄浴衣姿のご令嬢がからころと下駄を鳴らして照れた。

 あっという間にご令嬢を囲んだ三人が両手に拳を握って絶賛し、目を丸くしていたご令嬢は頬を染めながら控えめに笑う。

 それを屋台の前から見守りながら、ラムネを開ける。


「やっぱり、諦めていたら充分なんかじゃありませんでしたね」


 気恥ずかしそうなご令嬢の腰には、アクセサリのように勾玉が揺れている。

 怨霊を封印した印――という名の、怨霊がご令嬢に屈服した証だ。

 怨霊は今もご令嬢に取り憑いている。俺の実力では祓うことはもちろん、完全な形で封印することもできない。

 できるのは、想いの怪物である怨霊に負けを自覚させることで、猛威を委縮させるくらいのことだ。


「む」


 浴衣の袖から八方手裏剣を出し、フライングディスクのように投げる。そろそろと忍び寄っていた空き缶を弾き、ゴミ集積コンテナに打ち返した。

 悪あがきもずいぶん可愛くなったもんだ。

 厄は完全には消せない。だが、それも程度の知れたもの。

 俺のような未熟者でも十分に対処できる。

 これなら、問題を起こされる心配はないだろう。


「こら」


 ご令嬢に声をかけられて驚いた。


「どうしたんですか? お友達とご一緒していただいて構いませんよ」

「そうもいかない。祟りに注意してくれるのはありがたいが、気配を殺し忘れているぞ」

「え? あ……」


 三人娘が少し不安そうに俺を見ている。

 参ったな。頭をかく。尾行に気づかれたわけだ。


「みんなが不審がって、私を心配している。実家から遣わされたナンパ監視員の新入りだと説明するから、きみからも三人に挨拶しろ」

「はい。お手間を取らせてすみません」

「忍者失格だぞ。隠形は忍者の本分だろう」

「面目次第もございません」


 ご令嬢に連れられて、リコピンたちに挨拶する。リコピンの手には赤い水風船と赤く焼き色のついた焼きイカが増えていた。徹底して赤いのに、なんでトマト柄じゃないんだろう。


「あの、この間お屋敷にいた人ですよね」

「覚えておいででしたか。あのときはどうも」


 リコピンが思い出したこともあって、ご令嬢の説明にみんな納得したようだ。三人はひとまず安心したような顔で胸をなでおろしている。

 まあ、やたら顔の整った友達を若い男がさりげなく付け回している、となれば不気味だろう。

 ご令嬢は気安さを示すように俺の肩を叩く。


「顔を知っているなら話は早い。今度から高校にもこの護衛がついてくるから、よろしく知っておいてくれ」

「てことはお姫ちゃん、学校やめないの!?」

「やめるなんて言った覚えはないな」


 不敵な笑みと言葉に、リコピンは喜色満面で手を取り合って喜んでいる。

 仲良きことは美しきかな。ご令嬢は変わらず学校を続けることにしたんだな、よかったよかった……


「俺も行くんですか!?」

「反応が遅い」

「いてっ!」


 ご令嬢にチョップを受けた。

 痛くはないのだけど、微妙に腐汁が滴るときがあるので精神的なダメージがある。隠れて御札で拭って厄落とし……これ傍目にみるとすごい失礼だな。


「まだ言っていなかったが、後ほど正式に伝えられるはずだ。きみが言った通りの家名をかさに着ての命令だ、まさか否やもあるまいな?」

「それは――はい、もちろんです」


 苦笑してうなずく。命令すればいい、とは俺が進言した。まさに自分の蒔いた種だ。


「ねね、お姫ちゃん」


 リコピンがご令嬢に声をかける。


「もしかして二人ってちょっといい仲だったりするの?」

「ちょっとリコピン」


 諫める友人を制して、ご令嬢は俺を見てにっこり笑った。

 思わず息を吞んでしまう。未だかつて見たこともないような、ヒマワリにも似た開け広げな笑顔。


「仲も何も、ただの上司と部下だ」


 ちょっと胸に刺さった。

 ご令嬢はにこにこと微笑んだまま、桜色の唇を震わせる。


「ちょっと期待したぐらいいい雰囲気のときだって、私の立場しか見ていなかったからな」

「うん?」

「そこそこ危険だったはずだが、私個人には何の思い入れもないそうだ」

「あれ? ご令嬢?」

「その呼び方もそうだ。もともときみは私の門下ではないだろう。常々疑問なんだが、きみは一体どこの誰を敬っているんだ?」


 確かにご令嬢呼びは、彼女の親に対する尊敬の表明かもしれない。


「いや、あのですね」


 困惑しながら声を出した俺の肩を、ご令嬢の手が強く叩く。


「学校ではよろしくな」


 なにを宜しくしろというのか。

 言葉を失う俺の脇をつついて、リコピンが親指を立てる。


「ファイト!」

「はは……どうも」

「よし護衛、ちょっと焼きそば買ってこい」


「ご令嬢、それ護衛じゃなくてパシリです」とはもちろん言えず、うなだれて夏祭りを走る。泣いてない。

 足を止めて、振り返った。

 悪霊が影を潜めたご令嬢と、どこにでもいるような明るい三人娘。

 まるでそうしているのが当たり前のように、肩を寄せ合い、顔を近づけて声を届け、くすぐったそうに笑っている。

 この結果を得るためなら、どんな手も惜しくはない。

 だからこそ、この結果に手を届かせた今の自分を、俺は誇ることができる。


 俺は現代唯一の霊能忍者陰陽師だ。

 高校生でもあるので、このたび、女子高生の護衛も兼ねることになる。

 なんというか、思うのだが。

 ……属性過多だなぁ……。

 コメントでネタを下さったさくやさんに捧ぐ。慧眼でした。


 この物語はフィクションです。陰陽道観念や忍者、霊能や怨霊悪霊、およびその他、また登場するキャラクターや企業、商品などは、実在のものとは一切関係ございません。デタラメに脚色しています。

 コメディは苦手だったのですが、これは書きやすかったように思います。楽しんでいただければ幸いです。

 ひとまずの一区切りですが、巡り合わせによっては続きを書くかもしれません。

 読了ありがとうございました!



 参考文献:

 Wikipedia陰陽師

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/陰陽師


 Wikipedia陰陽道

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/陰陽道


 山田風太郎『甲賀忍法帖』


 菊地秀行『ウエスタン忍風帳』

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