第十二話:神威の夜
里長はきちんと話を通してくれたようで、俺が訪れるとすぐに和服スマートイケメンお兄さんが迎えてくれた。
お兄さんは俺を頭のてっぺんからつま先まで値踏みするように眺めている。
今日は神威を借りるため白袴を着ているから、物珍しいだろう。
「どうするつもりです」
「やれるだけのことを」
じろりとにらまれて、体が震える。
「ぶえくし!」
「………………」
「あ、いやすみません。さっきまで水垢離で川に入っていたので……ぶえくし!」
「…………ティッシュをどうぞ」
「ありがとうございます」
鼻をかませていただいた。
ごみを引き取ってくれたお兄さんは、逆の手で袖から一枚のプラスチックケースを取り出した。
「それとこちら、ご依頼のものです」
「ああ、ありましたか。助かります」
「カラオケに行こうとご友人に拝み倒され、借りたCDでこっそり練習されていたものです」
「…………それは、気が引けますが……」
たぶんあのショートヘアの子だろう。頼まれて断り切れないご令嬢が目に浮かぶ。
ありがたく受け取ると、お兄さんが一歩退いた。
「ご令嬢を、よろしくお願いいたします」
深々とお辞儀をされてしまう。
声をかけたりお辞儀を返したりする暇もなく、お兄さんは頭をあげて足音もなく立ち去ってしまった。
背中を見送って深呼吸する。
これは、失敗できない。
夜天を見上げる。雲一つない、月が輝き星の出る、いい夜だった。
「夜はいい」
静かで落ち着くし、なによりも目が痛くない。
屋敷の庭に向かう。
約束通り、ご令嬢はそこで待ってくれていた。うずくまっていた泥の塊が身じろぎする。
「きみ、その目は」
ご令嬢が息を呑んだ。
俺は頷いてスマホを取り出す。液晶に映り込む俺の目は、右目が白い。カラコンは取り除いた。
本気で臨むにあたって、肉眼を遮るものは一枚でも少ない方がいい。
ヘドロの後方に控えていたお坊さんが苦笑する。
「拙僧にできることはあまりなくてすまないね」
「とんでもない。ありがとうございます。おそらく、カギになります」
お坊さんに依頼して、ご令嬢の顔にデカデカとお経を書いてもらった。
耳なし芳一と発想は同じだ。隅々まで書いた方が望ましいのかもしれないが、それでは再現性がない。ご令嬢の場合は顔だけでいい。
ロックを解除して神主に通話をかける。
「ではお願いします」
『ああ。神楽を奉納する』
ご老体に神楽を舞ってもらう。
神の名を書き連ねたお札を納め、俺のお札にも同じ神の名を書き加えている。ご加護をわずかでも足しにするものだ。
「さて、ご令嬢」
「あ、ああ」
「夏祭り、行きたいですね」
「――っ! どこで、それを」
「トマトさんが言ってました」
「それはひょっとしてリコピンのことか」
あ、そんなあだ名だった気がする。
「うまく行けば悪霊の影響を抑え込めるかもしれません。そのためには、ご令嬢に多大な苦痛を乗り越えてもらう必要があります」
「……え」
ご令嬢の身動きが止まった。
「抑え込めるのか? 悪霊の影響を……本当に?」
うなずく。
「苦難を乗り越えることさえできれば」
「……ふ。おい、私を誰だと思っている。くノ一だぞ。忍耐は忍びの本懐。どんな困難だって乗り越えられる」
「ありがとうございます。では、これを」
ラジカセとマイクを手渡す。
「ん?」
要領を得ないまま受け取るご令嬢に、CDのラベルを見せてラジカセにセットした。
「歌って踊ってください」