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護られたのは陰陽師

全五話の予定でしたが、最終話が少し長くなったので二つに分けます!

「怖いだろうから、わたしの結界の中で大人しくしていてね」


 その言葉に、智斗瀬の瞳が大きく見開かれた。

 彼の顔に、悠は満足気に頬を緩める。


(うふふ、いい気味)


 彼女は、自分自身が今、そんじょそこらの悪霊より太刀が悪くなっていることに気がついてはいない。


『悠様!』

「おぉ、早蕨さわらびおかえり~」


 屋上の扉をすり抜けてやってきた男性を、手を振って迎える。


『今、やって来ているとこだ』


 そのすぐ後に、勝気美人な女性が続いた。 


空蝉うつせみもご苦労さ~ん」


 その余裕しかない悠の姿は、智斗瀬に大きな衝撃を与えた。


 彼女の作り出した結界の中に居ても、自分は邪気の禍々しさを感じて息が詰まるというのに、今目の前にいるこの少女は、結界の外で、直接邪気を受け止めているにも関わらず、平気な顔をしている。

 しかも、暢気に。


「お前・・・っ、何者だ・・・!」


 智斗瀬の喉を振り絞ったかのようなその声を聞き、悠は笑みを浮かべる。

 その時、一気に辺りの空気に重力が加わった。

 その強さを象徴するように、悠の作った結界がギシギシと音を立て始めた。


「うーん、まぁまぁの強さってとこかな」

『悠様、我々で援護致します』

 早蕨がそう申し出たが、悠は笑ってそれを止めた。

「大丈夫。これぐらいならどうとでもなるって」

『そうさな』

『では、我々は・・・・』

「じゃあ、あそこの人達守っといてくれる?」


 これ見よがしに少し大きめに声を張り上げてみた。


「お前は・・・!」


 智斗瀬は、女に守られているという情況が気に食わないのだろう。奥歯を噛み締めながら声を張った。

 悠は、あえて不敵な笑みをその顔に浮かべて彼を振り返った。


 その手に握られているのは、梓弓。古来より、祈祷の際に巫女が使う霊具の一つとして重宝視されてきたものだ。今では、手に入れる事も難しくなってきた物を、彼女はしっかりその手に握り締めている。


「安曇智斗瀬。・・・・・宮千塚家次期当主たる私の見合いをほっぽりだしたこの恩、たっぷり返してあげるわ」


(今までにない、屈辱と一緒にね)


「そこで、指を咥えて見てるのね」




 まるでどこかの悪役のような捨て台詞を残して、悠は梓弓を構えた。


 小ぶりの弓の先端を前に突き出すようにもち、片方の手は口元に持っていく。

 どんどん、周りの邪気が強くなってきた。それはすなわち、元凶である霊が、やってきていると言う事を暗示していることになるのだ。


「みーんなみーんな、死ねばいいのに」


 屋上の扉が大きな音を立てて開いた。その先に佇む、着物の少女。

 彼女は、悠の姿を見て、更にその薄気味悪い笑みを深める。


「お姉ちゃんも、一緒になる?」


 血塗られた顔で、着物の少女は笑った。

 その笑みに返すように、悠も笑う。


「それは、無理な話かもね」


 それから彼女は、言葉を続けることもなく、持っていた弓を動かし始めた。

 左下斜めに動かした後、右上斜めに弓の先端を持っていく。


「木剋土、土剋水」

 その動きに合わせるように、五行思想の言霊を紡いだ。


「水剋火、火剋金」

 真横に弓を動かして、そこから再び右下斜めに弓を下ろす。


「金剋木」

 最後に右上に弓を上げた事で、悠の前に星の形を映し出した印が浮かび上がった。悠の言霊により、五行の相剋の力を司った印は、不思議な色を放ちながら円を描くように回り始める。


 その印は、直線に着物の少女の元へと向かい、そのまま彼女を中心に置いてその動きを止めた。


「・・・ぐっ」

 少女が、苦しそうに息を詰めたのを見つめながら悠は歩みを進めた。

「おのれっ・・・」

 悔しそうに顔を歪めて自分を見つめてくる少女の前に膝をついて、悠は笑った。

「女の子が、そんな事、言っちゃ駄目よ」


 その笑みに、着物の少女は驚きのあまり瞠目する。

 

 ―――まさか、自分に笑いかけてくる者が、この世に居ようとは。


 驚く少女に向かって、悠はおもむろに手を伸ばし、その手で、彼女の血塗られた顔をやさしく撫でた。

 すると、少女の顔を覆っていた血はすぐに消え、その代わり、どこにでも居るようなかわいらしい顔が現れた。

 両手で少女の頬を包み込み、彼女は続ける。


「もう、あなたは穢れてなんか居ないわ。さぁ、そのかわいい顔で笑って見せて」

「・・・・・」

「きっとみんな、あなたを待ってる」


 悠は知っていた。

 前に一度だけ垣間見えた少女の過去。

 木造立ての建物の中で、若い女性に掴まり、鋭い刃物で顔を傷つけられた少女の姿を。かわいらしい顔故に、幼い頃からいらぬ反感を買っていた幼い少女が、ある日突然消息を絶った理由を。

 その魂が、自分か殺された木造の建物に住み着いたのだ。長い長い年月を経て、少女の成仏できぬ魂は怨霊となった。


「さぁ、家族の元に還りなさい」


 悠は最後に、少女の額に軽く手を置いて、口の中で仕上げの印を唱えた。


 少女が魂として彷徨っている間に、彼女の親兄弟は逝ってしまった。待ってくれている人々も居らず、彷徨い続けていた少女にも、皆の所に戻る時が来たのだ。


 印が、淡い光を放ち始め、少女を包んでいく。 


 しばらくその様子を呆然とした様子で眺めていた着物の少女は、手を自分の頬に添える。そこには、無残に切り裂かれた傷も、気持ち悪い感触もない。自分がもう血塗れでない事を知るや否や、これまで見せた事がない年相応の愛らしい笑顔を悠に向けた。


「お姉ちゃん、ありがとう。・・・・ずっと待ってたの、誰かが気づいてくれる時を」


 笑顔のまま、少女の魂は静かに天へと還っていった。


 その途端、学校を包んでいた邪な邪気が一気に崩れ落ちた。それと共に、悠の創っていた結界も、ガラスの砕け散るような音と共に消え飛ぶ。

 除霊の直後特有の、穏やかで静かな空気が辺りを包み込んだ。




「ふ、無様なもんね。名家の陰陽師が聞いて呆れるわ」


 忘れてはいけない。

 悠は、自分の見合いを無断で駄目にした智斗瀬を許したわけではなかった。


「・・・・」


 智斗瀬も、女に守られたという事に屈辱を感じているのだろう。何も言わずにただ鋭い瞳で悠を射抜く。そんなモノに彼女が揺らぐはずもなく、彼の視線などどこを吹く風のごとく無視をした。


 そうして、用は終わったとでもいうように、さっさと見を翻して屋上を出ようと扉に手を掛けた。


 その際、空に向かってここまで送ってくれた従兄の倖の名を呼んで、帰る旨を伝えた後、もう一度だけ智斗瀬達の方を振り返って挑発的に笑った。


「でもよかった。安曇くんが見合いを止めてくれて」


 これ以上にない凶悪な笑みが、彼女の口元に浮かぶ。


 それは下手な悪役よりも悪役らしい笑顔であったと、後にその場に居合わせた者達は語った。



「私、自分よりも遥かに弱い相手、夫になんてしたくないから」


 捨て台詞を言い残して、悠は屋上を出て行った。

 



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